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その体で感じて(4)

 プロのクズ〜。プロのクズ〜。

「小百合さん、それ、ほんと歌うのやめてください。めちゃくちゃ頭ん中でループします。」

放課後にて。真向かいに座ってメニューのタブレットと睨めっこをしている小百合に、手に持ったジュースのグラスをテーブルに下ろして心底嫌そうな顔で歩夢がお願いにかかった。

え、そう?と不思議そうな顔で小百合が視線をあげる。

今日は4人がけの小さなテーブル席ゆえ、ちょっとした声もしっかり拾えてしまうようで。どんなに小さな鼻歌でも、思った以上に聞こえてしまう。

プロのクズ〜。プロのクズ〜。あ、ほんとだ。なんかループする、、と呑気に律が同じ旋律を辿る。

「律もほんと、やめてくれ。夢の中にまで出てきそう。せっかく放課後に来たのに。。。」

「そうね、ごめんね。で、何食べる?これでいい?」

けど、もう歌わないとも言わない小百合に、暁史が苦笑いをした。

「その微妙な歌、流石にやめてやれ。」

「あ、ごめん。今、すごい無意識だった。」

だろうなぁ。機嫌が悪いんだろうなぁ。

面談室に押し込んだ問題の来訪者を小百合の関係者が回収に来てから、小百合の機嫌は悪化の一途を辿っていた。機嫌が悪いことを周りに見せることは滅多にない小百合だけど。最近、ごくたまーに、普段と違う様子からなんとなく察せるようになった。今日はその最たる例。

だから業務終了後に、ものすごい思い切って放課後開催を誘ってみたのだ。暁史が自分から放課後に皆を誘うのは、3年目にして初めてだったかもしれない。

うーん。。。予定。。。どうしよう。。。まぁいっか。どうにかなるでしょう、と諦めたような声で、小百合がうなずき、「このまま放置されたら、歩夢も律も可哀想だし、ね。」とは言ってたものの。

プロのクズ〜。プロのクズ〜。

この変な歌が無限ループするようでは、もしかしたら、この放課後の方が歩夢にとっては苦痛になってしまうかもしれない。

 「りっちゃん。そう言えば、窓口に来てたのって、結局、誰?」

ぐほっ。

小百合の隣に陣取る律の問いかけに、小百合が盛大にむせた。それ聞いちゃうの?と、信じられないものを見るような目で、歩夢が律を見る。

「あー。そうねー。あれは、また来るよね。」

「また来るの?」

「律も知っといたほうがいいのかなぁ。。。業務外なんだけどなあぁ。。。それをこの場で言うのは、よくないんだけどなぁ。。。。」

散々悩んでから、小百合は口を開いた。

「ルカっていう芸能人、知ってる?」

お茶を濁すかと思えば、ド直球の回答だった。

「え、めっちゃ有名じゃん。え。。ええええ!!あの、普段はすっごい美女姿だけど、ステージではボーイズグループの男らしいセクシー担当でセンターの、あのルカ??!」

小声をキープした律は偉い。ついでに説明もありがとう。

「そう。その彼。ちょっと色々あってね。ついでにご家族が生徒にいらっしゃる。うっかり校舎内で見かけたら、不審者扱いして、面談室に押し込んでね。」

言えるギリギリの範囲をグレーゾーンで告げた小百合は、「面倒ごとしかないわー」とぼやいた。

 律の言った通り、ルカは、普段のバラエティ番組等では見る人全員の度肝を抜く美女姿。本人談では「趣味」とのこと。本業のグループのダンスのステージでは、誰よりもかっこいい男性像。伊達に韓国留学しているだけある。努力も実力も折り紙付き。事務所の戦略でもあってそう言う売り方なんだろうが、あれが兄で、それなりに人気があって、お金稼げて、それを両親が賛美しちゃったら、そりゃ大学受験を考える一般人方向の弟さん(翼)、しかもその兄の生活に親がべったりで各国転々を一緒にさせられてたら普通にグレますわよね、、と元気に自習室へ向かった翼を思い出す。

キミの心は、このりっちゃんが守るからね!と小百合は思うのだが、翼は自力でもうとっくに親の視線やら兄コンプレックスやらは乗り越えていそうな気もする。子供の成長って早いって言うしな、、、と自分の年齢を棚に上げつつ、小百合は対応にいつも細心の注意を払っている。

「じゃぁ、プロのクズって、誰か教えて貰っても?」

律の勢いを借りて、歩夢が聞いてみる。

「ニシタチでしょ。」

そんなのもわかんないの、とばかりに律が答えた。

「あれは、プロだからね。」

小百合が真面目にその先を引き取る。

「やー。なんか、ニシタチに私を会わせるもんかって勢力を校内に感じるんだけど。あれは、無害よ。無害。」

「そんな、人を、害虫か何かのように言わんでも。。。」

「あら、お優しいのね、暁史ってば。」

そんなつもりはない、と首をふる暁史のグラスに、小百合は強引にドリンクを注ぎ足した。

「だってさぁ。まず、どんな努力なのよ。芸能人辞めて、遅いスタートながら高卒と大検の資格とって、しかもちゃんと上位大学入って、加えて数学で大学院まで行って、って。普通じゃできないわよ。死に物狂いの努力をして、自分の食い扶持に繋げるという結果も出したのよ。数学できたら格好いいかもって言う不埒な理由からで、普通、そこまで無理よ。」

