光の屈折は、グラス越しに(1)
「今週も休み、、、、だそうです。。。」
蚊の鳴くような声で後輩が告げた水曜日の教務室。
え?また、、、?と言うのはどこからともなく溢れたため息。
「もうさ、勝間は除籍でいいんじゃないの?入れてたバイトの方も、無断欠勤。今日の理由は?」
呆れたケイトに、夏観が慌ててフォローに入った。
「一応、ちゃんと、インターンという連絡はもらってるから。」
「インターン?どこです?ってか、まだ、2年でしょう?」
これから就活に本腰となる3年のケイトにしてみれば、馬鹿にされているように聞こえたらしい。
「えっと、、、、、それは。。。。さすがに。個人情報だから。」
「チッ。」
ケイトが舌打ちした!!相当苛立ってるなぁ、女帝降臨しちゃうかなぁと思いつつ、小百合は静かに目の前の「今日の連絡事項」の書類に視線を落とす。
「バイトとはいえ、チューターは年次契約でしょう?それをこうも馬鹿にできるって、余程、魅力的なインターン先なのね。」
苛立ちを隠さなくなったケイトの言葉に、受付にいた律が不思議そうに答えた。
「ケイトさん、彼のSNS除けば一発ですよ。すごくこう、、、浮いてますから。」
「浮いてる???」
怪訝そうな顔をするケイトに、その場の後輩が驚いたように答えた。
「え?あの、、、、浮いてる感じって、もしかしてインターンなんですか?」
「ちょっと待って。それ、どう言う意味?」
夏観が思わず、突っ込む。
「だって、、、、、勝間さん、やたらに派手なイベントに参加してて、、、いろんな人と写真とか撮って、、、さっきも、来る時に電車で見てたらライブのリール回ってきたんですけど、、、なんかクラブの?イベント?インフルエンサー?とシャンパンタワーしてました。。。」
教務室の高校生クラスのチューターのいるあたりに、静寂が訪れた。
「熊守!!使用を許可するから、携帯持ってきて。」
熊守に指示を出す夏観の声が、明らかにトーンが下がっている。
そそくさと携帯を持ってきた熊守だが、その画面には何故かしっかり勝間のSNSが表示されていた。
最近、たっちゃんはしれっと有能さ出してんだけど大丈夫かな、こんなにすぐに検索結果が出るわけないってのみんな気付いてるのかな、、と言うのはこの日の小百合の心の声。先日も講師の西橘氏と1対1で『話を付けた』と聞いて、驚愕したばかりだ。さすが、踏んだ場数の違いか、彼自身はとっくに過去を乗り越えてた、と。
小百合がやや上の空ではあるものの、その場の全員が、熊守の差し出した小さな画面に釘付けになる。
ライブ中継と打たれ、シャンパンに花火をさした瓶を運ぶ露出度高めの女性の横で、有名人の誰さんがいる、側を通った、と言う中継をしながら、盛んにセルフィーを各所にねだる勝間の姿が映されていた。以前、勝間が希望していたような、有名人とやらにお近づきになって勝間自身の自己顕示欲を満たす構図そのものだ。
スマホの小さいスクリーンでよかった、と思わざるをえないほど、映っている勝間の顔は、見るに絶えないほど高揚しているのが画面越しでも伝わった。あれだけこだわっていた「有名人」「招待枠」だ。さぞかし、今まさにこの世の春を謳歌しているのだろう。
それにしても、、、と小百合は気を取り直して、改めて動画を見る。素人の仕事ではないし、個人で可能な類のものでもない。勝間にこの役をやらせてその姿を撮っている、第三者が確実にいると言うこと。
「一応、コンサル会社ってインターンをするって言われてたんだけどなー。。。」
眉間のシワがすごいことになった夏観の嘆きは、不自然ではない。どの会社でインターンをするのかは、同業者じゃない限りはアルバイトたちには聞かない。さすがに就活生に配慮して、就活時にいちいち希望先を聞いたりはしないのだ。それを、逆手にとっていいように使われたか。
「律は、知ってたの?」
このきっかけを作った律に、小百合が尋ねた。緊張感を嗅ぎ取ったのだろう。普段なら砕けた調子の律が、かしこまって答える。
「はい。と言っても、ついこの間ですけど。嘘くさい話を散々自慢されてうっとおしかったので、あんまり相手にせずに話を聞いてなかったら、、、そのSNSを見せられました。皆さんも知っているものとばかり。。。」
「そう。。。」
うっとおしいと言い切った律の言い方もひどいなと思わないでもないが、余程、勝間が煩かったのだろう。
「その時、律は勝間に、、どこの会社とか、聞いた?」
「いえ。。。ただ、昔、2.5次元のミュージカルをやってた人とかが立ち上げたイベント会社で、そこで商品を宣伝?広告?を口コミでしていく会社だと。」
珍しく、熊守が口を挟んだ。
「、、、2.5次元のミュージカル、、、、と?」
「はい。熊守さん。そう言ってした。僕は芸能人?とか?正直、詳しくないのでそこら辺はあんまりわかんなくて、すみません。女子大生とかにすごい影響力はあるって豪語はしてました。。。」
一瞬、刹那のこと。熊守の目がギラついたのを、小百合は見逃さなかった。
「へぇ。。。そうなのね。世の中、知らない会社はいっぱいあるのね。」
何事もないような顔をして、小百合は続ける。
「夏観さん、私が契約云々に関しては、ここでは言える立場じゃないのは十分にわかってますけど。実名と顔を出してこれは、生徒に悪影響を与える可能性のあるSNSでの露出は控えると言う雇用契約に明らかに違反してませんか。チューター業務を頑張ってる皆にも示しつかないですし、、、というか、、、私がイヤです、こんなのと同じレベルに見られたら。チューターがこんなだって生徒がうっかり見つけて保護者に告げたら、保護者だってさすがにこの予備校全体に対して不信感を抱きますよ。」
それと無しにもっともらしいことを言ってみたけれど。小百合は、まっすぐ頑張っている生徒たちが、この場所が、何やら汚染されていくような、突然、足元に穴が開いたような錯覚に陥った。
「とりあえず、今は今日の生徒に向き合いません?授業開始時間、結構際どいです。」
強引な切り替えは、もはや小百合自身の心のため。
「そうだな。。。よし、打ち合わせは1限裏でやろう。今は、先に教室に上がってしまおうか。余計なことで時間を使ってすまなかった。」
夏観のなんとも煮え切らない態度は、その場の全ての人間を代弁しているようで。
この日、全員が複雑な顔をなんとか押し殺して業務に当たったのは、さすがに仕方なかったのではないだろうか。




