表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/46

この星空がキレイなのはなぜと、キミが問うから(3)

 賑やかになり始めた校舎の廊下に、慌ただしさを増していく教務室。校舎内が小百合の知る空気へと徐々に変わっていく様子に、小百合は交代でとっている自分の休憩時間の終了を悟った。気づけば、既に金曜日のチューターたちも出勤し、揃っている。不思議なコンビがいる、不思議な金曜日。ここは小百合の居場所ではないという現実を突きつける、悔しい馴染めなさ。

 予定通りではあるけれど、幸いにも片付けバイトは最後の仕上げまでに至っていない。倉庫に戻る前に、規定通り一声をかけなければ。

「あれ、夏観なつみさん、もうそんな時間だっけ?」

教務室に高校生クラスの主担当である夏観の姿を探しながら声を上げると、代わりに高校生クラスを同様にサポートする熊守くまもり− 小百合は相変わらず『龍』の字を強調するように『たっちゃん』と呼ぶのだが− が小さな声で返事をした。

「りっちゃん。夏観さんは今日のこの時間、面談で席はずしなんだ。。。」

「あ、たっちゃん?ありがとうゴザイマス。」

「片付けの方は、終わりそう?かな?」

側に行かないと聞き取れない声量で話す熊守の見事な化けっぷりに、毎回小百合は感動するやら呆れるやら。仕方なく、熊守のデスクまで足を運んで報告を続ける。含むところがありながらも何食わぬ顔で言葉を返す小百合自身も、充分、この喜劇の役者なんだろう。

「あ、ハィ。昨年のもので万が一な資料を幾つか棚に並べたら、終わりかなと思います。業者渡し分の箱詰めは、99%終了。数もきっちり数えて、例の封印シールも貼って、書類にも入力済みです。」

 決して横流しが起きないように、たとえ廃棄分だとしても管理規則は厳しい。書類を詰めた段ボールには特殊な封印シールを施し、同時に数字が印刷されたシールも貼る。段ボールを開けるには封印シールを開けるか、箱を破壊しないといけない。万が一この封印したシールを剥がそうものなら、特殊なインクが浮かびあがって、元には戻らない。薬局で売られている市販薬などに貼られている、未開封であることを証明するシールを想像して貰えばわかるだろうか。

 箱の数などを管理するための書類もまさかの連写式で、敢えての手書きだ。筆跡でバレるものはバレる。それに1度書き込めば、たとえ表の紙をどう誤魔化しても、裏の紙にくっきり浮かび上がってしまう。こちらは手書きの宅急便の送り状みたいな形式になっている。

 過去の過ちを繰り返させない執念とも言える作業。

「ありがとう。りっちゃんにだから、聞くまでもないとは思うんだけど。これも手順だから。当然、作業は管理規則に全て添ってると考えていいんだよね?」

「はい。」

正直この作業に対して面倒な思いがないわけではないけれどと思いつつ小百合が返事をすると、申し訳なさそうに熊守がささやいた。

「あ、、、あの、、、りっちゃん、生徒さんもそろそろ来るから、その格好だと。。。」

そう言えば、今日はカジュアル路線ど真ん中の服装。教務室をウロウロして好ましい格好ではない。うるさいあの校舎長に見つかる前に撤退しないと、また何を言われるかたまったもんじゃない。

「かしこまりました。作業に戻りますね。」

「あ、、あの、、、ごめんね。今回の廃棄分に、教務室内のコピー残と、印刷室の廃棄分も入れて欲しいって、メッセージ飛んできた。」

さらに熊守の声が小さくなった。

「夏観さんの端末から?」

「うん、何かあったら、声かけてください。」

入れ違いになったらどうするんだろうという絶妙と微妙の間のタイミングでの指示が、いかにも夏観らしい。小百合は苦笑いを隠さずに了承の旨を伝えた。

「はい。では、そちらも承りました。」

さていざ戦いに再び行かんとばかりに熊守のデスクへ背を向けた小百合に、そっと落とされた一言。

「あ、でも、今日はそのまま、眼鏡をちゃんとしてて。」

「え?あ。はいぃ?」

 何故、ここでも眼鏡?そして、なぜ、熊守まで。小百合が疑問を繰り出しても、どうせ答えはないのだろう。ならばいちいち問うのもバカバカしい。諦め半分で「さて」と気合入れ、息を吐き出した。またあの倉庫に戻れば、なんとなく呼吸をどこか躊躇ってしまう埃っぽさなのだ。深呼吸くらいは、今、させてもらってもバチはあたらない気がした。

