姫様とベルナール家の最後の夜
「そうか……そんなことがな……。」
グレンから話を聴いたヴォルフは考え込む。
「なんだよ?ずいぶん神妙な顔しちまって。ありゃいったい何なんだ?」
ヴォルフは溜め息を漏らし答えた。
「わからん……。じゃが本人には黙っておいた方がよかろう。そんな得体の知れないものが自分の中にいるとわかったら不安じゃろうて。」
「あ、ああ……。そうだな。」
妙な引っ掛かりを感じながらもグレンは同意した。アレが何であれ、アレのお陰で助かったのは事実だ。二人はこの件について話すのをやめ帰路についた。
※※※※※
ベルナール邸での最後の夕食の席。ロイドの計らいでいつもより豪華なご馳走がテーブルに並ぶ。
「おぉぉ!!こいつぁスゲェぜ!」
グレンが目を輝かせながらご馳走に食らいつく。
「も~。もう少し行儀よく食べなよ~。」
アナスタシアが呆れたように言う。
「はっはっはっ。かまいませんよ。さぁまだまだ用意してありますからどんどん召し上がって下さい。」
ロイドが寛容に笑う。思えば、この屋敷に来てからこんな和やかな夕食は初めてだ。
「おう!なんせ明日からはまた旅に出るんだからな。次にこんなご馳走にありつけるのはいつになるかわかんねーんだ。俺は喰うぞ!」
謎の宣言をしてグレンはひたすらに目の前の料理を平らげる。
「はぁ……食べ過ぎでお腹壊さないといいけど……。」
アナスタシアが溜め息をつきながらナイフとフォークで上品にステーキを口に運ぶ。
「良かったら皆さんの旅のお話を伺えませんか?」
ロイドが話題を振ると、
「お父様!私、プリシアとナーシャから聴いたのよ!えっとね……!」
エマが昼間に二人から聴いた冒険譚を一生懸命話す。アナスタシアとプリシアが所々補ってやると、エマは身振り手振りで愉しげに語った。
「そうかそうか。それは凄いなぁ!そんなに大きな蛙がいるのか!」
「ねぇ、私もビックリしちゃった!」
父娘は笑い合う。アナスタシア達は顔を見合せ微笑み合った。その後も話しは尽きず食後は部屋を変えて談笑は続いた。
「皆さんには本当になんとお礼を言ったらいいか。」
「まあまあ、もう十分ですじゃ。」
ロイドとヴォルフはチェスをしながら話す。あちらではアナスタシア達がエマと一緒に遊んでいた。どうやら今はグレンがエマを背中に乗せ高速腕立て伏せをしているようだ。
「いえ、あの子があんなに愉しそうにしているのを久しぶりに見ました。私は仕事にかまけてばかりで、あまつさえあんな占い師に利用されて……。」
「ロイド殿、後悔はそれ程でよろしかろう。お二人にはこれからまだまだ時間があります。」
「ありがとうございます。そうですね、これから……。」
「そうですとも。おっチェックメイト。」
「おや、これはしてやられた。」
ロイドが頭を掻く。
「お父様~!グレンったら凄いのよ!私を乗せたままあっという間に千回も腕立て伏せしたの!」
「ほぉ!それは凄いじゃないか!」
「でしょ?お父様もやってみて!」
「えっ!そ、それは……む、無理だ。」
最後の夜、ベルナール邸の一室。窓からは暖かい光と暖かい笑いが漏れていた。
御一読頂き誠にありがとうございます。
良かったらブックマークやコメントよろしくお願いいたします。