私、成功しかしないので(2)
「応えるか否かは、内容に依る。」
ゾッとするほどの冷たい声が自分の喉から発せられたものだと自覚した途端、小百合はそう振る舞うべきだからそう振る舞えてしまう自身への苛立ちで手当たり次第八つ当たりをしたくなった。心のやわらかなところは、一体何事なのかと疑問符だらけで、すぐにも全部を聞き出したいと叫んでいるのに。
「説明を。」
既に自分の友人たちが呼び出されるという形で巻き込まれているのに、こんなふうに淡々と相手を促す自分を、見られたく無い。誰に、という疑問が頭を擡げる前に、小百合は本題へ自分の思考をを押し込む。
「かしこまりました。」
やや落ち着きを取り戻した夏観がかいつまんで説明を始める。想像を越えて、といより遥かに想定外のかなり緊迫した事態だった。普通に学生生活を送っているはずが、どこをどう引っ掻き回すとこんな事態になるのだろうか。
月曜シフトでチューター業務に配置されていた件の1年女子の赤波紗里衣が、一昨日というよりは昨日の明け方、酩酊状態で道端に文字通り転がっていたところをパトロール中の警察に保護されたというのがことの発端だった。
過度のアルコール摂取のせいで嘔吐と脱水症状がひどく、急性アルコール中毒の可能性が非常に高かったので、その場から即救急車で運ばれた。加えてなかなか意識が戻らず、本人と医療従事者や警察が会話できるようになったのは昨夜になってかららしい。ここまでなら、あとで大目玉を関係各所から食らうことになる、ハメを外しすぎた大学生サークル活動というところで着地点がまだありそうなものだったが。
未成年での法外で大量の飲酒に加え、対応した医師の見立てはそれ以外の被害の可能性を否定できないという事件性が指摘されたというのだ。詳しい内容は諸検査の結果待ちの状態で、大事をとって本人は入院しているとのこと。問題は、何があったのか本人が誰にも一言も話そうとしないらしい。ショックのせいで言葉を失ったのでは無い。意図的に本人が口を閉ざし、それ故、ありとあらゆる可能性を外部から洗い出す必要性が出てしまった。
スマートフォンのセキュリティロックはペンタゴンが全力を総動員しても困難な事態が発生するほど強固なくらいだ。事件性が疑われるくらいの現状では強制的に解除とはなりにくい。唯一確認できた情報が、彼女が土曜日の出かけ間際にご家族に伝えた「いつものバイトに行って、そのあと先輩たちとご飯をするの」というものと、ご家族が深夜を越えても帰宅しない彼女の安否を心配して知りうる限りの友人たちに聞いて回って得られた「今日でついに、王子様たちからお姫様扱いしてもらえるかも」というメルヘンなチャットの内容だけだったそう。問題は、彼女が湊先輩と暁史のことを日頃から「王子様たち」と友人に話していたため、この友人たちは特に何も考えず、二人の名前を王子様候補としてご両親に告げたという。
そして更に想像を斜め上にいく事態が、この1件を嗅ぎつけた週刊誌がいるらしい、ということ。
「ここまでの状況を作り出せるのは、新種の才能か何かでは?」
唖然と呟いた小百合に、夏観はいつもの職員のモードに切り替わってまくしたてた。ここから先は、現場の職員としてということか。
「そう、もうこれ以上にないワーストシナリオに、序章も始まらないうちに終章まですっ飛ばして一気に最終回を打ち込まれた状況なんだよ。それでね、今日、俺の出社とともにまずご両親からお電話があって。そもそも先週の土曜日に彼女はバイトに来ていないのに、ここのバイトのせいだと決めつけて喚いて聞く耳を持たないんだ。今日の月曜シフトメンバーの出社時間にご両親が来校するからその時にどういうことか説明をしろと。加えてお父様の知り合いがいるとかで、その弁護士さんが付き添う、と。多分、このご両親と週刊誌が何か繋がってる気がするんだ。」
「普通、娘のそんな状況の情報、売るものでしょうか?!」
「慰謝料とか世間の同情狙いが金に化けるなら、今はなんだってアリの時代。SNSで拡散するって発想が彼らご両親世代になかっただけ、救われたと思ってる。」
ざらっとした嫌な感覚とともに思い出すのは、印刷機エリアでの不愉快な会話。出会い頭にぶつけられた心ない言葉の数々。いつかこういう事態になると、誰か想像しただろうか。いつかどこかで何かしでかすのではとは、誰もがうっすら思ってはいただろう。実際、何かが起きたという状況の訪れの速さに驚きはしたが、何かがおきた事そのものにはさほど驚きはしない。斜め上での事態ではあるが。
すっかり意気消沈した声の夏観に、小百合は確認から始めることにした。
「この話を、現時点で知っているのは?」
小百合も口調を戻す。
「こちら側は、僕と佳哉くん、ケイト、りっちゃんだ。アッキーも加えて、キミ等全員に確認したうえで、そろそろ出社するはずの校舎長に報告となる。」
校舎長が遅番だったのは不幸中の幸いか。
「彼女が最近は月曜シフトしか出勤していないというのは、簡単に証明できますよね?で、湊先輩は、土曜は日曜まで基本的に徹夜でテレビ局のバイトのはずです。テレビ局のバイトの方の出欠勤の記録が出すことが可能なら、まず湊先輩が彼女と会うことはありえないっていうのは問題なく確認できるはずですよね。」
