私、成功しかしないので(2)後半
「サリーちゃん、今日も、会いにきてくれて、ありがとう。」
煌びやかな照明に、お腹に響くような音。妖しい暗闇の中で、ゆるっと微笑まれたら、どんな女性でも舞い上がってしまうに違いない。
「今夜こそ、僕はサリーちゃんと一緒に過ごせるのかな?」
囁くように落とされた声に、赤波紗里衣は顔が笑みを浮かべるのを止められない。ついに、ついにここまで来たのだ。手元のスマホを握りしめる。頑張った甲斐があったと、自分のこれまでを振り返らずにはいられない。
「サリーちゃんって、ちゃんとしたところのお嬢様なんだよね?」
初めてイベントに参加した日、周りと自分とを差をつけたくて、ちょっと脳裏をよぎった憎き誰かの真似をしたら、びっくりするほど褒められて、覚えて貰えた。それから、出来るだけいつも違う最新のバッグを持って、誰もが憧れる靴を履いて、羨望の眼差しが向けられるワンピースを着て、参加するようにしてみた。そして少しだけ早いタイミングで、どうせイベントの最後までいられないのだから無理をせずに、いつも名残惜しそうに帰ってみた。すると、お見送りのオプション代を払っていないのに、「もう帰るの?」と声をかけてもらえるようになった。
「僕なんかが、今夜サリーちゃんと一緒にいたら、お嬢様のサリーちゃんのためにならないかな。ご家族、心配するでしょう?」
甘い声が耳元で繰り返される。今日、ついに一緒に最後の時間まで一緒にいられる。
「ううん、大丈夫。今日は、お許しをお父様から頂いたの。」
準備していた通りのセリフで気取って答える。実際、家族は自分のこのイベント通いについて、特に何も気づいてはいない。そうだろう、親が望む大学に入って以降、「こうしなさい」だなんて一切言われなくなった。これまで異常なほど細かくあれこれと指示があったのに。大学でサークル行事に参加するようになって徐々に徐々に帰宅が遅くなり、うっかり初めて深夜に帰った時も、怒られるのかなと思ったのに、「紗里衣ちゃんは可愛いから、変な男性には気をつけるのよ。」と、お母さんが言ったくらいだった。
それなら、ますます安心。だって目の前の彼は変な男性じゃない。彼はちゃんと頑張っている演者さんで、私の「推し」なんだもの。そんな彼にこんなふうに身近で会うには、事前にアプリ内で細かいイベントをコツコツ積み重ねでクリアする必要がある。その度にアプリの中で、課金されていく。その中で幾つかのイベントをこなしたら会える、ファンがたくさんいる人。どこかの誰とも知らない、変な人じゃない。王子様なんて呼ばれて憧れの的のようになっているバイト先の先輩たちなんかよりも、手が届かないと言う意味では彼の方がずっと本当の王子様みたいな人だ。それに、あの二人は、紗里衣がチューターのバイトを一緒に始めた途端、紗里衣を冷たくあしらうようになった。こんなに可愛くて、こんなに誰もがチヤホヤしてくれる紗里衣なのに。そんなの、「王子様」じゃない。「王子様」はやっぱり、キラキラしてて、いつも笑顔で、こうやって甘く囁かなくちゃ。
ふと、この後のことを考えてお財布事情が頭をよぎった。間に合わなければ、また、ちょっと活動すればいいか。彼に会うにはお金がかかるから無理だと高校生の頃からずっと諦めていたのだけれど。実は秘密の抜け道があって、ちょっと綺麗なドレスを着てご飯を食べる活動をすると課金の代わりになるのを知ったのだ。正直この方法を紹介された当初はどうかなと不安にもなったけれど、実際に経験してみると結構な数の人が、この方法で彼のイベントに参加しているのに気づいてしまった。それに、ご飯を食べる時に衣装の一部として貸し出されるバッグや靴は、活動した1週間後に返却すればそのままプライベートで使ってもいいと言われたのが大きかった。おかげで紗里衣はいつも、最新のブランド物で大学に通えて、大学でお喋りする仲間内でも、SNSでも、サークルでも、皆に「羨ましい」とか「高嶺の花」って言って貰えるようになった。もちろん、推しの彼が自分を「お嬢様」扱いしてくれるのにも一役買ってくれていると思う。あの日、サークル活動中に、高校生の時から何気なく使い続けていた推しのミュージカルのキーホルダーを見てこっそりこの方法を教えてくれた先輩には、感謝している。
