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聖女さま、異世界へようこそ(3)

 生徒たちの手元で一斉にページをめくる紙が躍る乾いた音が、教室を柔らかく包んでいく。

そこに出てきたのは、さっき目にしたライフイベントの一般図。ただし、全体が非常に薄―くグレーで印刷されていてうっすらと背景のような感じで見える程度で、年齢の時間軸だけがくっきり黒い太字で強調されている。

「さて、これはそう、さっき皆に見てもらった例の図。えーって思わない。一般的に、まぁ、こんなもんという下絵というか、うーん、なんとなくの方向性指示器、ガイド、背景、くらいの気持ちで見てよ。時間軸は、今のところの技術だとこれが正確でしょ?20代の後に一気に80代になるわけじゃ無いし。70代から10代に戻ったりもしないんだから。怖いって、そんなのが今起きたら。」

 緊張感ばかりを孕んでいた教室の空気に、生徒たちが少しだけ吹き出した声が漏れた。

「ここにさ、皆だったら、どんなことを、例えば『こんなに頑張った!』『ここまでやり遂げたぞ!』っていうことを、書き込んでいく?っていうお話で。昔はもっとガチガチの世の中だったしさ。こういうのもきっと巻物で、撒いたら戻せないとか、書くのも墨の色一色で、大きな筆で小さく必死で書き込んだから限界だってあったイメージなんだろうけど。今は、キーボードさえ不要になったタブレット端末くらいには、なってるわけで。書く箇所をぐっと拡大して書き易いように書き込むことはもちろん、好きな色で、なんなら自分の好きに色もフォントも作っちゃって、手書きもスタンプもキラキラ装飾も写真も入れたり、と、色々好き勝手書き込めるようになったわけで。で、書き終えたら次のことを書き出すために元のサイズに戻して、次の書き込み箇所をぐいっとまた拡大させて、とか。」

真剣味の強かったさっきの声色とは異なり、小百合は努めて明るい声色を心がける。指で何も無い空間をスワイプさせたりして、聞いている生徒たちのイメージが膨らみやすようにすることも忘れない。

 「そうやって皆が次々に書き込んだ後に、とりあえずの当初のこの紙っぺらサイズに戻してさ。ちょっと離れたところから眺めてみたら、、、幾何学文様的かもだけど、なんか、絵っぽくならない?」

下を向きがちだった生徒も、自然と顔が上がってくる。

「色とりどりで、絶対に綺麗な絵だと思うんだ。意地悪い誰かがその絵を並べて比べようとしたって、どれ1つ同じものはないし、優劣とかもない。今からさ、ここにどんどん書き込んでいこうよ、精一杯、皆で。書きまくって行こうよ。」

生徒たちの目に、光が灯る。その景色の美しさに、尊さに小百合は感謝さえする。

「何を書くかって、結局、どれだけ今この一瞬一瞬に足掻いたかって内容だから、、、足掻いたからこそ、例え当初に想像した通りの内容じゃなくても、書き込んだ時は個々の出来事としては気に入らない内容でも、ある日、遠くから絵として眺めたら、おお?って自分を納得させられるんじゃないかな、いつか愛着も湧くかなって私は思ってる。その時に、ああ、あの結果やこの毎日でよかった、って思えたり。あの結果から来た今のこの自分があるから、あの昔の時点の願いとは違ったけれど、もしかしたら本当はこうあるべきだったのかなって思えたりするのかな、って。この状態のことをきっと、人は、『頑張れば結果は自然とついてくる』とか、言うのかなって。」

けどさ、と小百合は続けた。

「もし、まぁどうでもいいやと思って、何もせずになんとなく適当に書いたら?なんとなく、イベントクリアした的な出来事を取得アイテムのように書き込んだだけだったら?この平均値的な人生は歩めちゃうかもだよね、そもそもそういう流れだしさ、なんとなくどうにかなっちゃって。それが例え自分の希望の結果だったとしてもなんとなく、何かがぼうっとある絵。そうなった状態をを、今度は『本当の自分はこんなじゃない』と言い訳する日々の絵とか、後悔っていうのかな。」

高校生はここで卑屈にならない。平均値を得るのも難しいのが現実だとか言い訳も言わない。だから、受験生の視線は美しい、と小百合はいつも思う。

「私が通ってる大学は、第一志望じゃないことは、皆も知ってるよね。言いまくってるから。今の学校でよかったと100%で思ってます!とか言えば嘘にはなるし、あの結果を見た時の悔しさはどうやったって忘れられない。けど、今、私の毎日が鬱々か?こんなはずじゃ無いってことばかりか。それは、全然違うよって言える。なぜって、受験生の時に自分が頑張った精一杯の結果だから。それは胸を張れるの。それに、大学に入ってからの方が実は、あの悔しさのおかげもあってか、正直自分で皆に言うのも恥ずかしいくらい色々足掻いていて、私は今の足掻きに納得があるから。」

ほとんどの生徒が顔を上げて、小百合を今、見てくれたことを確認して。

「そう思って、私はここに今、立ってる。皆にさ、私は院進学希望だよーって言ってるじゃない?自分の通う大学の院じゃなくて、他の院が第一志望なの。つまり、来年は私も完全に受験生。気持ちは皆と一緒なの。」

小百合は、教室の空気がグッと締まったのを感じた。そう、同じ目標に向かっている一体感。生徒たちが、小百合をそちら側だと認識してくれた結果だ。

「院受験生だけじゃなくても。他のチューターさんだって3、4年生になればまさに皆と気持ちは同じよ。大学生になったら、そこが第一志望の大学だろうが、そうじゃなかろうが、今度は次の越えるべき壁として就活が出てくる。皆にさっき説明したような絵をより深く考えながら、なんとその絵をそれぞれの企業に見せて『私はこんな人間です!一緒に働きたいです!』って社会に出る最初の窓口を必死に掴みにいく。まぁ、ちょっと日本は特殊だなと思う本音は私の中にあるけど、今のところ、そのシステムに変わりはなささそうだからね。」

傍聴者が、ザワっとしたが、そのまま無視だ。

「一緒に、色んなことをたくさん足掻いて、何をどれだけ頑張ったのか、しっかり書き込んでいこうよ。それがきっと、最後の最後に皆を支える『自信』になるから。」

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