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私、成功しかしないので(6)

 後日、赤波紗里衣の代理人として件の弁護士が退職届を持って来校。くれぐれも内密にとの条件で迷惑を被った関係者のみが会議室へまとめて呼ばれ、告げられたのは、どうやら「予備校のバイト」と両親に偽り、彼女がざっくばらんに言うと未成年は本来働けないはずの場所でバイトをしていたとのことだった。予備校という確かな場所への安心感や、佳哉たちが保護者向けに未成年の飲酒を防ぐための管理・努力を見せつけたことで得てきた信頼感を、見事に隠れ蓑にされた格好となってしまった。誰かが悪用することを想定していなかったのは、自分たちの甘えだったのか、未だ佳哉には答えが出せないでいる。

 どこかすっきりしない雰囲気のまま小百合の家で「お疲れ様会」をしながら、正式に渡された退職届けの残像を4人がそれぞれの脳裏で思い出していると、恵叶が呟いた。

「突然、派手になったり生意気になってきたあの時に、もっとキツく叱り飛ばしていたらここまでのバカはしなかったのかしらね。」

小百合が引き継ぐようにため息をつく。

「恵叶とは、結構やりあってたもんね。私、逃げちゃったけど。皆、良い意味ではなく『ブランド使いのサリーちゃん』とか『顔面加工のサリーちゃん』って影で呼んでたし、予兆は十分あったものね。」

「いや、俺たち、今回の件は一応被害者よ?証拠集めに時間かかったりしくじったりしていたら、警察での取り調べ沙汰はもちろんのこと、ネット私刑だってワイドショーの吊しだってありえたし、 脈々と先輩方から受け継いできたいろんな事、全部消し飛んでたからね?」

佳哉が抗議しつつ、加える。

「この後味の悪さは、否定しないけど。」




 『「どうして、、、、?紗里衣は何も悪くないよ?」

こぼれ落ちた悲鳴が、虚しく虚空を泳ぐ。

だって、シュンくんは紗里衣の王子様だよ?なんで?なんで紗里衣をそんな目で見るの?パパ、おかしいよ?ママ、怖いよ?だって、なんでもいうこと聞いてくれたじゃない。思い出してみても、やっぱり、パパもママもおかしいよ。

「なんで、紗里衣はダメなの?パパ、お願いしてくれなかったんでしょう?」

あの日、チューター採用の不合格のお知らせを受け取ったとき、紗里衣は信じられない気持ちでいっぱいになった。

「パパ、言ったよね?大学の入学試験は無理だけど、その他のことならパパがなんとかしてくれるって。」

いつものように紗里衣が泣いてすがると、その数日後、採用された人向けの研修の案内がきてほっとした。そう、パパはなんでもできる。どこかの会社の偉い人だから。だからパパを頼りなさいって、ママはいつも紗里衣に言う。女の人は、そうやって頼れる人にお願いして生きていくのが、一番幸せなことなんだって。だから、研修後に、紗里衣はパパにもう一度お願いした。

「紗里衣、バイトするのは月曜日がいいのぉ。」

そしたらちゃんと、月曜日のシフトに入ることができた。やっぱり、パパはすごい。

けれど、、、こんなに紗里衣が熱く見つめているのに、「王子様」は紗里衣に見向きもしない。そればかりか、あんな女らしさのかけらもなさそうな先輩と笑い合っている。悔しいから、パパに聞いてみた。

「あの女の先輩が紗里衣に意地悪するの。パパが予備校に言って、辞めさせて欲しいの。」

いつもみたいにパパが紗里衣のお願いに興味なさそうに頷いたから大丈夫かと思ったのに、なぜか一向にあの先輩が辞める気配がない。なんで、あの女の先輩はまだいるんだろう。紗里衣がパパを通じてお願いしたのに。そればかりかママまで「そのことについては忘れなさい」なんて言う。なんで?紗里衣、ちゃんとお願いしたのに。しかも、最近は王子様たちは紗里衣を避けるようになってしまったように感じた。どうして?あの女が、なんかしたの?紗里衣の邪魔をしたの?