「サリーちゃん、じゃぁ、手、繋ごう?」
鼻と鼻がくっついてしまいそうな距離で、彼の吐息を感じると、心臓がバクバクしてくる。
それから、ちょっと甘い飲み物をたくさん飲んで、可愛らしい小さなフィンガーフードを食べて、彼がグッと腰を抱いてくれて、だって今日選んだのはそう言うコースだから。
「サリーちゃん、キスしていい?」
今日選んだオプションにはないのにってつい不安になったら、可愛い子には特別にだよ、だからサリーちゃんごと頂戴なんて言うから、嬉しくて「はい」って答えた。
その頃から、頭がちょっとフワフワと言うかとろーんとして、腰がうずくような不思議な感覚になって、ちょっと怖くなったので訊いてみた。
「王子様?」
そしたら、大丈夫だよって、彼の手が私の肌に触れて、お腹がなんかキュって。。。暗がりの中で、彼の目が怪しいほど綺麗で、物欲しそうに紗里衣を見てくれて。。
感じるはずのない明るさを感じて目を開けると、ツーンとする消毒薬の匂いと、慌ただしく誰かが自分の周りをバタバタ動き回る音に、ハッとした。
「ここ、、、病院、、、?」
さっきまでシュン君といたはずで。着ていたドレスはどこだろう。バッグは?活動で借りているものを破損させたり失くしたりしてしまうと、それは流石にお金を払わなくちゃいけないから、困る。
「目が覚めましたか?」
知らない冴えないおばさんが話しかけてくるけれど、それどころじゃない。警察だとか、何があったのとか、話しかけてくるけど、どうでもいい。
「もう大丈夫よ。バイトに行っていたってご家族からは伺ったのだけど、さっき、呟いていた王子様って、、、?」
王子様、、、?あぁ、シュン君といる写真をあのエセ王子様たちに見せたら、やっと紗里衣の魅力に気づいてくれるって、嫉妬するって言ってた。けど、シュン君は僕だけだよって紗里衣にお願いしてくれたから、本物。王子様はシュン君だけ。あれ、写真は、どこ?見せちゃダメだよってシュン君が言ってたのに。そっか、スマホはロックしてるもの。あとは紗里衣が黙っていればいいんだよね。それに、そういえば王子様は、一人じゃない。
「王子様。。。」
少しだけ意味深に言葉を落としてみると、何人かがハッとしてこちらに注目した。なんか、気持ちいい。こんなふうに、重要そうに見て貰えるんだ。ああ、そっか。紗里衣のこと、冷たくするからだ。このまま、あの気に入らない3女のオバサンと一緒に、あのエセ王子様とやらは警察のお世話になってしまえばいいんだ。この後はもう、何も言わない。
なんか、腰あたりが重いくて、まだちょっと、フワフワするから、このまま体調不良になればいいか。政治家だって、よく、体調不良になって雲隠れするってニュースで言うし。そっと具合悪そうにベットにもたれ掛かる。と、その場にいた女性が心配そうに甲斐甲斐しくベットに横たわるのを助けてくれた。
なんでこの場には女性しかいないんだろう。どうせなら、若くてカッコいい男性にお世話されたいな。シュン君みたいな人がいい。そう言えばシュン君はどこに行っちゃったんだろう。
考える間もなく、紗里衣はそのまま疲れからすぐに眠りに落ちた。「王子様と呼ばれている人物の洗い出しを」と囁かれるのを、気持ちよく子守唄のように感じながら。




