5-2
5-2.王烈(叔従父)
目の前に座る少年――否、少女に戸惑いを覚える。李遼は娘と言っていたが、どこからどう見ても幼い頃の李遼だ。
五歳ほどだろうか。
痩せているため病死した李家の末弟にも似ているが、幼いながらに凛とした顔立ち、キリリとした濃い眉は李遼のものだ。
そして光が当たると黄金に見える、透き通った琥珀色の瞳は李遼と全く同じ輝きを放っている。
娘ができたと聞いて、まだ赤ん坊と思い込んでいたこともあり、驚愕もひとしきりだ。
ここまで似ているのであれば確実に李遼の子、少なくとも李家の血が入っているのは明白である。
しかし李遼が妻以外に手を出し、この年齢の隠し子を持っていた事実が未だに信じきれずにいた。伯父の子と言われた方がまだしっくりくる。
産まれてからこの歳になるまで、従兄であり己が片腕たる李遼と離れていたのは、ある期間を除いて殆ど無い。
互いの間に隠し事は無い、と言うよりも隠すことができない程近しい間柄である。
実の弟である王慎よりも近い存在である李遼が、妻との間にいる子と同じくらいの年齢の隠し子がいるとは到底思えなかった。妻と同時並行で他所の女と関係を持つような、不誠実な男ではない。
さらに言えば、例え不義であっても自分の子だと知れば、早々に女共々李家に迎え入れているはずだ。つまり、李遼は最近になるまで娘の存在を知らなかったということになる。
至急の仕事だけ片付けて、面白半分で李家にやってきたのは拙かったかもしえない。
卓に置いた土産の籠をちらりと見て安堵する。初めは赤ん坊をあやす為の太鼓を持ってこようかと思ったのだが、もし第二夫人ができるようならばと旬の果物を選んで正解だった。
家令の呂雁は茶を出した後、すぐに部屋の隅に控えてしまった。
問えば話すだろうが、李遼の娘を見たいと押しかけて本人連れて来させた手前、子供の相手をせぬわけにもいかない。
「潤玲といったな」
「はい、王烈様。三日前からこちらでお世話になっております」
思いの外しっかりと答える潤玲にほうと感心する。
自分には八歳になる息子がいるが、この子供は息子よりも礼儀正しく、大人びた物言いをする。
「歳はいくつになる?」
「七つになります」
「七?…もしや母の名は趙春蓮か?」
「はい。私を産んでくださったのは趙春蓮様です」
年齢からすぐに浮かんだ女の名を出せば潤玲はあっさりと頷き、思わず目を細めた。
趙春蓮は従兄が唯一自分の傍にいなかった期間、李遼が放浪中に出会った女だ。必ず迎えに行くと約束した男を待たず、他家へ嫁いだ愚かな女。
一度だけ遠目で見た趙春蓮は確かに美しかったが、我が片腕の心を奪っておきながら、簡単にそれを捨てて他の男の子を産む薄情者、という認識だった。
怒りに任せて奪ってしまえと唆そうとしたが、従兄は頑なに首を縦に振ろうとはしなかった。
それまで見たこともないような哀しげな横顔で「縁がなかったのだろう」と呟いた男の姿を、今でも覚えている。
話を聞けば、潤玲は生家では母親とは離されて育ち、両親のことを知ったのはつい最近のことだという。
母の最期の願いを叶えるためだけに数日かけて帝都にやってきたが、そこで実の父と叔父に説得されて李家で世話になることになったらしい。
「住み込みで働ける職を斡旋してしていただこうとしたのですが、李遼様と李翔様に止められてしまい今に至っています」
「うん、それは止めるだろうな」
我が子云々抜きに、大人として。
話を聞けば聞くほど達観しており、自立心の強い従姪にやや呆れる。
従兄弟たちはこの子供を必死に説得したのだろう。李家の同族意識の強さはもちろんあるだろうが、面倒見のいい兄弟は、やせ細った子供を保護することに苦心したに違いない。