 倉庫へ戻る道すがら、教務室のコピー機周りでは既に廃棄となる予定の紙の束が箱詰めされるのを確認し、こちらは律に任せようと決めた。講師も教務もチューターも使う印刷室の廃棄分が悲惨な事態なのは、確認せずとも経験で知っている。印刷室とはいうものの、所詮、廊下突き当たりの空間を、ちょっとしたカーテンで遮っただけのお粗末で薄暗い空間なのだ。初めて手伝う後輩に、大変な方をお願いする図々しさは、小百合にはない。

 倉庫に寄って律に教務室の箱を運び入れるよう伝えると、律の「わかりました!」という元気な声に励まされる。何故かここでも、律から「りっちゃん、そのメガネ必ず掛けてて。」と言われる始末。ローマ時代の古典ではないけれど、「律、お前もか!!」。今日はメガネ記念日、なんだろうか。そんなんあったっけ。いや、なくてもいい。もう今日は『メガネ記念日』にする。謎の勢いに押されつようにして、小百合はその足で印刷室に向かった。


 ガタン。ギィっ。ガンっっっ。

小百合が印刷室に到着すると、なんとも派手な音が出迎えた。

この時間に印刷室にいるのは、大概、講師に当日の印刷物を任された担当チューターである。最後の音は、印刷機でも蹴ったのだろうか。ポンコツぶりを遺憾無く発揮するここの印刷機を蹴りたくなる気持ちは、小百合にもわからないではない。けど、蹴ったらダメだ。一応、こんなでも職場の備品には変わりない。

 誰だろう?と思いながら、小百合は勢いよくカーテンをあけて、ちょっとおちゃらけたダンスのポーズを決めた。

「はぁい、りっちゃんでーす。なんか非常にケッタイな音を聞いたんだけど、どうしたの?まさか壊した?蹴った?代わりに印刷しとこっか?教室にあがる時間、来ちゃうよ?」

「。。。。。。。」

 嫌な沈黙が、下りた。

 その場の温度が、一気に氷点下まで下がった気がした。

「申し訳ございません。チューターの後輩と勘違いしてしまいました。」

 うずたかく積まれた白紙の束の影からそっと顔を出した人物に、小百合はその場で直角に腰を折り、文字通り平身低頭で咄嗟に謝罪を口にした。

 誰だか知らないが、チューターではないことはわかった。人となりを確認する前に脊髄反射で頭を下げてしまったので、正直、誰だか確かめる間もなかった。しかし、もはやこのタイミングで頭を上げるわけにも行かない。とりあえずは、このまま謝罪の姿勢の維持しかできない。

幾ばくかして、小百合に声がかかった。

「あの。。。」

「はい。」

小百合はまだ、頭を下げたまま。知らない声だというのは理解した。

「顔をあげてください。」

「ありがとうございます。本当に申し訳ございません。」

重ねて謝罪をし、そっと顔を上げると、やはり知らない人物が目の前で困惑した表情を浮かべていた。

流石にこのタイミングで「どこのどなたですか?」とは聞けない。向こうもきっと、高卒クラスの生徒ですと言われた方がしっくり来る可能性の高いこんなカジュアルな装いの小百合に、あなた誰ですか、とは聞けないでいるはずだ。

冷静を意識し、小百合は尋ねた。

「何か、お困りでいらっしゃるのでしょうか?本日はチューター業務外の職務ゆえこんな装いをしておりますが、普段はこちらの校舎の高3ハイレベル英語にてチューターをしております、真里谷まりたにと申します。」