 毎日悲しくて、イライラして、どうしようもなかったときに、ふと大学で声をかけてくれたコがいた。お洋服の話、話題のバッグの話、サークルのカッコいい先輩や、簡単に単位が取れる授業の選び方、、、びっくりするくらい、気が合った。

 浮かない顔をする紗里衣に、彼女が言ったんだ。「そう言う時は、パァッと遊べばいいんだよ。」って。「パァッと遊ぶ」と言うのがどうすることなのか分からないと言ったら、内緒だよ、私のハッピーの元を教えるねって誘ってくれたのが、とあるイベント。

 そこで、ずっと昔に諦めていた彼に出会ってしまった。そう、小さい頃、ミュージカルを見て一目惚れをした、シュン君。紗里衣の初恋の人。本当の、本物の王子様。ステージの上でキラキラ輝く彼も素敵だけれど、ステージ後にスマホ越しに会えるもっと気さくな彼もカッコ良くて。スマホ越しに課金すると見られる特別コンテンツはバイト代をつぎ込んで、いつの間にかもちろんコンプリート。「え?紗里衣ちゃんも彼が好きだったんだね、気が合うね!」って。「だから、紗里衣ちゃんは特別だよ」って、イベント後に彼女が小さなバーに連れて行ってくれたの。

 まさかホンモノの彼に出会えるなんて。必死で課金してもスマホ越しのファンと、こうやって会えちゃう紗里衣は違うんだって言う優越感。交換したチャットIDで生身の彼と常に会話が繋がって、彼の甘い言葉が全身をいつも駆け抜ける快感。けれど、彼に会うには彼との秘密の恋を守るために、そのバーの会員料金や使用料金を払わなくてはいけなくて、それがちょっとバイト代だけだと厳しくて。少し年上のきれいなお姉さんたちが、紗里衣よりもっと頻繁にシュン君に会えているのを知って、不安になってしまったのだけど。パパやママに、いつもみたいにどうにかしてって言うのは違う気がして。どうしようかと悩んでいた矢先に、バーの人が、系列店でバイトしてみる?って聞いてくれたの。シュン君を紹介してくれた友達も一緒にバイトしてみるって言うから、そのアテンド付のバーの接客要員として働き出しただけ。悪いことじゃないよね?

 テレビで見ていたキラキラした世界に、興味がなかったといえば嘘になるけど。だって、紗里衣のバイトはバーだよ?周りだって普通の大学生がお客さんとお酒飲んだりする場所でバイトしてたよ?そんなに、ドコで働くかって大事なの?バイトでしょ?それに、そのバーのバイトだとこれまでに目にしたことのない金額が簡単に稼げちゃってびっくりしたの。若くて、可愛いから稼げるのは当たり前なんだって!しかも、制服として仕事用に貸出してもらえる旬の高価なバッグや靴も、好きなだけ私用で使っていいって。ちょっとだけと思って出来心で大学へ持って言ったら、サークルのコたちがすごい羨ましそうなで、予想以上に気持ち良かったんだ。きっと予備校バイトのあの先輩たちだって今の私になら頭を下げるんじゃないか、って思うの。

 なんで家族は知らないのって?ちゃんと大学には通ってたし、家に帰る前に途中の駅で着替えてたもん。確かにちょっと、疲れが溜まったなって言うのはあったけど。そう言う時は、疲れたーって言えば、バーで元気になれるドリンク剤もらえたし。それを飲んでると、いつも異常ってくらい元気になれちゃうし、、飲み続けていると太らなくなるんだって。あ、なんか、最近飲んでいないから、飲みたいな。

 そうそう。それでね、やっとそしてついにシュン君とのデートだったの。そこでね、まずはキレイになるための栄養剤だっけな?オススメなのを飲んで、シュン君を気持ちよくできるようになるっていう小さなクッキーを食べて、、、シュン君と秘密のキスして、、あれ、、、?その後、、、どうしたっけ???早く、飲まなくちゃ。え?ううんと、こう言う時はあのドリンク飲まなくちゃいけないの。飲みたいの!!

 ねぇ、シュン君、どこにいるの???」』




「でもさ、その友人だと思っていた人物って、実はただのキャッチたちで、大学内の人間じゃなかったんだろ?どうやって近づいたんだろう?」

素朴に疑問を唱えた暁史に、佳哉が答える。

「大学構内なんて、意外と信用ならないよ?規模がデカイ大学なら尚更、モグリだっているし、誰が本当の学生かなんてパッと見ただけじゃわからんって。確かにサークルや友人を装った宗教や政治系のグループの勧誘に引っかかるなとは入学初日に注意を受けるけど、そういう類の実は大事な話を、頭の中がお花畑になっている新入生の状態で、真っ当に聞いてるヤツがどれくらいいるかって話。」