潤玲の様子を見るに、李家の族長として物事を冷静に把握し判断を下せる李遼は兎も角、大らかで子供好きな李翔は説得中に泣いてしまったかもしれない。
従兄弟たちの苦労を想像してしみじみとしていると、黄金琥珀の瞳がじっと見つめてきていることに気づいた。
これはもしや――
「フフ…潤玲、俺に見惚れたか?俺には幼くとも女を虜にしてしまうほどの魅力が」
「いえ、あまり李遼様たちと似ておられないなと」
「あ、うん、そうだな」
即座に否定された上、従兄弟に似ていないと言われて眉を下げる。
李兄弟は精悍さのある男らしい顔立ちとしっかりとした骨格、さらに優れた長身と鍛え上げられた肉体という、男であれば誰もが羨むような容貌をしている。
それに対し俺は中肉中背。鍛えているため並みの将より遥かに武勇もあるが、従兄弟に比べれば劣って見える――主に身長が。
涼やかで美麗な顔立ちと女たちに持て囃されるが、李遼と並ぶとどうにも体格が貧相に見える。さらに言うと、実の弟も李家の血を強く引いたのか、従兄弟たちと比べても遜色ないほどに体格がいい。
弟や従兄弟と並ぶと「小さい」「ちんまい」「かわいい」「萌え」などと陰口を言われるのは業腹だ。
特に萌えを連発する護衛隊に対しては、お前らいい加減その陰口辞めないと降格させるぞ、と心の中で密かに思っている。実際には有能な護衛たちを降格させることはおろか、手放す気も一切ないが。
何故、同じ血を引いていながらいながらこうも違うのか、と悩んだことも一度や二度ではない。
まさかそれを従姪にまで指摘されるとは、と遠い目をしていると、潤玲が琥珀の視線を少し上に持ち上げた。
「王烈様の御髪は不思議な色をしておいでですね」
「ああ、俺の曾祖母が皇族の出だからな」
前髪を指先で摘まんで苦笑する。
この国の人間の頭髪は黒か濃灰、もしくは濃い茶色であるが、代々氷神の加護を受けている皇族は青みを帯びた黒髪を持つ。
「皇族……王烈様は尊い血を引いておいでなのですね」
「尊い、か。一般的にはそうかもしれん」
潤玲の言葉に苦笑しながら前髪を弄ぶ。
王一族に嫁いだ曾祖母の血を引く祖父や母は黒髪だったが、曾孫たちには皇族の血が濃く出たのか、俺も弟も兄弟そろって青みを帯びた黒髪を持って生まれた。
そのことを祖父は非常に喜んだが、皇族の証たる髪色を持ってしまったが故に、幼くして何度も命を狙われ、父と母は事故に見せかけて殺害された。俺は六つ、弟は二つになったばかりの頃だった。
王一族は血縁者が少なく縁が薄いため、父母の葬儀には李家以外は誰も来なかった。
父の兄である李家の伯父が、俺たち兄弟と憔悴しきった祖父を合わせて引き取ってくれなければ、今頃ここにはいなかっただろう。
伯父は李家の族長として号令を掛け、李一族総出で弟と義妹を殺害した犯人と黒幕を暴き出し、国に申し出て罪人共を処刑した。
その後も俺たち兄弟を実の子たちと同じように愛情を注ぎ、守り抜いてくれた伯父はしかし、「お前たちの父母を守ってやれず、すまなかった」と何度も頭を下げた。
伯父のせいではない、こんな髪を持って生まれた俺たちが悪いのだ、こんな髪を持ったせいで、と言うと李遼にしこたま叱られた。
「生まれ持ったものを責めるのはおかしい。その言葉はお前の父母、祖父祖母、さらにその先にある祖に至るまでを愚弄する言葉だ。
何より、俺はお前がお前自身を貶める言葉を断じて許さん」
従兄が雷の如く怒り狂った姿を見たのはあれが初めてだった。
それからは口に出すことはなかったが、心の奥底では父母を死なせたのは皇族の髪を持ってしまった自分だと、今でも思っている。
「こんな髪なんぞ、持たねばよかったのだ」




