私、成功しかしないので(4)
「そっかぁ、そんな事態になってるんだ。。。」
自体のあらましを説明しながら小百合が目を向けると、想像に反して暁史がのんびりと言葉を返した。
「ちょっと!もう、しっかりしてよね。これ、ただの濡れ衣よ?いわゆるでっちあげよ?SNSで撒かれてたら人生終了の合図よ?今日は絶対に勝つからね。って、何で笑ってるの?!」
暁史の大学の研究棟まで非常識なのを覚悟で車でそのまま乗り付け、戸惑う彼を半ば拉致して引きずるようにして車に押し込んだのがつい先程のこと。現在は戦いの場へ向かうまさに真っ最中、と小百合は認識していた。小百合が既に臨戦態勢に入って準備万端といった様子に対し、暁史には余りにも落ち着きすぎているように見える。もしや怖じ気ついているのかと思えば、そうでもないらしい。
「いや、うん、そうだよね。そうなんだけどさ。その、、、小百合たちがそうやって動いてくれているのが単純に嬉しくて。それに、ちょっと小百合の家のシステムが、、、気になっちゃって。。。」
「一緒に戦うなんて当たり前でしょ?あと、写真の件はごめんなさい。私、説明してなかった。アキフミにとっては事前承諾もなく写真撮られてて、気持ち悪いよね。」
「そう言ってくれてありがとう。いや、写真の件は、そうじゃないんだ。その、顔認証とかさ、ちょうど俺の今の研究のテーマに近いから、単純にどんなプログラムを組んでるのなーって。。。」
「はぁ?」
どうやら、まさかのまさか、疑惑の渦中に放たれたことよりも、小百合の家の警備システムが気になって仕方ないと言い出した。この人、いったいどういう精神構造をしているんだろう。
「それに、俺は今、この車が迎えに来たことを、この後、ラボのメンバーに説明する方が怖い。」
「え?なんで?」
いやだって、と暁史は肩を落とした。
小百合たちに感謝してる。濡れ衣なら晴らしたい。もちろんだ。降って湧いたこの件について、普段の自分の曖昧な事なかれ主義の態度を鑑みれば、火のないところの煙があったと言えないこともない。けれど、自分を中心に始まってしまった問題を、同期のメンバーが自分のことのように捉えて惜しみなく協力して戦ってくれるなんて、感動さえした。これがもし出社後に突然尋問されるような状況だったら、やましいことなど1つもないはずなのに動揺して、自分のせいだと思ってしまったかもれない。今ここで、他の誰かの視線を一切気にせずに前もって状況を把握できること、皆が自分のために色々と準備をしてくれていること、どんなことよりも有難い限りだ。考えるまでもない。
しかし、である。暁史の大学は、非常に普通の国立大学。学内であらぬ限りの存在感を主張しながら停車していた、この全身が特殊なマットブラック色に染め上げられ、加えてウィンドウを黒光りさせた最高級クラスの特注メル○デスに、どれほどの視線が注がれていただろう。この車に張り付くように立っていた、ダークスーツにサングラスの体格のいい警護のような男性に気圧され、学生s誰一人としてスマホのカメラを向ける勇気がなかったことがせめてもの救いだろう。目線だけで周囲を射殺せそうな人間にドアを恭しく開けられて、ポンっと降りてきた小百合の姿に、全身全霊で他人の振りをして回れ右をしかかった暁史の気持ちは、小百合には一生分かるまい。彼女に、あろうことか親しげに笑顔で、恐ろしくもファーストネームで呼び止められ、手を引かれて問答無用で車に押し込められた瞬間、暁史の明日からの平穏無事な大学生活が一気に消滅したのだ。ざわめきとどよめきを背景に、好奇の視線は痛すぎた。あの状況の説明という一戦には援軍はない。暁史一人で戦うしかない。つまり、負ける気しかしない。
「えぇえ?ウチの書生だって言っておけば?」
書生っていつの時代ですかお嬢様!と時代錯誤な小百合の提案に暁史は突っ込みたくなったが、それを今、実行に移すのはためらわれた。とにかく、今に集中しよう。明日以降のことは、もはや成るように成る。と言うか、どうせ噂は尾ひれ背びれ胸ビレにいっそ羽まで生えて今頃拡散中だ。もう成るようにしかならない。暁史のスマホには既に噂を聞きつけたクラスメイトやラボの仲間からの安否を気遣うチャットがひっきりなしに届き始めている。目の前の現実を見て、明日以降の悪夢から目を逸らすのも悪くはない、きっと。
「ひとまず、俺はいつも通りにチューター業務に励めばいいんだよね?」
諦め半分で、今日の流れを確認する。
「そう。業務自体は女帝が降臨するって言ってから、いつもよりやり易い雰囲気だと思うよ。もしかしたら、所々で夏観さんか校舎長に呼ばれるかもだけど、どんな場合でも必ず佳哉が臨席する手筈になってる。あ、待って、佳哉から原稿が来た。」
手元のノートPCに顔を埋めたままの小百合から、「そっちのタブレットでも見れるから原稿を確認して」と手渡された端末のスクリーンに映し出された原稿を見て、暁史は絶句した。
緻密な論理の組み立てとそれをサポートする証拠の数々に言葉が出ない。この時間でどれだけの人間が動いたのだろうか。流石のクオリティだなーと嬉しそうに小百合は呟いている。と、続けて「このセリフは私が言うはずだったのに」と喚き始めた。
こんな状況ではあるけれど、佳哉が書類につけたタイトルにちょっと笑ってしまった。なにせ、原稿ファイルのタイトルが「私、成功しかしないので」だったのだ。暁史には、あの眼鏡の奥で怜悧な瞳のまま余裕しゃくしゃくで笑っている佳哉の姿がなんとなく想像できた。きっと今日の一件は、なんてことなく片付くいてしまうのだろう。だって、この同期たちだ。負ける戦に、そもそも出るわけがない。




