5-1
5-1.王烈(叔従父)
「娘ができた」
執務室にやってきた途端、人払いした従兄の言葉におや、と片眉を上げた。
「産まれるのは春先ではなかったか?」
「桂華の子ではない」
李遼のその発言にぽかん、と口を開けてしまった。
桂華、というのは李遼の妻である徐桂華のことだ。妻が産んだ子ではない、ということは。
「とうとうお前も第二夫人を置く気になったのか!?」
晴天の霹靂とは正に是。
清廉潔白、謹厳実直を地で行く男がまさかの不倫、否、妻以外の女と関係を持っていたとは!
これは大事件だと勢いよく椅子から立ち上がり、李遼に詰め寄る。
「何処の令嬢だ!?いや人妻か!?それとも未亡人!?」
「烈、声がでかい。落ち着け」
呆れたようにため息を吐く李遼に俺はハッ!と目を見開いた。
「まさか……幼な妻?」
「お前と一緒にするな!!!」
雷が落ちるような怒鳴り声に空気がビリビリと震え、思わず耳を塞ぐ。
その声を聞いた護衛たちが戸の向こうから「主公!?大丈夫ですか!?…生きておられます?」と心配そうに声をかけてきた。
護衛たちの問いかけに李遼が戸越しに問題ないと答え、机の上で耳を塞ぐ俺を一瞥してため息を吐く。
「一族にはすでに通達済みだ。詳細は追々――繁忙期を越えたら話す。慎にはお前から伝えておいてくれ」
ちゃんと仕事しろよと言い放ち、李遼は書簡の山の中から自分でも処理が可能なものを十数本抜き取る。
束になったそれらを抱えて荒々しい足音を立てながら執務室出ていってしまった。
李遼と入れ違いに入ってきた護衛たちがそそくさと寄ってくる。
「主公、今度は一体何をされたんですか?」
「李遼様があんなにお怒りになるとは…また女性関係ですか?」
「今度は第五夫人でも娶られるおつもりで?それとも遊廓遊びの件?ホントにやめてくださいよ…」
「主公の女性関係のせいで毎回夫人たちに詰め寄られる李遼様が不憫すぎます」
わあわあと騒ぎ立てる護衛たちの嘆きを聞き流しながら、唇の端を持ち上げる。
己が何か問題を起こして雷神の加護を持つ李遼に雷を落とされるのはいつものこと。
しかし今回は珍しくも事を起こしたのは従兄。後ろめたいことがあるから、本来は俺が処理するはずの書簡を肩代わりするために持って行ったのだ。
「ククク…これは面白くなってきたぞ」
ここ最近、政務ばかりで退屈していたところだ。
俺が笑みを浮かべて青みがかった髪を掻き上げると護衛たちが顔を見合わせて「また何か悪いことを考えておられる」「巻き込まれるのだけは勘弁…」と嘆きを漏らしていた。