「確かに。。。ニチタチ、年齢は結構いってますもんね。外見に騙されますけど。」

「これ、歩夢。年齢行ってるとか、言わないの。外見は、さすが、どうやって自分を魅せるかを長年研究してきた副産物でしょう。」

個人的な好き嫌いは別としてね、と小百合は心の中で付け加える。

「しかも、、授業内容も、指導内容も、いちいち言い方が恋愛を想起させて気持ち悪いけど、発言内容は至極真っ当なのよ。彼のあの女子生徒たちの『仔猫ちゃん』な扱いは、芸能人だったときに『ヘイ』とか『テイ』とか意味不明な掛け声が多かったのと同類のもので、大して意味ないのよ。」

あれは気持ち悪いって思うんだ、、、と暁史は不思議に思った。他人に対してどうこう述べることがまずない小百合だったので、彼女も人間なんだなと、この場ではどうでもいい感想が湧き上がってしまった。

「彼のあの容姿と女子への話しかけ方を見た後で、同じクラスの女子と恋愛できると思える男子生徒がまず撃退され消滅。恋愛ごとに逃げそうな女子は彼に惹かれてくれるおかげで、さらに生徒同士の相思相愛の可能性はなくなり。彼に惹かれた段階で、恋愛は絶対に成就しない。」

え、ニシタチって入れ食い状況では?と言う歩夢の表情に、そんなわけないでしょ、ってか下品よ、と小百合が返す。

「腐っても元芸能人。相手に求めるものは高いわよ。それに、どう言う素人が怖いか、彼は身を以てよくわかってる。」

その過去については、小百合はここでは何も言わない。それは、ニシタチとってフェアじゃないから。

「どんなに講師室でアピールしても、付け焼き刃でネットで買ったそれっぽい服着ただけの予備校の女子生徒が、大学生になってガッツリとオシャレに打ち込んだ予備軍女子の前に出たら、即敗退を悟って撤退するから。そのうち、生徒の服装も落ち着くと思う。今日だって、卒業生信者と生徒とではレベルがもう全然違ったでしょ。その大学生たちだって、彼のSNSに登場する彼の芸能人時代からのお友達を目にしたら、即敗退、で、撤退。ニチタチは、きちんと女子が傷つかないような引き際を用意してんの。淡く甘い夢を見せて、ちゃんと終わらせてあげる。境界線を曖昧にすることで、上手に飛び越えて、上手にもう一度きっちり線を引く。プロ中のプロよ。そう言う売り方をしていた芸能事務所だったけど。流石よね。」

それにさ、と続けた。

「問題ある生徒を見つけるって、結構大変でしょ。特に、メンタル系の生徒はぱっと見じゃ分からない。けど、今はニシタチに群がる子を見れば、大概そこで見つかって、各自勝手に拠り所見つけてて、なんとかなる。予備校サイドは楽になってるハズ。そう、、、何て言うか。。。そう、、、ハエ取り紙?」

「は、、、ハエ取り紙???」

思わず聞き返した律に、

「違う、うーん。。ほらあの、、、コンビニで夜、バチバチ外で、、、」

「あの、蛾が集まってくる?」

律も意外とひどいな、いえ、りっちゃんほどじゃないと思う、と言う掛け合いを挟んで、二人の声が重なったのは、

「電気害虫撃退機?」

流石に、、、ひどい。。。やっぱり害虫扱い。。と呟いた歩夢に、暁史も同意した。ちょっといい話っぽかったのにな、とは、歩夢と暁史の目の合図だけに留めた。

「だって、メガネ、まだ弁償してもらってないの!」

え、そこ?と、半顔になった律に、

「いいなーと思って眺めてたら、2,990円だったのが週末特価で1,990円で買ったのよ。しかも、もう売ってないのよ!!」

あれ、1,990円だったんだ。。。ルカより、害虫より、今日1番の衝撃だよ、と3人は黙って目配せ。

「でも、弁償されるのも、なんか余計に腹たつわ!」

 その後、雨の日ポイントアップに釣られて頼んだメニューが想定外に多くて、4人で苦しいくらいに食べて、もうしばらく唐揚げもフライドポテトも食べたくないと思ったのは、ちょっといい思い出。




 「お嬢様、あれでよかったので?」

アレを評価してたんですか、と言う不服そうな声に、

「いいの。TATSUの件で思うところは、あくまで私個人の感情。たっちゃんが何を思っているかさえ分からないんだし。それに、あの件の後、必死で頑張った彼までも否定するのは違うと思うの。」

ならいいのですが、とそれでも納得できないとばかりの声音に。

「わかってる。大丈夫、忘れたわけじゃない。」

思わず強く言葉が出て、

「そんなことより、ルカの方、事務所に抗議しておいてよ。」

素直じゃありませんね、と自宅で笑われた小百合がいたのは、ここだけの話。

もしも熊守がこの全てを聞いていたら、きっとこう言っただろう。

「余計なことすんな、俺は守られてるお姫様じゃねぇ。」

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