姫様とエマ
「で、その小屋の裏には大きな池があったんだけど、何がいたと思う?」
アナスタシアの問いにエマが考え込む。
「うーん……魚?」
「ふふ、残念。正解は蛙でした。」
「え~。」
考えた答えが不正解だったがエマは楽しそうだ。
「しかもただの蛙じゃない。人間よりも大きな蛙さ。」
「えー!ホントなの?プリシア。」
「ええ、本当ですよ。それも何匹もいたんですから。」
三人はプリシアの用意したクッキーと紅茶を口に運びながら談笑している。最初はアナスタシアに緊張していたエマだが、話すにつれどんどん慣れていった。今はこれまでの旅の話をねだる程に仲良くなっている。アナスタシアも元来子供好きであるのでこのお茶会を楽しんでいるようだ。プリシアはそんな二人を微笑ましく眺めている。
「そうだ。エマ、ピアノを聴かせてくれませんか?」
「ああ、私も聴きたいな。」
「いいよ。じゃあ二人はお客さんね。」
そう言うとエマはぴょんっと椅子から降りてピアノへ向かう。プリシアとアナスタシアはエマの方を向き座り直す。
「じゃあ見ててね。」
「はい。」
「ああ。」
エマの指先が鍵盤を軽やかに叩く。奏でられる曲は二人も知っている有名な楽曲だ。それでもエマの生み出す音色は新鮮な感動を与えてくれた。エマは目を瞑り、音色の川に身を委ねるかのように身体を揺蕩わせながら演奏する。穏やかな表情は聴くものに安心を与える。アナスタシアとプリシアへ夢中で聴きいっていた。数曲を演奏した後にエマは椅子を降り、二人に向かってペコリとお辞儀をした。演奏会のお客は惜しみ無い拍手をこの小さなピアニストに送った。
「はぁ~やっぱりエマのピアノは凄いです!感動しました!」
「うん。たいしたものだ。エマの歳でここまで弾けるなんて。才能あるよ。」
城にいた時は多くの演奏会を観てきたアナスタシアだ。そのアナスタシアから見てもエマの演奏は心を揺さぶられた。
「エヘヘ~。」
頬を染めモジモジ照れるエマ。
「ありがとうございました、エマ。さぁどうぞ。」
プリシアがエマのカップに淹れたての紅茶を注ぐ。エマはまた自分の席に座り雑談に華を咲かせるのであった。
※※※※※
「悪りぃな爺さん。気を遣わせちまった。」
「フォフォフォ。気にするでない。お主の言い分もわからぬではない。」
二人はウィルビー邸を出てからグレンがヴォルフに詫びる。二人はベルナール邸に向かって歩いていた。同じ居住区内なのでそれほど遠くもない。
「なぁ爺さん……。」
「ん?なんじゃ?」
「いや、今思い出したんだけどよ……。あの女と闘り合ってる時、爺さんが来る前にさぁ。」
「ふむ。」
「あの女の魔術でナーシャが殺られそうになったんだけどよ。」
「ほぅ。それで?」
「その時にあいつの身体から黒い霧みたいなのが出てきてあいつを守ったんだが、あれ何なんだ?」
グレンの何気ない問いは隣を歩くヴォルフを立ち止まらせた。
「ん?どうした爺さ……。」
ヴォルフはグレンが見たことない表情で固まっていた。驚愕、緊張、焦り、そういったものがごちゃ混ぜになった表情。
「なん……じゃと……?」
「おい、どうした爺さん?」
ヴォルフがグレンに向き直る。
「すまんが、詳しく聴かせてくれんか。」
ヴォルフの神妙な面持ちにやや気圧されながら、あの時見たことを話した。