相手の張り詰めた空気が、少し緩んだ。

「あの、、、水島先生の、、、子?」

別に水島先生の御子おこではないのだが、水島先生には生徒時代からチューターとなった今も、お世話になっているのは間違いない。水島先生ごめんなさい!と唱えながら、水戸黄門のお印よろしく、先生のご威光をお借りすることにした。

「水島先生には生徒時代からお世話になり、現在、チューターとして担当を務めております。」

「そっか。水島先生がおっしゃっていた子って、君のこと。。。」

腕を組んだまま直立不動でじっとこちらを見てくる相手に、「そんなの知らんわ」とはここでは返せない。小百合はそっと、曖昧な微笑みを浮かべてみせる。果たしてこのでっかいフレームのメガネで、微笑みが相手に伝わるかどうかは謎だけど。

「水島先生のお役に立てているのであれば、光栄です。」

「そっか。なら、、、大丈夫かな。」

何が大丈夫なんでしょうか。そしてあなたは、どなたなんでしょうか?悟られるわけにいかない疑問を、答えてくれないかなと希望を持ちつつそっと小百合の心の中で問いかける。ふと頭をよぎった不安は、強引に掻き消した。

 いざとなれば、熊守あたりが最悪、すっ飛んでくるだろう。だから、小百合の身の安全はきっと確保される。残念なことに、相手がどうなるかを気にしてあげられるほど、小百合が普段生きている世界は、容易くない。

 しばらく思案したらしい相手が、やっと口を開いた。

「教材補助プリントが、今日の1限目の授業に必要なんだ。」

さっと小百合が腕時計を確認すれば、授業開始まであと、7分。

「普段からいつも早く来て準備してるんだけど。今日は、どうしても機械の調子が思わしくなくて、既に時間がギリギリになってしまって。」

チラッとだけ差し出されたプリントを垣間見て、納得。なぜチューターに印刷を任せてないのか、とは決して言えないことに気づいた。

 プリントに記載された授業のクラス名から推察するに、人気講師の1人なんだろう。それゆえに配布プリントのコピーや教材がネットで売られること多数。確かクラスごとにそれぞれに講師が手書きの書き込みで異なるコメントを書き込んでいることが、収集癖のある者を刺激した。その結果、まさかの業者廃棄処分となるはずだった過去のプリントが希少モノとして横流し被害にあった一人だったはず。作業開始前に、要注意系クラス名として指摘を受けていた中に入っていた気がする。おそらくこの講師は、どのクラスの誰がネット上で売りに出したのか的を絞るために敢えてクラスごとにコメントを変えているのだろうと話を聞いた時に小百合は漠然と考えたが、そんな状況なら、直筆のある原本は誰にも渡したくないのだろう。さもしい話ではあるが、どこで紛失したことにされるか、わからないのだから。

 「まずは印刷機を一度、拝見しても?」

声の抑揚を出さずに一言断ると、小百合は2台ある印刷機に歩み寄り様子をそれぞれ確認。ため息をついた。まさか、このタイミングで両印刷機が共に不具合とは。

1台目の、この紙詰まりは手元で治せるけれど、多分、30分はかかる。もう一台はトナー部分がイカれていて、業者を呼ぶ必要があると見た。つまり、あと7分、いや、もはやあと6分弱という状況では、印刷物を仕上げることは公平に見て絶望的。

 教務室のコピー機でも対応できないこともないだろうけれど、あれは先ほど、別の講師が使っていた気がする。珍しいなと思ってはいたが、印刷機がこの惨事だからだろう。なら一言、誰か職員に声をかけてくれればいいのに。

 間に合いませんと、ここはもう正直に伝えるしかないのだろうか。できませんという回答を出すことが何より嫌いな小百合には、非常に屈辱的な言葉だ。何か他に方法はないのか。思わず、眉間にシワが寄る。

「やっぱり、間に合わないよね。」

相手が腕組みを解き、諦めにも似たため息をこぼす。

と、平日の高校生クラス開始5分前だけに鳴る特別なチャイムが、薄ら笑うように鳴り響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