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7-1

暫く間が空きました。

今回はかなりフランクです。

7-1.北城壁守備兵の嘆き


 青く澄み切った空。陽の光のおかげで真冬にしては暖かなある日。

 俺の職場は吹雪に見舞われたような冷気と緊張感に満たされていた。


 ここ、北城壁は外敵から帝都を守るために造られた堅牢な城壁の中でも最も警備が厚い。何故なら北方には妖魔や妖獣が多く生息し、さらに過去には異民族が攻め寄せてきたこともあるからだ。

 この百年ほどは北方の太守が堅い守りを敷いているため帝都までは被害が及んだことはないが、それでも突如として妖魔や妖獣が現れることもあるため、厳重な警備網が敷かれている。

 そんな北城壁に配置されるのは兵士として有能な証であり、俺たち北城壁守備兵の誇りでもある――のだが。


 俺たちの目の前には城壁の外を眺めている偉丈夫の姿。氷涼国が誇る征北将軍・王列様の弟君で配下でもある猛将・王慎様だ。

 北城壁は帝都の北区域を守護しておられる王烈様の管轄下であるため、配下である王慎様が訪れても何ら不思議ではない。

 問題はこの王慎様がとんでもなく恐ろしい人相をしていることだ。


 兄君である王烈将軍は見目麗しく、皇族の血筋しか持たない氷神の加護を受けた青みがかった艶やかな髪を持ち、涼やかで美しい顔立ちをしておられる。切れ長の目と薄い唇に艶やかな笑みが浮かぶ様は男女問わず見とれてしまうほどお美しい。


 それに対し、弟の王慎様は兄と同じく青みを帯びているが、硬く傷み切ったザンバラ髪で頭の高い位置で結い上げている。年齢は二十を少しばかり超えた頃で長身と強靭な肉体を持ち、お若いのに将として堂々とした風格が備わっている。

 そしてとても悪人顔、否、野生的で精悍な顔立ちをしておられる。


 そう。すごく、ものすごく目つきが悪い。


 どれだけ目つきが悪いかというと、泣く子さえ黙るといわれるほどである。正直、大の大人でもちびりそうなほど眼力がある。獰猛な猫科の肉食獣を思わせる笑みを向けられて失神する兵がいるほど、とにかく恐い。


 また猛将と名高く、武勇も凄まじい。戦場では百戦錬磨、千の兵が束になっても敵わない妖魔を串刺しにし、妖獣の皮を生きたまま剥ぐという話は有名だ。

 大量の敵将の首級を振り回し、嗤いながら突撃してくる王慎様のあまりの恐ろしさに、相対した将兵は泣き叫んで逃げ惑い、自滅すると言われている。


 そりゃね、こんな人が突撃してきたら誰だって泣いて逃げるわ。

 極悪顔の将軍が平服に黒い毛皮の外套を纏った姿でぶらぶらと北城壁を歩き回っている姿を俺たちは遠い目で見る。


 早く帰ってくれないかなぁ……。


 北城壁に配備されている兵たちは皆同じ気持ちで、手に持った槍を握りしめている。

 しかし俺には一つ気になることがあった。王慎様が左腕で抱き上げている子供のことだ。

 五、六歳だろうか、凛々しく利発そうな顔立ちをしている少年は恐れもせず王慎様の腕に収まっている。

 あの時分の子供なら泣き叫んでも、いや、泣きたくても黙ってしまうだろうけど、とにかく恐怖の一つも抱きそうなものだが、特に気にした様子もない。

 それどころか王慎様と普通に会話しているのが風に乗って聞こえてくる。


「王慎様は北方の海を見たことがあるのですか?」

「ある。だが通常の海とは違い白く凍り付いている。見渡す限り氷と雪の大地。歩くことも、場合によってはその上に住むことすら可能だ」

「氷の上に……想像もつきません」


 あ、意外と普通の会話だ。

 というか恐ろしい印象だったけど、王慎様って普通に話せるんだ。城壁から北を眺める強面将軍と少年の会話は穏やかだ。


「しかし北方には妖魔や妖獣の蔓延っている。人が住むには少々厳しい。それ故に異民族が我らの豊かな土地を狙って南進してくることもある」

「王慎様は妖魔や異民族の討伐によく赴かれていると聞きました。大変なのではありませんか?」

「兄者に命じられれば、(オレ)はそれに応えるまでよ。それに大変ではあるが充実したものぞ。妖魔や妖獣を串刺しにして(くび)り殺し、異民族を震え上がらせるのは」


 ニタリ、と地獄の獄卒の如き笑み浮かべた王慎様を見た俺はヒャッと背筋を凍らせた。自分よりも大きな妖獣と出会ったときより恐ろしい。ほかの兵たちも俺と同じようにビクビクと肩を震わせる。


