この星空がキレイなのはなぜと、キミが問うから(1)
「きったなぁあああああああい!」
反射的に絶叫した小百合に楽しそうに声をかけたのは、小百合のバイト日と同じ日を目敏く探して、同じ日にバイトに入った律。
「りっちゃん、汚いって、、、今日はそう言うバイトだって夏観さんから事前に説明あったじゃないですか。」
「いや、あったけど。そうね、あったわよ??だから別に、騙されたとか、こんなハズじゃなかったとか、言うつもりはない。そのために、どんなに汚れてもいいカッコで来て欲しい、ついでに着替えも持ってきて、って言われてたんだよねって。これ見たら一目瞭然、誰でもわかるわよ。それに、私の場合、毎年この仕事やってるから。けどさぁ、、、この汚さは、さすがに、、冒涜級ではなくて?」
「そうですかね?でもまぁ、しょうがないじゃないですか。そのための『お片付け』なんですから。」
「わかってるわよぅ。でも、しょうがなくないわよぅ。。。」
口を尖らせてなんだかんだ言いながら、それでも果敢に挑むのは、さすが小百合といったところか。
今日は平日、金曜日。チューター業務ではなく、『倉庫』の片付けのバイト。倉庫と言ってはいるが、ハRーポッターが押し込められていた階段下の雑然とした部屋のようなスペースに物を打ち込んで倉庫と呼んでいるのが実情。その場所を片付けると言う名目での、棚卸し的な大規模廃棄処分作業がこの片付けの仕事内容だ。チューター開始時間の遥か前に、ギンガムチェックのカジュアルな大きめのシャツに黒の細身のパンツの小百合、ゆったりしたベージュのTシャツに濃いブラウンのパンツの律、の動きやすい出立で校舎内にいるのは、一重にこの仕事内容ゆえ。
「それにしても、りっちゃんはなんでこの片付けバイトに入ってるんですか?」
律の疑問は尤も。キツさが先立って有名なため、このお片付けバイトにはなかなか人が集まらない。それなのに、毎年、小百合はこのバイトを自ら立候補して請け負っているという。
「えー。だって、宝庫よ、宝庫、ここは。」
今年のこの倉庫にしまわれているのは、主に、教材関連。いざという時用の未配布で保管しておいたテキストや、各講師が配布した補強教材やプリントなどである。ちなみに、小百合が昨年に挑んだ別の倉庫は、広告関連資料。要は、講習会のパンフレットなど。初年度の場所は学生教務関連資料、つまり受験データだった、とのこと。
「自分の知らない数年分さえも、一気に見える。こうやって先生方がお作りになったテキストそのものだけじゃなくて、お手製のプリント。。。例えば、さ、この2つのプリント。この1つのテキストに対して、2人の先生でこんなにアプローチが違う、とか。えーっと、、、、あった、あった。これ、同じ先生なんだけど、、、これが一昨年でこっちがさらに前、、、ほら、プリントでこんなに変化がある。けど、、、、そうそう、この先生だと、、、良いか悪いかは別として、内容が毎年一緒。セキュリティや著作権の関係でこう言ったものって今なおデジタル化できないから、こう言う古典的な形でしか、ここでしか見ることができないのよ!」
「はぁ。。。。」
「あれー?そんなに反応薄いかなー?」
小百合の勢いにいまいちついていけないという反応を、律が示した。
「いや、、それで、宝庫?なんですか?ネットフリマ系で売られたりしてるのは知ってますけど。」
「あー。。。。。」
今度は小百合が言葉を失う番。
「あれねぇ。。。。そういう意味での『宝』じゃないわよ。。。」
「りっちゃんなら、何があっても絶対にこういうものを売らないし、ましてやここのものを横流しすることもありえない。だから、りっちゃんにならこのバイトを任せられるって夏観さんには聞きました。」
ため息とともに、小百合が言葉を重ねる。
「そうね、私がこう言ったものを売ることは絶対にない。」
今どきは何でも気軽に売る、と言うのは既にずっと言われていること。思い出も記憶も記録も全てその人の脳に刻まれているのだから、モノそのものは要らないという発想はわからないでもない。自分にとって要らない何かが他の誰かの役に立つなら、最先端のトレンド通り「資源の有効活用」だろうし、「環境に優しい」とも言えるだろうし、もったいないと言う日本語の精神に則っていると言えないこともない。
けれど、受験のように自分が頑張った何かを支えたものさえも、通り過ぎたからと売ってしまうと言うのもどうなんだろう。今後の未来に必要か不要かと問えば、不要な可能性が低いとは言えないのは事実ではあったとしても、だ。
