私、成功しかしないので(5)
その数刻ののち。緊迫した会議室の中で、佳哉は思わずあくびを仕掛けて慌てて唾を飲み込む。実にくだらない、ありふれた茶番。予想通りに感情的に捲し上げる保護者とやら。厚かましいほど地元の議員の威光を借りてやけに威圧的な弁護士。何かあったら週刊誌に暴露してやるとの脅しが怖くて、あくまで元生徒、つまり元お客様としての相手に下手の対応に出てしまう職員たち。雇用主として佳哉に対し異常なまでに高圧的に出たくせに、今はその勢いはどこへやら、弁護士と両側の録音機の存在に借りてきた猫以下の存在感の校舎長。何1つ疾しいことがなく勤務状況の説明をするだけだで乗り切れるはずのこの事態に、どうしてこうなるのか。卑屈なまでにへりくだる事と、誠意を持って対応する事とは違うはずなのに、ここの人たちが醸し出している空気が、ただただ面倒臭いの一言に尽きる。
これならば、教務室で毅然とした態度でチューターの今日の指揮を取って統率を図っている恵叶と、平静な態度で通常業務をこなしている暁史の方がよほど肝が据わっているんじゃないかと思う。
確かに、今ここで対応を一歩間違えればどんなネタでもネットやワイドショーやらが飛びついて炎上する怖さは佳哉にもわかる。それが現実的に起こり得る可能性を内包している事案だから、対応も慎重にならざるを得ないこともわかる。だからこそ、しっかりと記録に残っている事実をもとに、先方が主張しているような赤波紗里衣の勤務実態がないことや、勤務時間と内規に即して幾らお給料として支払ったかなどを確実に着実に説明すべきだと思う。サービス残業や記録に残さない勤務日の存在を疑われて、杜撰な管理実態がありそうなイメージを与えてはならないというのに。
幸いなことにまだ指摘を受けていないが、確かに「放課後」だけに遊びにくるチューターが校舎に寄ることは確かにある。元生徒として校舎へ遊びに来ることも可能だ。その場合、勤務実態という意味では記録に残らなし。ただ、代わりに、校舎出入り口の監視カメラに必ず校舎への出入りの記録が残る。彼女の姿は、一切なかった。防犯カメラに映る事なく校舎内に実際に何度も滞在できているのだとしたら、相当な手練れの不法侵入者の類だ。ちゃんと証明できる。
佳哉が頭の中でこれから自分の発言すべきことをまとめていると、噛み付くような勢いで母親が捲し立てるセリフに引っ掛かった。
「最近、予備校バイトのおかげと言ってかなり高価な装飾品の類のものも、私たちが買い与える以外にも持ち始めたんです。ご説明頂いたお給料では、到底購入はかなわないのですが。」
佳哉は半眼になりかける。それは、今、この場で雇用サイドに聞く質問なのだろうか。
「それに、あんなに週に何度も夜遅くバイトと言っては出かけて夜更まで帰らず、一体ウチの娘はどこにいたんです?」
まずは自分の娘に聞けよ、この場では口が裂けても声に出して言えないけれど。実際に答えが得られなくても、ネット映えに人生をかけている年齢だから、写真の数枚ぐらいは彼女のスマホにありそうだ。最近の写真データは基本的に地図アプリに自動的にデータが結びつくようになっているから、写真1つで娘の場所くらい簡単に割り出せるだろうに。
親子で全く会話がないんだなと、佳哉はなんとなく感じた。きっと渦中の彼女は、家では普通に親の聞き分けのイイコで、成績に特に問題もなく、受験もスルッと想定内の範囲で乗り切れちゃったんだろう。実際、彼女は行動が目立った生徒でもなく、実際に在籍時の管理ファイルには、チューターによる記録がほとんどなかった。
「聞くところによれば、皆さん、こちらでのアルバイトが終わると、毎回のように遅くまで飲酒されていらっしゃるとか?娘から、確か、放課後だなんて名前だと。どうせ学生ですもの、品に欠ける乱痴気騒ぎを繰り返していらしたんじゃありません?」
想像通りの展開に、呆れを通り越して笑いが込み上げてくる。やっぱり、このタイミングで、この誘導尋問。責任の在り処を外へ弱い方へと向けて、決して自らを省みないパターンだ。
「そこに、『王子様』だなんて持ち上げられていらっしゃる方が2名ほどいるとか伺いました。何か勘違いをなさって、アルコールの勢いで、嫌がるウチの娘に色々と強要なさったに決まっています。」
あの二人がこのセリフを聞いたらそこまで落ちぶれてないと悔しくて泣くだろうなぁと嘆息すると、佳哉には目の前の大人たちの姿が憐れに見えてきた。あの顔面加工娘に、あの「王子様」の二人が言い寄る、だなんて。渦中の王子様の二人は、彼女に興味のカケラも抱いちゃいないだろう。あの娘にしてこの大人たちは、強いて例えれば経歴加工とか権威加工とか、そんな感じだろうか。
「名前はしっかりとお嬢様のご友人方から伺っております。我々としては、真実を明らかにして頂き、正式な謝罪と誠意ある今後の対応をして頂ければ、ことを荒立てるつもりはありません。」
