姫様と初めての魔物
無事に魔物を討伐したことを報せる笛の音が、アナスタシア達のいる宿屋まで聴こえてきた。
自室にいたアナスタシアは寝間着の上にカーディガンを羽織り廊下に出る。
丁度部屋から出てきたヴォルフと鉢合わせする。
「今の音って……。」
「ふむ。どうやら魔物は退治できたようですな。」
「ねぇ、私たちも行ってみようよ!」
「言うと思いました……止めても無駄でしょうな。お供いたします。」
「へへへ……。」
悪戯っ子のようなアナスタシアの表情に負けてヴォルフが了承する。
「じゃあすぐ着替えてくる!」
そう言うと急いで自室に戻るアナスタシア。
ヴォルフも一旦自室に戻る。
すぐに動きやすい服装に着替えたアナスタシアが一階でヴォルフを急かす。
「ジイ!ジイってば!早く早く!」
「やれやれ……姫様、そう急かさずとも。」
同じく着替えてきたヴォルフが一階に下りてくると、宿屋の家族もやって来た。
「あっ!ごめん五月蝿くして……。」
アナスタシアが謝ると主人が慌てて手を振る。
「とんでもない!私たちも先程の笛の音で目が覚めまして、気になってやって来たんですよ!」
「で、先程の笛は……?」
メルを抱っこした女将が尋ねる。
「ああ、どうやら魔物は退治したみたいだね。」
「ああ!それは良かった!やっぱりお城の兵士様達は凄いなぁ。」
「それで、今から私達も見に行ってみようと思ってさ。」
「そうでしたか。それはお気をつけていってらっしゃいませ。」
アナスタシアとヴォルフが外にでると多くの村人が家から出てきていた。
皆、討伐隊の笛が聴こえた方角を指差しながら喜んでいる。
「いや~流石は兵士様、これで安心だな。」
「ああ、お城の兵士様達にかかれば魔物退治なんておちゃのこさいさいだ!」
いつの間にか外に出てきた宿屋の一家もご近所の人達と会話に花を咲かせている。
「あっちだな、ジイいくよ!」
アナスタシアがヴォルフと共に討伐隊たちの元へ向かおうと歩き出した時……
ドゴーーン!!
破壊音が響いた。
何事かと振り向くと、宿屋の隣にある物置小屋がバラバラに倒壊していた。
「なっ!なんだっ?」
「きゃーー!!!」
状況を把握できないアナスタシアに今度は耳を引き裂く悲鳴が聴こえてきた。
そちらに視線を向けると、腰を抜かした女性が目の前の家屋の屋根の上を指差し震えている。
他の者達も悲鳴をあげながら蜘蛛の子を散らすように走ってこの場から離れている。
アナスタシアが屋根の上に視線を向けると、そこには額に角が生えた体長7尺はある茶色の体毛に覆われた猿のような魔物がいた。
「なっ……なんで魔物がここにっ……」
アナスタシアが言いながらヴォルフを見る。
眉間に皺を寄せて苦渋の表情のヴォルフが答える。
「迂闊でした。魔物は二頭いたのです。十分考えられましたがまさかアイソル領内で複数も出現するとは……。」
最後の方は独り言のように呟く。
「ヴォルフ!村のみんなを避難させよう!」
アナスタシアの声にハッとするヴォルフ。
「御意!姫様は宿屋の中へ避難してくだされ!」
ヴォルフの言葉にアナスタシアが叱責する。
「馬鹿を言うな!逃げ遅れた者が沢山いる。討伐隊が気づいてこちらに来るまで二人で時間を稼ぐんだ!」
「し、しかし姫様……!?」
未だ渋るヴォルフの返答を聞かずにアナスタシアが走り出す。
腰が抜けて動けない者、恐怖で足がすくんでしまった者、すぐに動けない老人達、そんな者達を一刻も早く避難できるように手伝っている。
そんなアナスタシアの様子を見て、ヴォルフの目が鋭いものになった。
「姫様!村人の避難を急いで下され!それまで魔物は儂がなんとかします!」
(ありがとうジイ!)
一瞬だけヴォルフに視線を向けて、礼を伝えるアナスタシア。
魔物が威嚇するように吠えると屋根から跳躍し地面へ降り立つ。
ギョロギョロと回りの獲物達を見渡すと、あちこちから恐怖の悲鳴が上がる。
ヴォルフが敢えて魔物に近接し自らに注意を惹き付ける。
魔物の鋭い爪による攻撃を老齢とは思えぬ身のこなしで避けつつ村人の避難状況も観察する。
村内では魔術を行使すると人や家屋に被害がでてしまう為、なんとか村の外に誘導しようと立ち回るが、魔物の知能が高いのかなかなかヴォルフの思惑通りには動いてくれず村の往来から離れようとしない。
一方、アナスタシアが村人の避難が完了しヴォルフに加勢しようと振り向くと魔物とヴォルフが宿屋の前で対峙している所だった。
ヴォルフが魔物の攻撃をヒラヒラとかわす姿を見てアナスタシアが驚いていると、魔物の動きがピタリと止まる。
ヴォルフも警戒してやや間合いをとった。
次の瞬間、魔物が腕を大きく振りかぶり宿屋の入り口を破壊した。
気のせいかアナスタシアは魔物がニヤリと笑った気がした。
ヴォルフも魔物の行動に面食らっているようだ。
魔物の腕が宿屋から出てくると、その手にはメルが握られていた。
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