ふと、小百合は思い出した。

「それに、ちょうどあの世代だよね?小学生のなりたい職業ランキングのトップに多種多様な職業が登場し始めたのって?メディアも、成功してキラキラした華やかな部分しか絵面を見せないじゃない?当人が望んで始めた仕事ならその意思は尊重するけれど、光が強く見えれば見えるほど、その後ろには大きな影というかリスクがあることくらいは、年齢的にも理解していて欲しかったかなぁと思っちゃう。恵叶、私、期待しすぎかな?」

「まぁ、教えないもんね、誰も。社会の枠組みは、お姉ちゃんの子供と自分の年齢が一緒で否応にも余計なことまで学んでいくような昔の大家族の名残を引きずったままだし。現実、高校まで真綿で包んであれもダメこれもダメソレだけしなさいココだけしなさいってルールでがんじがらめ。そのくせ、大学に入った途端にオトナだからとかで突然放置プレイ。社会の仕組みは自分で経験して理解して自身で上手に判断して選んでくれって言われる。戸惑って思考がフリーズしているところに囁かれた言葉は、実は泥舟なのに、豪華客船のような助け舟に聞こえたんでしょうね。」

恵叶が、そのまま続けた。

「相手の男とかそのお店とかって、結局摘発されたんだっけ?なんにせよ、彼女自身の人生はここから先が長いのよ。この出来事を今後にどう活かして生きるのか、親御さんと二人三脚で頑張って貰うしかないよね。って、何か言いたそうな顔をしてるけど、佳哉?」

「いや、実際に対面した俺としてはね、あの親にしてこの子ありーっていう感じでね。うん、ちょっと複雑で、俺はポジティブに彼らを応援する方向の話はまだ素直に聞けない心境。コイツら頭湧いてるなーって態度だったよ。。。」

小百合が前のめりで質問した。

「あの親でこの子ありって、どこらへん?」

「あー。ありがちがヤツなんだけどさ。ウチのコがそんなことするわけありません!って弁護士を笠にやけに強気で煩かったのが、サリーちゃんがブランド物のバッグ持って『私、こういうの持てるオンナなの、すごいでしょ』って主張し始めたのに近い雰囲気があって、既視感の最たる例を身を以て感じた。」

「本人が大したことないのにその所有物にちょっと力があったりすると、やたら所有物自身のチカラを自分の実力だと勘違いして高圧的になる?ってこと?」

なんで勘違いするんだろうねーと小百合が不思議そうな顔のまま、自分の理解が合ってるか確認する。

「全部全部、誰かにキレイにまとまるように決めて貰った道を歩いてきて、何も自分で決めて来なかったからじゃない?自分自身の存在を意識した時に、もちろん空っぽで中身が何もないから、咄嗟に目に見える身近な持ち物がイコール自分だと思っちゃう。少なくともそれは、欲しいと思うか選ぶかして自分の意志で身につけたものではあるから。ただ、、、役職と自分の価値をイコールだと勘違いして威張り腐っているおっさん供が世に蔓延っていることを考えると、もしかしたら日本の哀しい文化の1つなのかも。」」

続いた恵叶に言葉に、「わかんないなぁ」と小百合が顔をくしゃっとさせた。

「影響力のあるものなら、モノにせよ立場にせよ、持つのに勇気や覚悟が必要そうなものだけど。だって、そのチカラはいい方向に行くとは限らないよ?」

「小百合は考えて行動することが普通になってるからね。どんなものには何かしら影響力があると言う考えがないから身の丈以上のモノを持てるし、悪い方向に作用しちゃえるんじゃないの?自分のことなのに、サリーちゃんはアタマを使ってないし。」

「頭を使っていない??うーん。。。 今やるべき最重要案件は何、今要らないことは何、とか。それをしたらどういう結果で何が得られる、けど、何かは諦めざるを得ない、とか。そういうのを考えざるを得なかった経験、なかったのかな。受験してるんだから、受験生だった時にあったはずなんだけど?」

「なかったんでしょうねぇ。受験にこだわらずとも、きっかけは何だったってよくて、自分の脳ミソで1回考えて、自分の今の行動が未来の何を引き寄せるのか考えましょうよってことなんだけど。まぁ私は、受験のプラス1周で気づいたクチだから、偉そうなこと言えないか。」

「俺は、親の過干渉が問題だと思うけどね。チューターだって不合格だったのにゴリ推しして願いが叶ってしまった。この時点で自分に実力が足りてないのが本来だったらわかるはず。けど、そんな自分を受け入れられなくて、理由を自分の外にどんどん求めていくと、結果的に美しいストーリーを親が与えてくれる。今回は、親がただエセ友人にすり替わったっだけ。結局、何も考えずに、誰かから与えられるのを待ってただけ。」

