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3-1

今回から長くなるので分けて投稿していきます。

3-1.李翔(叔父)


 ここ数日溜まっていた仕事がようやく終わり、兄と二人で兄の邸宅へ向かっていた。

 従兄を主と仰ぐ俺とは違い、李家の族長である兄は帝に仕え、将軍の位についている。あまりの忙しさから王宮に泊まり込んでいた兄が帰宅するのは、実に四日ぶりである。

 しかし我が兄ときたら疲れた顔など一つもせず、久々に酒を飲もうと誘ってきたのだ。流石は書簡の山を数え切れぬほど制覇した男。胆力が違う。


 今日は珍しく主である従兄の王烈は抜きだ。どうやら麗しい女性と過ごすらしい。

 英雄色を好むとは言うが、従兄ほど女好きの女たらしも中々いない。最近ハマっているのは幼妻だそうで、とりあえず犯罪になりそうなことにだけは手を出さないで欲しい。そして後ろから刺されないように、十分注意してほしい。


 同年の従兄で親友である王慎は、まだ遠征から帰ってきていない。

 北方で妖魔の類が出たが、地方の兵士では歯が立たなかったため、軍を率いて討伐に赴いている。すでに妖魔をすべて退治したというが、帰還まではまだ時間がかかるだろう。


 そんなことを兄と話しながら、ちらちらと雪が落ちる城下を歩く。

 帝都は広いため、普段は馬や馬車を使うが、事務作業で鈍った体に活を入れるためにと徒歩を選んだ兄の胆力は、やはりちょっとおかしい。そして、兄が邸宅までの道を間違えるのはいつものことだ。


 兄は長身で体格もよく、精悍ながらも整った顔立ちをした、惚れ惚れとするような偉丈夫だ。

 武勇に優れ、戦場で馬を駆る姿は勇ましい。また政治手腕もあるため、武官でありながら文官たちに頼られ、清廉な人柄から部下や平民からも信頼が厚い。

 

 どこに出しても恥ずかしくない兄だが、実はとんでもない方向音痴だ。

 何故、直進するべき道を曲がろうとするのか。何故、右に曲がるところを左に行こうとするのか。

 何度も道を間違えそうになる兄を誘導しながら、酒に誘われてよかったと思う。兄一人では邸宅に着くころには日が昇ってしまっていただろう。


 半刻掛けて辿り着いた兄の邸宅の前に、小さな人影があった。

 体格に合っていない女物の羽織を着た少年だ。

 五歳ほどだろうか、ずいぶん痩せており寒さで鼻が赤くなっている。小さな包みを持っていることから、誰かの使いできたのだろう。


 日も沈む時刻に、それも寒い日に幼い子供一人で使いにやるとは、一体何処の誰なのかと半ば呆れていると少年がこちらに気づき、頭を下げて恭しく礼をした。


「恐れ入ります。李遼様でございますか?」

「いかにも李遼は俺だが、何用か」


 兄に問われ、頭を上げた少年の顔を正面から見て、俺たちは兄弟そろって目を見張った。

 短く刈られ整えられた髪、寒さで白くなった肌、痩せこけた頬、割れた青い唇――そして黄金琥珀の瞳。


 この国の人間は大抵黒目黒髪、もしくは黒に近い灰色か茶色が普通だ。稀に不思議な色彩で生まれてくる人間もおり、兄もこの少年と同じ黄金琥珀の瞳をしている。

 それよりも驚いたのは、少年の顔立ちだった。五つで病死した弟に酷似している。


 焦燥感が胸をよぎった。ここまで兄と弟に似ているのだ、決して他人ではないだろう。そして今にも死にそうな顔色で立っているのだから、心配にもなる。

 李家は一族の結束が強い。もし同族が助けを必要としているなら、すぐにでも保護するべきだ。


 ただただ焦る俺を尻目に、族長たる兄はすぐに冷静さを取り戻し、詳しい話を聞くために邸宅へと少年を誘導する。

 しかし少年は首を横に振り、頑なにその場から足を動かさない。そして持っていた包みを兄に差し出した。


「李遼様にお渡しするよう、奥様から言いつけられました」

「俺に…?一体何処のご夫人か?」


 兄が眉を顰める。配偶者がいる女性から妻のいる男、それも国の要職を務める者への贈り物は、有らぬ噂を立てられる元になる。

 包みを受け取ろうとしない兄をまっすぐ見上げ、少年が口を開いた。


「趙春蓮様です」


 何処かで聞いたことのある名前だな、と兄に顔を向けた瞬間、兄の琥珀の瞳が揺れ動くのが見えた。


 兄が、いつも冷静沈着で、何処に出しても恥ずかしくない兄が、見たこともないほど動揺している。その事実に驚愕しつつも、段々と状況が把握できて来た。

 そして、そこに来てようやく、少年が口にした奥方の名は、昔兄が愛した女性の名だと思い出した。


 兄は若い頃、ある派閥の策略で殺人の罪を着せられたことがあった。捕まれば証拠もなく処刑されてしまう可能性があったため、兄は二年間、一人で国中を放浪した経験がある。


 その放浪生活の中で出会ったのが、趙春蓮という女性だ。

 従兄の王烈と共に身の潔白を証明した兄は恋人を迎えに行ったが、彼女はすでに他家に嫁いでおり子供も生まれていた。

 兄の恋はそこで終わり、その後すぐに李家の族長に相応しい女性を選び、妻として迎え入れた。


 何故、今頃になってその女性の名が出てくるのか?

 そして同族らしき少年の正体は?


 脳裏を掠める嫌な予感を振り払い、自分に成せることをしなければならないという使命感で、体を動かす。

 しゃがみ込み、目の高さを少年に合わせた。ますます死んだ弟に似ていることがわかる。


「坊主、お前さんがどこの誰だか知らねえが、少なくとも、俺たちはお前さんの力になりたいと思ってる。決して悪いようにはしねえから、邸に入って話を聞かせてやくれねえか?」


 頼むよ、な?と手を合わせると黄金琥珀の瞳が瞬く。顔立ちは弟そっくりだが、眼は本当に兄によく似ている。


「俺は李翔。李遼の弟だ」


 兄貴にはあんまり似てないだろう、と少しおどけて言うと、少年の頬が少しだけ緩んだ。


「そんなことありません。眉の形がそっくりです」

「これまたずいぶんと微妙な部分を突いてきたな」


 似てるかなあと濃い眉をなぞれば、少年は小さく声を上げて笑った。先ほどのような死人じみた顔ではなくなったが、顔色が悪いことに違いはない。


 さらに俺はわざとらしくクシャミをし、あー寒い寒い、寒いから中に入ろう!ともう一度促した。

 頑なさの消えた少年の手を引いて、邸宅に足を向ける。

 少年の手を取った時、その手が傷だらけなことと、袖から見えた腕に包帯が巻かれていることがわかった。手当はされているようだがなんとも痛ましい。


 屋敷の門を潜ろうとしたとき、まだその場で突っ立て動かない兄に俺は振り返った。


「兄貴の手も引っ張った方がいいか?」

「…いらん」


 白くため息を一つ吐いてようやく冷静さを取り戻した兄は、むっつりと眉を顰めて俺の後に続いた。


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