4-2
4-2.李遼(父)
兄弟そろって天を仰ぎ、苦く呻いた。
何ということだ。この娘、謙虚ではあるがそれ以上に大人を全く頼ろうとしていない。信用していないわけではないだろうが、自立心が強すぎる。
天を仰いだ大人二人を見た潤玲は、自分が失言したのかと、やや慌てた様子で尋ねる。
「だ、駄目でしょうか?」
「そりゃあ駄目だろぉ…」
「仮にも……否、事実、俺はお前の父親なのだが…」
「はい、先ほども申し上げましたが、存じております」
俺は頭を抱えた。目の前に父親がいると理解しながら、甘えるでもなく頼るでもなく、自立するために働き口を斡旋して欲しいと願うとは。
どうしたものだろうか。
一方的に命じて潤玲を留め置くことはできるだろうが、本人の意思は尊重してやりたい。それが春蓮の望み、そして俺自身の望みでもあった。
ちらり、と李翔の黒い瞳と目が合う。
戦をする前、作戦を練り、敵陣を如何に陥すかを考えている時の目をしている。
それを見てゆっくりと息を吐いた。
この場には気遣いができ、共に戦場を駆けた頼りになる弟がいる。何を躊躇する必要があったのか。
俺はただ真っ直ぐに、我が子に気持ちを伝えればいいだけだ。
「俺はお前を娘として李家に迎え入れたいと考えている。無論、お前が望まぬのであれば李姓を名乗らずともよいし、此処に住みたくないというのならば、別の邸宅を探す」
「そこまでしていただく必要は」
「必要はある。娘が健やかに暮らし育つことが、お前の母の望みだ」
母、と聞いて潤玲は唇を歪めた。
接する機会が少なかったとはいえ、母親に対しては潤玲も思うところがあったのだろう。
「先ほども言った通り、俺はお前と春蓮の望みを叶えたい。そのためには如何なる努力も惜しまん。お前が海に行きたいと願うのであれば、連れて行こう。働きたいというのであれば、働き口も探そう。
しかし海は遠く、遠出するには時期が悪く、帝都で働くにはお前は幼すぎる」
淡々と事実を伝えると潤玲は沈黙し、俯いてしまった。しかし消沈してしまったわけではなく、何か考え込んでいるような様子だ。
しばし沈黙が続いた後、やや戸惑うように潤玲が問う。
「……奥方様は何と?」
「妻にはまだ伝えておらん。だが俺が必ず説得する」
「ですが」
「妻は李家の族長たる俺を支える事ができる女だ。義理の娘が増えた程度で取り乱しはしまい」
「……しかし」
「兄貴は誠実な男だ、きっと義姉さんもわかってくれるって」
生家で不当な扱いを受けていた潤玲がそれでも言いつのろうとして、李翔から援護が入る。人好きのする笑顔を浮かべ、姪に当たる少女の頭をくしゃりと撫でる。
「なあに、もし義姉さんが渋るようならウチの子になりゃあいい!」
ウチには子供がいねえからカミさんは喜んで迎えてくれる、と弟が笑うと潤玲の琥珀の瞳がぱちりと瞬いた。
李翔は妻を持ってから四年経つが、未だに子に恵まれない。
夫婦揃って平気な顔をしてはいるが、子を複数持つ兄や従兄を羨ましいと思っており、甥や従兄甥を目一杯可愛がる姿は時折、寂しげに見える。
このまま子が成せぬようであれば、親族から養子でも貰うか、と酒の席でぼやいていたとも部下から聞いていた。
「李家は結束が固いんだ。同族が困っていれば手を差し伸べ、助けが必要なら千里先からでも駆けつける!そうやって支えあって俺たちは生きてる」
そう語る李翔の言葉はおどけたように聞こえるが、黒い瞳は真剣な光を宿している。
潤玲も目の前の叔父が本気で言っているのだと気づいたのか、目を見張っている。
「潤玲、お前は兄貴の娘で同族。例え産んだのが誰であっても、俺にとってお前は可愛い姪っ子だ。俺たちに、守らせてくれねえかなぁ?」
不甲斐無い兄のために、李翔は必死に潤玲に語り掛けてくれている。
俺も幼い娘に頭を下げた。
「俺からも頼む。まだ会ったばかりだ、俺を完全に信用しろとは言わん。だがお前の身を案じる大人がいることも覚えていてくれ。
もしお前が手を伸ばすのであれば、真っ先に俺たちがその手を掴もう」
心からの俺の言葉に、黄金琥珀の双眸が揺らいだ。
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青年期は次回に分けました。