姫様、目覚める
「うっ……う~ん。」
アナスタシアが眩しそうにゆっくり目を開く。
もうすっかり見慣れた宿屋の天井が目についた。
未だぼんやりする意識の中、自分の置かれている状況を必死に思い出そうとする。
(確か昨晩は魔物の襲撃があったんだった。それから二頭目の魔物が現れて……そうだメルが巻き込まれてジイと一緒にメルを助けるために魔物と戦ったんだ……。)
そこまで思い出したアナスタシアはベッドから起き上がろうとする。
「うっ!?」
初めての実戦、しかもあれほど激しい戦いを経験したのだ。
全身のいたる所に痛みが走る。
アナスタシアはなるべく痛みがないようにゆっくりとベッドから起き上がり、寝巻きの上から壁に掛けてあったカーディガンを羽織るとヨタヨタと歩き自室から出る。
廊下から一階を見下ろすと兵士と村人達が協力して破壊された宿屋の修復作業をしていた。
設計図を手にしながらあれこれ指示をだしていたヴォルフを見つけると
「ジイ!」
と二階から声をかけてみる。
その声にヴォルフだけでなく兵士や村人たちも一斉に二階を見上げる。
「お~!姫様、お目覚めになりましたか!」
「ああ、良く寝たよ。すっかり寝坊しちゃったみたいだね。」
アナスタシアは階段の手すりをしっかり持ちながら一段一段ゆっくり降りていく。
慌てて兵士たちが手を貸そうとするが、それらを手で制して自力で歩いていく。
漸く皆の元まで来ると宿屋の主人が椅子を差し出してくれたので遠慮なく座る。
「こりゃまた派手にやられたもんだね。私も何か手伝えるかな?」
「いやいや、力仕事は彼らに任せて姫様はお休み下さい。まだ本調子ではないでしょう。」
「ふふっ……そうだね。実はまだあちこち痛くてさ。昨夜は皆大変だったのに情けないよ。」
「昨夜?」
ヴォルフが怪訝そうな顔をするが、すぐにアナスタシアの勘違いに気づく。
「姫様。昨夜では御座いません。あの魔物の襲撃から2日経っております。」
「2日!?じゃあ私は2日間寝てたの?」
「はい。それほど身体に負担がかかっていたのでしょう。治癒魔術で裂傷等は治しましたが、肉体の疲労が激しかったのでしょうな。全身の痛みも筋肉痛によるものでしょう。」
なるほど。
確かに切り傷や骨の痛みは無い。
動くと関節や筋肉が痛むのはそういうことか。
アナスタシアが納得すると、
「あなちゅたちあたま~!」
宿屋の奥からメルが駆け寄ってくる。
そのまま座っているアナスタシアの膝に顔を埋める。
アナスタシアが優しく頭を撫でてやるとヨイショとよじ登り、アナスタシアに抱きついた。
「メル、怪我はなかった?」
返事の代わりに満面の笑みをみせるメル。
女将が側にやって来て深々と頭を下げる。
「姫様、本当にありがとうございました。姫様はこの子の命の恩人です。」
「え!?き、気にしないでよ!むしろ巻き込んだのは私達なような……。」
照れながら謙遜するアナスタシアに村人達が次々と礼を述べる。
「なにいってるんですか姫様!姫様や兵士様たちがいなかったら村ごとあの魔物にやられてたかもしれないんですぜ!」
「そうだそうだ!村の住人に被害がでなかったのも姫様達のおかげです!」
「ああ、その通りだ!」
次々と上がる村人達の言葉に困ったようにヴォルフを見るアナスタシア。
「フォフォフォ……大人気ですな姫様。」
「もう!何言ってるんだよジイ!」
顔を赤くして照れるアナスタシアに兵士や村人達から温かい笑い声が上がった。
※※※※※
その日の晩、作戦会議室にアナスタシア、ヴォルフ、オライオン、討伐隊の面々が集まった。
「さて、姫様も目が覚めたことですしそろそろ城に帰りましょう。」
ヴォルフが言うとオライオンもそれに賛同する。
「そうですな。姫様とヴォルフ様、あとは重傷を負った二名は明日には城に戻った方がよいでしょう。御者を一人つけますので午前中には馬車でお戻り下さい。」
「あとの皆はどうするの?」
「はっ!私と残りの者は念のためもうしばらく村に残り警備を続けます。無いとは思いますが魔物が二頭だけとは限りませんので。」
「あ~なるほどね。」
オライオンは今回の討伐で魔物が二頭いる可能性を失念していた事をとても悔やんでいた。
アナスタシアの姿を見るなり膝まずき頭を垂れて謝罪すると、責任を取って兵士を辞めるだの首をはねてくれだの自分を責め続けたのだ。
アナスタシアやヴォルフが必死に説得し今に至る。
そもそも作戦会議の段階で誰もその可能性を指摘しなかったのだ。
それでも人一倍責任感の強いオライオンは何か償いがしたいと村の破壊された家屋を修理するために朝晩働きづめなのである。
(明日か……。)
確かにこれ以上アナスタシアがいても出来ることはなさそうだ。
負傷した兵士のこともある。
「わかった。明日の朝には城へ帰えろう。」
「御意。」
さっそく自室に戻り荷物をまとめるアナスタシア。
早めにベッドに入り村での出来事を思いだす。
こうして村での最後の夜がふけていった。
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