 だが至近距離から王慎様の笑みを見た少年はケロリとしたもので、へえ、と感心している。かなり胆が太いというか、胆が座っているというか。

 そもそもこの少年は一体誰なのだろう。誰かに似ている様な気もする。


 ふと頭によぎったのは「まさか拐かしじゃないだろうな」という不安だった。

 ありえなくはない。自分を恐れない少年を気に入った王慎様が、その子供を誘拐して城壁に散歩しにきている――突拍子もない発想、否、妄想を頭を振って追い出す。

 流石にいくら高位とはいえ王慎様がそんなことをするはずがない。と思うも同僚も同じ発想をしたのか、目を合わせた途端口元を引き吊らせた。


 俺たちは何も知らない、知らないんだと自己暗示をかける。

 このことは忘れようと目を背けたとき、また風が会話を運んでくる。


「妖魔は知性があり人間とは手を結ばん。人同士の戦いに割って入ってくることもないが、人と相対したときは姑息な手を使ってくる。すぐに縊り殺せ」


 物騒すぎるだろ!!??なんてことを子供に教えてるんだ!?


「妖獣は知性が無く人でも飼い慣らすこともできる。戦場では少々厄介だ。並みの兵では歯が立たんからな。見つけたら兵を下げてすぐに縊り殺せ。それを扱う妖獣師も縊り殺せ」


 とりあえず縊り殺す方向やめませんかね!?と叫びたいがそんな度胸は俺にも、そしてこの場の誰にもない。


「必ず縊り殺さないといけないのですか?一体ずつでは手間では?」


 しかしそう質問したのは王慎様に抱えられた少年だった。

 手間と言った少年がまさに縊り殺されるのではないかと顔を真っ青にした俺たちをよそに、王慎様は真面目そうにふむ、と頷いた。


「妖魔と妖獣は人間よりも頑丈だ。槍で突いたり、火で炙ってもなかなか死なん。矢などは射るだけ無駄だ。首を落としても首だけで動くこともある。確実に殺すのであれば核を破壊するのが一番だ」


 妖魔や妖獣は人間の心臓に当たる「核」という器官が存在し、それを破壊すると死に至る。


「しかし体内に核がある場合はそれを探すのが面倒だ。ある程度弱らせて首にあたる部分を鎖で絞め、城壁や砦から吊るしておけば大体半日程度で死ぬ。

 己は面倒だから氷柱で串刺しにして動きを止め、首の骨を折って縊り殺すがな。暫く息は続くが首の骨を折れば奴らは身体を動かせなくなるし手早く済む」


 その説明でなるほど、と俺たちは納得する。妖の核は体外に露出していることもあれば体内にあって見つけることが困難な場合もある。さらに言えば皮膚が固く、刃が通らないため人間が妖魔や妖獣を倒すことは容易ではない。

 しかし妖魔も妖獣も生物であるため息をする必要がある。核を探しながら戦うよりも、ある程度攻撃で弱らせてから息ができないように首を絞めてしまえば労力は少なくて済む。


 流石は征北将軍の弟君。何百もの妖魔妖獣を退治し、何度も異民族を退けてきたことはある。

 勉強になるなあと俺たちが感心していると、地獄の底から聞こえてくるような低く不穏な笑い声が聞こえた。


「くっ、呵呵呵……敵から見えるように城壁や砦に吊るすのは実に良い」

「敵軍の士気を削ぐのですね」

「その通りだ!飼いならした妖獣を無様に吊るされ、それを見て恐怖に慄く異民族の顔は見ものぞ」


 お前もいつかやってみるといい、とニタリと笑った王慎様の凶悪な笑顔に先ほどまで感心していた俺たちの膝がガクガクと震える。

 何でこんなに恐い笑顔が作れるのか。もう帝都の七大恐怖の一つに挙げてもいいんじゃないだろうか。


 そして少年よ、君は何故そんなに冷静なんだ。胆が太いどころか全身胆なんじゃないか?全胆と称えても良いんじゃないか?

 隣の同僚と目が合う。同僚は涙目になっており、俺もきっと同じようなものなのだろう。


 帰りたいな。

 うん、もう家に帰りたい。

 早く日が暮れて交代の時間になってほしいな。

 おれ、この仕事が終わったら酒を飲んで布団の中に飛び込むんだ。


 隣の同僚と涙目で会話していると、バタバタと階段を上ってくる足音が聞こえた。何やら騒がしいとそちらに目を向けると見知った高級武官衣姿の将軍が城壁に上ってくる。

 大柄で黒々とした髪に太い眉、顔立ちは精悍だが柔らかい丸い形の目を持つ男――王烈様配下の李翔様だ。


 この人物の登場に俺たちは歓喜した。

 李翔様は鎮北将軍・李遼様の弟で、王慎様と対を成す名高き勇将。何より優しく気さくな人柄で将兵からの人気はとても高い。また王慎様とは従兄弟であり親友でもある。


 つまり、この城壁から王慎様を連れ出すことができる救世主なのだ!!


 ありがたや、ありがたや、と俺たちが心の中で李翔様を拝んでいると、珍しく怒った表情で李翔様が王慎様に言い放つ。


「おい慎!人んちの子を誘拐するなって前も言っただろ!!」


 ……って、やっぱり拐しかよ!!!!!

 北城壁守備兵全員で心の中で突っ込みを入れた。

 


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