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この星空がキレイなのはなぜと、キミが問うから(4)

 沈黙は、今この場においては何も生み出さない。

小百合は今日はただの「お片付けバイト」要員。ここで「印刷するのは無理」と伝えたところで、小百合には何の咎もない。さっさと教務室に鎮座する社員に状況を説明して丸投げしてしまえばいい。印刷機のエラーなぞ、不測の事態だ。紙詰まりの方は、詰まっている紙を紐解けば、誰が詰まらせたくらいはわかるだろうけれど。

 ふと、今日の高校生クラスの主担当として、恐らく夏観に強引に仕事を回されたであろう、あたふたしていた熊守の姿が小百合の脳裏をよぎった。彼に落ち度があるわけでは全くないにも関わらず、印刷機のエラーで高校生クラスのプリントが配れなかったという事態が、もし、発生しようものなら。あの嫌味な校舎長が嬉々として熊守の責任をネチネチと問い、それを受けた熊守が頭を簡単に下げてしまう未来図が浮かぶ。簡単に、熊守をあの校舎長に売ってなるものか。ああいう陰湿なイジメに対して断固反対したい小百合の意地でしかなくても、嫌なものは嫌だ。そんな状況は見たくない。

 「あの、もう一度、そのまま先生がお持ちのプリントの原本を、少しわたくしに見せて頂くことは可能でしょうか?いえ、手渡していただく必要はありません。」

 神経質だという噂の相手との距離感を見誤らぬよう、慎重に小百合は声を発した。

躊躇うようにそっと差し出された原本を、細心の注意を払いながら眺める。

 ふと既視感を覚えた。これは、確か、目にした気がする。

「差し出がましいようで恐縮ですが、本日の1限目にご入用となるのは、このプリントの中でどちらの箇所になりますでしょうか?ご教示頂けませんか?」

「えっと、、、?」

相手の怪訝そうな声色に、小百合は苛立つのをグッと堪えた。この講師は、自分自身の持つ情報を守ることと、生徒が授業で受けるべきものを受け取れない可能性が出てしまうことのどちらを、天秤にかけて大事だと判断しているのだろう。

 今はとにかく、時間がない。可能な限り失礼にならないよう、けれど簡潔に、小百合は言葉を紡いで行く。

「お願いします。教えていただけませんでしょうか。」

相手が不機嫌な気配を隠さないままでも小百合に教えてくれたのは、小百合のあまりに必死な気配を感じ取ったからだろうか。

「今のところ授業が順調に進めば、ここからここまで、の予定だけど。。。」

示された箇所に、閃いた。

「不躾な質問で申し訳ありません。今お示しになられたこちらの箇所は、昨年、同様のご担当コースでお配りになられたプリントの一部と似通っている箇所があるようにお見受けするのですが。」

「あ、うん、ここは基本事項だから、ほぼ同じかな。あれ?僕の授業、受けたことあるんだっけ?」

「いいえ。ございません。」

「じゃぁ、なんでそんなこと知って。。。?」

突然、相手から更に疑うような目線を向けられ、小百合は相手を蹴り飛ばしたくなるのをなんとか堪えた。この講師の自身の教材への情報保護への被害者意識が強い事情には同情の余地は十分にあると理解できないでもないが、ここまで疑い深いと、もはや自意識過剰にしか見えてこない。

 今、一番優先すべきことは、そこではないはずなのに。

「先ほどまで、倉庫にて過去数年分の教材関連資料の整理作業をしておりましたので。その作業中に、お見かけしたように思いました。」

 決して声に感情を乗せないよう、間髪入れずに小百合は伝えた。こんな時でさえ「資料廃棄」の言葉を決して口に出さないのは、彼らの仕事への小百合なりのリスペクト。相手と同じ土俵に、立ってなるものか。

「教務の許可次第になりますが、許可が降りれば、昨年の資料をご用意致します。そこから、この部分だけを切り出してお渡しすれば、1限目の授業には活用できそうでしょうか。」

不要な箇所は生徒に渡さないのだから、同時にあなたが必死でなさっている教材の情報保護にもなりますよ、という嫌味はここでは堪える。これがダメなら、もうゼロ回答しか残りはない。

祈るような気持ちで提案をすれば、あっさりと相手は肯いた。

「間に合う?」

「繰り返しで恐縮ですが、教務からの許可がおりれば、間に合わせます。」

ここまでくれば、意地である。

「では、お願いしてもいいのかな?」

 スッと姿勢を正した相手に探るように尋ねられ、小百合は居心地の悪さを感じる。

あぁ、そうか。今日は、ヒールじゃないから。

 小百合より相当に高い身長から見下ろされるこの感覚が、小百合は苦手だ。ただのコンプレックスで、それこそただの小百合の被害意識過剰なだけなのだけれど、小百合に仕事を任せて大丈夫なのかと不安がられているように感じてしまう。小さくて頼りない自分に、小百合自身が怯えているだけなのは、分かってはいるけれど。

 未だに相手の講師からの自己紹介もなく名前がわからないままなことに呆れを感じ、舌打ちをしたくなるのをグッと堪えた。

「はい。どうぞ、いつも通りに授業のご準備を。それでは、一度こちらにて失礼いたします。」

 言葉を発する時間ももどかしいとばかりに告げると、小百合はその場を後にした。


 授業開始までの残り時間は、既に、あと3分。

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