こほんっと空咳をしてそっと佳哉が付け加える。

「しっかしなぁ。あれだけの問題をおこせる資質を持っているのに、生徒の時の記録がほっとんどないっていうのが、改めて信じられん。」

「多分、逆?」

小百合が呟いた。

「演じてたのか、元来がそうなのか、私にはわからないけれど。きっとね、びっくりするくらい誰かの言いつけを守り続けてきたイイコ路線だったのかな。だから、その道を歩き続けていた学生時は特に目立ったりしないんだよ。埋もれてしまうだけだもの。」

難しいよね、という小百合のため息を、佳哉が引き取る。

「それは俺も思った。でもさ、今、俺らの目の前に、王子様っていういい例もあるよ?」

「はぃ?」

突然、話を振られた暁史が間の抜けた声を出した。

「だって、暁史って学生時に、俺らみたいに予備校でも煩いとか連む絡むの好ましくない方向で目立ったりしてないだろ?実家は確か名の知れた金型メーカーさんだし。予備校は招待の奨学生で、模試ではいつも成績上位者。大学も奨学生で、呼び名は王子様。模範生コース一直線じゃん。」

「よくどこにも捻くれずにまっすぐ育ったわよね?」

恵叶が茶化した時だった。

「全然、そんなじゃないから。」

躊躇った暁史の声に、珍しく負の感情が乗った。

「いや、うちね?俺に7つ歳の離れた兄がいるんだけど。ヤツが工業高校をでてすぐ親父の会社に入って、『俺はやっぱりアーティストになる』とかなんとか言って入社から数ヶ月後に会社の資金持ち逃げしやがって。それからが、もう大変で。とにかく、職人さんたちとそのご家族を、身内のアホのせいで路頭に迷わせるわけにはいかないと実家や手持ちの不動産やらをだいぶ売り払って、なんとか従業員と会社の看板は守れたけど。お恥ずかしい話、毎日の食に困窮して学校給食で辛うじて食いつないだ過去がある人間よ?」

「え?」

初めて聞かされる、話。暁史だって、初めて話す話。

「だから、どうしても大学まで行きたかった俺は、選択肢が奨学生制度ありきだった。それにさ、そういう噂って地元だと簡単に広がるから、、、これまであたりの前のように一緒にいた友人たちが、こうやって俺が目の前でいつも通りに笑って見せている限りは普通なのに、ちょっと隙があるとすぐに微妙な距離になっちゃって。高校から敢えて地元から少し離れたところに進学したのに、それでも盗難事件があった時は真っ先に無言で疑われたりとかさ。」

王子様なんかじゃないんだ、裸の王様みたいなもんなんだよ、と吐き出した暁史は、これまでに見たことのない複雑な表情をしていた。

「こう振舞っていれば大丈夫。そんなこれは、精一杯の虚勢というか、抵抗だから。」

暁史は不意に顔を上げると、真剣な目で告げた。

「佳哉、今回は本当にありがとう。拍子抜けするくらい何もなくて済んだのも勿論あるけど、、、あぁまた自分が疑われるんだって、どうせまた一人で矢面に立つんだってどこかで諦めかけていた俺自身を見捨てずに、一緒に戦ってくれて本当に嬉しかった。」

「俺だけじゃないだろ?」

「恵叶、小百合、ありがとう。」

「いいえ。同期の沽券に関わることですもの、ね?」

「ウンウン、アキフミがいるからの同期だもん。」

暁史が不思議そうな顔で3人を見渡すと、何かを期待するように優しい瞳が自分に向けられていた。思い切って提案してみる。いつもの暁史なら、誰かが言い出してくれるのをつい待ってしまっているようなことを。

「あの、、、さ。今日はもうちょっと飲みたい気分だから、小百合、お泊まりしていっていいよね?」

「そうこなくっちゃ!」

 誰からともなく笑い出すと、もう止まらない。もはや何が可笑しいのか分からないまま、それがいいのだと、限られた今という一瞬を精一杯生きる者たちの笑顔が弾けて、氷が音を鳴らすグラスの向こうへ消えていった。

 ただここで、笑いながらも小百合の瞳が妖しく光ったことに気付けたのはやはりまだ自分たちだけでしたねと、あとあと小百合の『専属』が諦めのようにそっとこぼしたのは、また少し先の話。

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