「うん、まず彼女がこちらに当該日に出勤していない件については、出退勤の管理記録と必要であれば監視カメラで確認はできる。湊っちには細かいことは一切知らせてはいなくて、さり気なく勤務先のテレビ局から就業証明書みたいなものを出してもらえるかどうか聞いてみたら、問題ないそうだ。」
幸か不幸か。何を主語に持ってくるかで、結論が変わる。
「あぁ。それで、アキフミか。」
こういう時、ただの大学生というのは疑いが出た途端に意外と守られない。昨今、医学生による犯罪にまで発展した乱痴気騒ぎがニュースになって以降、世間は「どうせそうだろう」と決めつけにかかってしまう傾向にある。最悪、どこかで情報が漏れたが最後、本来は罪がないにも関わらずネット上で私刑だ。そして、ネット上にばら撒かれた根拠のない情報は、一生その人間について回る。それが事実であってもなくても。
「細かいことは佳哉からも報告があると思いますけど。確かに、私たちは先週土曜日、放課後、、いわゆるご飯会をしていますが、参加者データは全て記録済みです。ただ、放課後が疑われた時点で、本来は会社としてどうのこうの言われることはないはずなんですけどね。業務外のことになりますし。その日、たとえ放課後のあとであっても、彼女がプライベートでアキフミに会ったということは、絶対に起こり得ません。」
「言い切るね?」
信じて貰えないと結構傷つくもんだなと思いながら、小百合は言葉を重ねた。
「はい。なぜなら、土曜日の仕事始まりから、その日の深夜どころか日曜日の夜18時くらいまで、暁史とずーっと一緒にいたのは他の誰でもない私です。」
「え?」
「アキフミは、我が家に滞在していました。」
「え。えっっっ。え?ど、、どうしたの?」
「そんな好奇心丸出しの声を出さないで下さいよ。今はそこじゃ無いでしょう。諸々の証拠等はどうにかしてこれから集めます。なので、予備校にもチューターの誰にも全く関係のない出来事なのに微々たる情報から思い込みであらぬ疑いをかけられて迷惑をしていると、私たちはむしろ被害者だと校舎長に報告して欲しいです。ご両親にも毅然とした態度で接して下さい。」
「わかった。信じるよ。。。」
大事な報告より先に確認を取ってくれたのか。そうでないと困るのだが。
「保護者プラス面倒な何かが来校されたら、応接室にお通しされるんですよね?相手は録音機を用意してますね、きっと。チューター代表としては、佳哉が臨席が一番いい気がします。それと、今日は駐車場をお借りしますよ。」
何のためにかは敢えて言葉にはしない。
「どこを空けておいて欲しい?」
「はい、ちょっと大きめの駐車スペースで。」
さて、売られた喧嘩だ。どう調理しようか。
彼女はきっと誰に喧嘩を売ったのか、考えてもいないのだろう。ただのフラれた腹いにちょっとくらいいいかなくらいのつもりで、実際に何を今しでかしたのか自覚もないんだろう。悲劇のヒロイン気取りで自分に酔っているだけで。
ふと、話題のドラマのセリフが小百合の中で自然と浮かぶ。そうよ、今日なら言えちゃうわよ。けれど、クチにするのはもうちょっと先に取っておきたいかな。そんなことを考えながら、佳哉と恵叶とのグループチャットに端的にメッセージを送った。
「何が要る?」
前置きも何も無いのに、これだけの問いにすぐに正解が戻ってくる。こういうとこは、さすがの付き合いの長さだけある。
「全行程のGPS付き画像、ついでに監視カメラのデータ。」
「了解、MAX20分。」
「あと、打ち上げとか放課後の出席リスト、バンドの回収リスト、集金リスト。」
新たに恵叶からもメッセージが入る。
「そのリスト系のデータなら、さっき送ったんだけど?どこに目がついてるのかしら?」
「あ、ホントだ、サンキュ。」
「今日の穴は私が埋めることになったわ。早めに出勤するから、安心して。」
そうか。悲劇のヒロインちゃん欠席分の代理はケイトか。チューター業務のついでに、久々に恵叶『女帝』が降臨してくれるようだ。
きっと、あの悲惨な月曜日シフトたちに嬉々として指導してくれるだろう。それはもう、今日、同時間に行われるであろうことの片鱗さを悟らせないくらいには。
小百合は再びチャットを送る。
「私は今頃何も知らずに研究に没頭しているどこかの誰かさんを回収してから向かうね。」
「黒馬に乗った女騎士が、王子様にお迎えにいくの?」
こんな時にでも茶々入れを忘れない佳哉はすごいと思う。
「いや、今日は装甲車かなぁー。装備がいるし。」
ノリよく小百合が返したチャットと同時に、ケイトが言葉を重ねていた。
「女騎士?この小百合がそんなお綺麗なものを選ぶとは、まだナマヌルイわよ。いつも通りの戦闘枠で戦車でしょ?」
え、何気にケイトもひどい。
チラッと視界の隅に映ってしまった大量の大学の課題は、今は見て見ないふりを決め込んだ。たまには、いいよね、学生だし。とりあえず、今は20分で用意しなくちゃいけない優先すべき物があるんだもの。こう言う言い訳が出来るのが、学生が学生たる所以ですものね。大丈夫、今夜でどうにか、、、できるはず。
まぁいいや、と開き直って、小百合は目的のところに向かった。小百合の足取りが自然と軽くなったのは、決して、課題を手を抜くと決めたからでは無い、断じて。




