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7-3

※残酷な表現あり。

フランクな前半との差が激しいです。

7-3.北城壁守備兵たちの嘆き


 *****



 地上よりも気温が低く、空気も薄い空を白い鳥が駆ける。

 雲一つなく清々しい青空を紙鳶(グライダー)を操って安慈は悠々と飛んでいるがしかし、風防眼鏡(ゴーグル)の奥の暗い緑色の目にいつもの快活さはなかった。


 戦の日はいつも気が重くなる。団員たちを食わせるためとはいえ人を殺すことを安慈は嫌悪しており、それは相棒で義兄弟である黄潤も同じであった。

 安慈のすぐ下にある投入機器に身を固定している黄潤は顔全体を覆う漆黒の兜を被っているため、その表情を伺い知ることはできない。しかし平時は穏やかで争いごとを好まぬ相棒がどのように思っているか、安慈は理解している。

 団員たちの前では毛ほども表には出していないが、この義兄弟は戦を厭い、戦のある世を憎んでもいる。戦の前に二人きりになるとそれを隠す必要が無いため、安慈は非常に楽に思っていた。


 あと数分で眼下の砦から煙が立ち上がり、この青空を汚すのだろう。安慈がため息を吐いたとき、砦の北側にある切り立った崖から光がチカチカと点滅した。作戦開始の合図だ。


「安慈、()るぞ」

「応さ」


 黄潤の呼びかけに応え、頭を切り替えた安慈は紙鳶の方向舵を切る。その顔は傭兵団の長たる男の面構えをしている。

 安慈は南門に設置されている櫓の上空でクルリと旋回した後、投入装置に手を掛けた。


「往ってくる」

「ん、気ィつけてな」


 投入装置をぐっと手前に引けば、紙鳶に固定されていた黄潤の身体が宙に投げ出された。場所は雲が浮かぶほどの上空である。その高さから落ちれば普通は助からない。


 しかし次の瞬間、櫓に向かって目も眩むような閃光が走り、地に突き刺さるような雷鳴が大気を震わせた。

 安慈は風防眼鏡の奥で櫓が燃え盛り、崩れ行く光景を見た。そして燃える櫓のすぐ傍には漆黒の甲冑と雷電を纏った黄潤の姿。


 雷神の加護を受けた黄潤はその身から雷を発し、高速で移動することができる。地上であれば一気に敵との距離を詰めることができ、上空からであれば正に雷が落ちたのと同じようになる。

 砦の警備兵たちはいきなり燃え始めた櫓に慌てふためき、多くの兵たちが南門に集まってきている。雲一つない青空から突如雷が落ちてきたのだ。しかもそこに物騒な甲冑を身に纏った武将がいれば何事かと大騒ぎになるのは目に見えている。


「これぞ、まさに青天の霹靂・物理だよな」


 見事に決まった奇襲に安慈は口笛を鳴らす。敵もまさか雷が落ち、さらにそれに乗じて奇襲されるとは思っていなかっただろう。

 黄潤は未だ混乱の渦が巻いている中を閃光と共に駆け抜ける。電撃を纏った黒槍は守備兵数名を纏めて貫き城壁に刺さり、目にも留まらぬ速さで抜かれた刀は次々と兵たちの首を果物のように落としていく。

 南門付近は雷電が舞い、血と肉が焦げる臭いが漂う地獄絵図に変貌した。


 義兄弟の戦ぶりを見つめながらも、東西からも徐々に兵士たちが櫓近くに集まってきていることを安慈はしっかりと把握していた。

 再び投入装置に手を掛け、風向きや速度を計算して落下地点を絞り込む。クッ、クッと二度投入装置を引き、避雷針を南門の東西に投入、装置する。

 槍の形をした避雷針は二本とも敵を頭上から串刺しにし、敵兵は脳髄をぶちまけて絶命した。


 視力の良い安慈はその光景をしっかりと見届け、更に東側に煙玉を投下する。

 妖獣の鼻を潰すために唐辛子を大量に入れた煙玉が濛々と煙を立ち上げる。案の定、煙玉を食らった妖獣と妖獣使いたちはその場でのたうち回っている。

 風は西から東へ向かって吹いているため黄潤に害はない。念のため黄潤や団員たちは口と鼻を覆う覆面を付けているが、この風であればその必要もなかったなと安慈は呟き、今度は鉛玉をばら撒いた。

 上空から自然落下する鉛玉は重力に従順だ。硬い表皮を持つ妖獣には大して効かないが、その直撃を受けた妖獣使いたちは血と悲鳴を撒き散らかして倒れていく。


 安慈が東からの増援を抑えている間に、黄潤は先ほど安慈が投入した避雷針を旨く使って高速で移動しながら敵を薙ぎ払っていた。西からの増援も加わっているが、問題なく立ち回っている。


 黄潤はこの世界は珍しい雷神の加護を受けた稀有な存在だ。これまで安慈は多くの国を渡り歩いたが、雷神の加護を受けた人間は黄潤とその父親しか見たことが無く、傭兵団の団員達に聞いても黄潤しか雷を扱える人間は知らないという。

 しかし非常に強力な能力を持っているがそれに胡坐をかくことなく、高みを目指して己の武を鍛えてきた黄潤だからこそ、臆することなく数多の敵と渡り合える。


 安慈が西門付近を見れば閑散としている。敵は随分と南門に集まってきているようだった。目を凝らせば煙玉を受けて悶ていた妖獣たちもそろそろ黄潤に接触する。

 敵兵の槍や弓を薙ぎ払い、雷光を迸らせながら敵を貫いていく黄潤を眼下に、安慈は再び方向舵を切った。

 敵を引き付けてはいるが、砦の中にはまだ敵軍主力部隊が残っている。しかしそれも黄潤と安慈の奇襲で浮足立ち、混乱状態にあった。

 白い紙鳶を八の字に旋回させ、傭兵団へ合図を送る。


 突入せよ。


 その合図を送った途端、北側の崖から劉覇、芭麗鈴が率いる二百騎が敵砦へと襲い掛かった。

 南に注意をそらされていた敵軍は、突如として背後を突かれたことで更に混沌と化した。司令官の指示は碌に通らず、敵兵たちは武器を放り出して我先にと逃げ出していく。

 逃亡兵には見向きもせず、向かってくる者だけを蹴散らして劉覇が砦の司令官の捕縛した。


 お見事!と安慈は心の中で手を打つ。司令官さえ抑え込めば、この砦には歯向かう気概の兵はいない。

 南門を見れば、守備兵長が討たれたことで逃げ出した兵たちを捨て置き、負けたことを理解できない妖獣に向かって黄潤が黒槍を投擲していふところだった。

 安慈は昇降舵を切ってクルリと宙返りをし、義兄弟に勝敗が決したこと知らせる。


 相棒の合図を黄金琥珀の瞳に映した黄潤は片腕を上げて応えた後、黒槍に貫かれて動けなくなった妖獣の首を鎖で括り、縊り殺した。


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