こんなふうに受験の要素がギュッと詰まったテキストを受講生以外が欲しがるから値がついて、売れてしまう。テキストそのものに価値があると言えば、価値がある証でもある。だけど、そうやって何でもかんでも換金してしまう生き方が、豊かな人生なのかと言えてしまうのかと言うと、小百合にはわからない。
金銭的な意味で少しでも不要なものは何でもかんでも換金しないと厳しいのであれば、それほどまでに日本が豊かではなくなったと言うことなのではないだろうか。それとも、これらを即売り出せるほど、受験の知識を活用することがない人生なんだろうか。
前者なら、仕方ないのかもしれない。背に腹は変えられないし、生きることがまず先決だから。
けれど、後者なら。受験で学んだことが即不要になるような人生ならば、そんなものを課している受験勉強ってそもそも何なの?と言う話ではないか。後の人生に「不要」だと断じられる知識しか問えない受験って根本的に何か間違ってないか、とも疑問に感じてしまう。
「生徒のためにテキストやプリントを然るべき一定期間は保管する必要があるって言うのは、律も生徒だったから、わかるよね?」
「はい。」
「積極的理由でか、消極的理由でかは、この場所では問わない。然るべき一定期間が余りに長くなりすぎて、この有り様なんだろうし。」
小百合の目の前にある腐海の森。きっと最初はもっと整頓された状態だったのだろう。昔のものほど、きちっと仕分けがしてある。月日が経つにつれ、雑然と放り込まれて積まれ、最後はテキストやプリントが力技で押し込んだようになっている。
「この倉庫にあるのは、誰かの『仕事』の結果、成果物なんだと私は思うの。例えば、テキスト1つが、そう。書いた先生、まとめた編集、本にした出版、そして活用して授業する先生。プリントなら、もっと直接的に先生方がその年の受験で大事だと、指摘しておかなければと思ったことを綴った結果。誰かが頭脳を使って、時間を使って、その年の受験に向き合った成果物。柔らかい表現をすれば、『生徒に伝えたいこと集大全、ただし年次アップデート有り』って言えるのかなぁ。」
「仕事の、結果。。。」
「そう。この仕事に携わった誰かの人生の一部が、1冊1冊に詰まってる。それが、何年分もここで眠ってる。」
小百合は一番近くにあったテキストを手に取ると、慈しむように撫で、パラパラっとページをめくった。
「それだけでもう充分、宝物以外の、何になるっていうのよ。」
「それで、宝物?」
律はわからない、と言う顔をしたまま。
「そうね、、、付け加えるなら。テキストに書かれた知識はもちろんなんだけど。そのテキストのベースにある『伝えたいこと』は多分、受験だけのためのものではないと振り返ってみて私は思うの。だから授業そのものに意味があって、先生ごとに色がある。」
その伝えたいことを必死に書き取り、生徒それぞれが自分使用に彩りを添えたテキストは、その生徒の宝物になるはずなのだ。テキストと授業というツールを使って作り上げた、先生と生徒のコミュニケーションの中で生まれた唯一の『受験に向かう自分を支える物』になるはずなのだ。
「受験に必要な知識だけが効率的に欲しいなら、家に閉じこもって、教科書でも市販の参考書でも、頭の中に単純に写せばいいだけでしょ。」
教科書にも市販の参考書にも、当然筆者の『思い』があると信じたいけど、と小百合は呟く。
「生徒の時に、あなたたちは受け取ったわ。先生方のこの『伝えたいこと』、を。それを支払った授業料の対価だとか言ってしまえばそれまでだし、どこまでメッセージを受け取っているか私には察することはできないけど。」
パタンとテキストを閉じると、律を見据えて一言。
「少なくとも、事実として何年分もの『思い』がここに詰まってる。何人もの人が携わった成果物として、ここにある。それが、この予備校に通う生徒たちを支え続けている。これまでも、これからも。だから、これらを物ではなく宝物として、感謝と敬意で以って扱う人間が一人や二人いても、いいでしょう?」
「りっちゃん。。。」
「冒涜級だと言ったのは、こんな扱いをしているからよ。これらがあって、これからの生徒の未来があるんだから、廃棄処分業者引き渡し用の箱に力技で押し込むんじゃなくて、せめて『お役目おつかされま』の気持ちで送り出したいの。」
「はい。」
その後、黙々と段ボールに詰めていく、小百合と律。時には手にしたものの懐かしさに声を上げ、時には何でこの色を選択したんだろうねとテキストの独特な表紙の色を話題にしつつ。
それは過去をいらない物として突き放すのではなく、未来を迎えるために昇華していく作業のようだった。
誤字訂正しました。申し訳ありません。