感情的になった母親を遮るようにして、弁護士が主張を引き継ぐ。効率的に弁護士に喋らせるもんだな、とそこだけ感心すると同時に、ふとイヤな想像が頭をよぎった。もしかして、違法薬物とか関係あるんだろうか。誠意ってお金目的だろうか。いやまさか、お腹に赤ちゃんでもいるのだろうか。そうだとすると、ゴシップ好きが飛びつく展開になってしまい、話がもっとこじれる可能性がある。もっとも、そもそも論として今現在、事を荒立ているのは自分たちチューターではないのだが。
弁護士の口から出た2名のうち、湊先輩については、テレビ局の出勤証明で身の潔白の証明があっけなく済んだ。在京キー局にまで飛び火はさせたくないからか。相変わらず、弱いところをうまく探すもんだな。
さて、次は暁史について。これからが佳哉たちの本番だ。まさか、佳哉とて初のこんな戦場に、丸腰で突っ込んでいくバカではない。インカムマイクで駐車場にて車中待機をしている小百合としっかり繋がっており、あちらでは小百合のお抱えの弁護士がもしもの場合のアドバイザーとして会話を全て録音、反論の手助けをしてくれる手はずを整えてある。悪用を避けるため、資料は渡さずP C端末上で説明するようにアドバイスをくれたのは彼だ。ふうっと深呼吸をすると佳哉は口を開いた。
「さて、ご指摘頂戴しました業務後の食事会ともう1名については私から説明します。」
まずは、食事会に関する説明を始める。ここで、如何に努力をしているのかで信頼度を稼ぎたい。どちらかといえば、これは目の前のうるさいお客様と言うより、今後も楽しく活動が出来るようにこの場にいる社内側を説得するためのものだ。まずは、これまでの全回数の参加者の出席名簿と出入金記録。お店との決済はその日の会計係のクレジットカードかQ Rコード決済で行なっており、各参加者からの集金も振込かQRコードによる個人送金などの必ず記録される形でのみとしている。お金と人間の入りと出をキッチリ管理している事は信用の第一歩だ。続いては、アルコール関係の説明。赤バンドを使った飲酒可否の管理、赤バンドの悪用を防ぐための参加後の徹底回収とその記録、もちろん、お店からは敢えて注文品目の入ったレシートの形で必ず記録をもらい、全て原本及びPDFの形で保管。レシートには必ず参加した総人数が記録されているし、オーダーの数が全て記録されている。飲酒がゼロの日があることもこれで証明できる。
また、食事会をするお店へ許可を得た上で、放課後中のみ秘密裏にお店の個室出入口に設置したカメラでチューターの出入りを監視・記録していること(だからいつも同じお店を使うのだ)を説明。その上で、ここ最近、彼女の参加の記録も実態もないことを示す。無論、これらは学生が考えた範囲内の対策だ。佳哉だって、この対策だけで万全だとは言い切れないことくらい理解している、けれど、手をこまねいて無策でいるわけではなく、思いつく限りの対策をしている事については胸を張っていいと思うのだ。
続けて、当日の暁史の足取りについて、写真をGPSデータと時刻で紐づけて地図上に表示する。自分たちが暁史の業務後から日曜の夜までずっとどこにいたのか。楽しそうな自分たち4人の写真の数々が画面いっぱい広がり、緊迫した応接室の雰囲気のと対比がなんとも皮肉に見える。そういえば、自分たち4人が一緒だったと告げた時の夏観さんの顔がやたらと残念そうだったのは一体何だったんだろうという、という今この瞬間どうでもいいことが頭をよぎるが、頭の隅へなんとか追いやる。ちなみに、敢えて小百合の家の門を潜る写真を出したのは、相手の議員に近い弁護士とやらへの小百合からのお土産だそうだ。小百合曰く、どうせのあのジイサマなら最近の小百合の交友関係や、ややこしいこの噂話くらい既に聞いているだろうけれど、この段階で何も言ってこないというのは好きに解決してみせろってことだろうから、この際使えるもんは使っとけ、とのことである。
明らかに、写真を見て弁護士の顔が気色ばんだのが見て取れた。正直言って、佳哉はこういう形で誰かの気配を使って何かしらの影響力を行使することが好きではない。情報提供をしてくれた小百合に至っては、恐らく最も嫌悪している行為だ。今回は売られた喧嘩を瞬殺で撃退するために仕方なく行なったが、大義名分がなかったらこんな下品な印象づけはしなかった。そこが、今回、悔いが残る部分だ。
「そうそう、こちらの資料は差し上げます。今回、言われなき疑いを晴らすための調査中に、私どもの方でわかったことではあるのですが、ひとまず御覧いただけませんか?」
そっと佳哉が差し出したのは、何の変哲もないただの茶封筒。あえて手袋をした上で中身を取り出し、裏返しにして差し出す。
ごく普通のサイズの写真数枚に写っていたのは、きらびやかに飾り立てられた席で不釣り合いなほど睦み合う男女。その写真を見た瞬間、相手型の血の気が失せたのを確認すると、佳哉はその場に似つかわしくないほど爽やかな声で問いかけた。
「他に何かご質問は?」
さらに感情的になって言葉を返そうとする両親を、彼らの付き添いの弁護士が制止した。それが、全ての答えだった。




