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夏よこい(3)

 散々断ったにも関わらず、いつに増してご機嫌な律に引きずられて、結局この放課後の場所にいる自分に呆れつつ、歩夢は目の前のお惣菜を突いてみてはやっぱりまたため息をつくことを繰り返していた。 自分の体は、今日で一生分のため息をつくつもりなんだろうか。手首に巻かれた「飲酒禁止組」を明示する赤いリストバンドが、いつもと変わらずに声高に法令遵守を叫んでいるのが腹立たしい。

 土曜昼シフトだけでの放課後だと本来は3人だけれど、毎回誰かしら雑用バイトに入っているのがいるし、なんだかんだで佳哉さんや恵叶さんが先に飲んでいて、そのままそこに参加するいつもの流れ。もれなく金曜シフトで佳哉さんと一緒の2年生コンビもついてくるのは、もはや誰も否定しない。アキ先輩は、『佳哉と恵叶と愉快な仲間たち』と彼らをまとめて呼んでいるけれど、最終的には夜シフトやらどこか別件で遊んでいた人たちやらも合流して、土曜日の放課後は異様に人数が多くなってお祭り状態。これもいつもと言えばいつも。時に煩わしく感じることもあるこの騒ぎが、歩夢には今日ばかりはありがたい。

 しかしこちらはいつもとは違って、普段このメンツの前で飲酒することなく夜シフトの人たちが合流する前くらいで帰ってしまうりっちゃんが、今日に限って珍しく遅くまで残ってアルコールを口にしていた。昔、恵叶さんが「小百合と一緒に真剣に飲んだら、その後三日三晩寝込むからイヤ」と言っていたくらいだから、彼女は飲めないわけでは無いんだろう。

「小百合?時間、大丈夫?」

「うん。あ、佳哉、今日は無いから。」

こくん、とドリンクを飲み込んでからりっちゃんが返事をする。アルコールのせいか、いつもより纏っている雰囲気が緩い。と、佳哉さんの声のトーンが少し上がった。

「え?無いの?」

「無いよ。」

「そっか。。。」

「そう。無いのよ?」

意味ありげに微笑むりっちゃんに、歩夢はちょっと驚く。

 彼女は滅多に自分の話をしないし、誰かの秘密に関わりそうな話もしない。たとえ自身の話だとしても、その場の誰かがわからないような話を敢えて人前でする人でも無い。彼女自身に関する情報はチューター仲間内で奇妙に平等になるほど、徹底している。けれど、今は何やら二人にしかわからないお互いの何かについて会話をしている。ずるい、となんとなく歩夢は思った。二人が何を話しているのか気になるし、そもそも職場以外で話す機会が余りないのでここは改めてりっちゃんと話をしてみようかと歩夢が身を乗り出したところ、突然、大きな嬌声が上がって何もかもが中断してしまった。

 「え、アキ様、今日はお飲みになられるんですか?」

追っかけ隊として、どこかから情報を仕入れて乱入してきた同期の女子たちである。どうせ、土曜夜シフト組のあかりからあたりだろう。正直、ここまでくるともはや恥ずかしいと歩夢は思う。

「いや、たまにはね。幸い、成人はしているし、今日は電車。皆も来てくれているからね。」

それでもアキ先輩はアキ様のまま、嫌そうな素振りを1つもせずに丁寧に答えている。

「恵叶、今日こそアキフミに会計係を押し付けるいいチャンスじゃん。」

喧騒の塊を華麗にスルーして、笑いながらりっちゃんが恵叶さんに提案した。

「イヤよ。最終的にどんな結果になるか、簡単に分かりそうなもんでしょ。」

「そっかなぁ?」

「じゃぁ、小百合、やってみる?」

「ヤダ。あ、あああああ。ケイト、ごめん、やばい、忘れてた。今日の放課後分の予算、まだ送ってないや。。。」

「はいはい、どーせそんなことでしょうね。いいよ、あとで。それに、今夜は珍しく踊らないんでしょ?」

焦った表情が一変して、今度は必死で笑いを堪えて、りっちゃんが答えた。

「うふふ、踊らない。」

「りっちゃんって、踊るんですか?」

今か今かと話しかけるタイミングを伺っていた律が、やっとチャンスとばかりに会話に入った。

「え?ナイショ。」

「どうしてナイショなんですか?!」

りっちゃんは何も言わずにふわっと笑うと、「そう言えばさっき、、」と数刻前に律がしていた話題へ話を変えてしまう。途端、律は夢中でその話題について話を始めた。りっちゃんのこういう話の交わし方は、実に上手いと思う。と同時に、何かが歩夢の中で引っかかった。

「なーに?気になるの?」

もはや数えるのもバカバカしい回数になったため息を歩夢が無意識に吐き出したところで、グラスを片手に佳哉さんが自分の隣に腰を下ろした。

 今、一番話すと危険な存在が、やっぱり話しかけてきた。彼にはこの眼鏡の奥で何を見ているのか底知れない怖さがある。タイミングを逃さずに声をかけてくる感度の良さもある。多分、今この人と話をしたら、自分が持て余しているこの渦巻のような心境はあっさりと暴かれてしまう気がする。けれど怖がっているくせにどこかでそれを望んでいる自分もいたりして、我ながら面倒臭い。

「歩夢は歩夢で、すでにいいもの持ってるんだから、間違ってもアキ様みたいにならないでね。ま、なれないか。」

「は、ぃ、、、?」

想定外の角度からの言葉に、思わず聞き返してしまう。

「キミはどっちかと言えば、俺に近いと思うよ?そのキャラクターを上手く作ってみせたんだから。」

何のことでしょうか、と聞き返した歩夢自身の声が心なしか霞んだ。

「気になるなら、怖がらずに目を逸らさずに見てみるんだ。案外、答えは簡単に自分の中に見つかる。」

まぁ俺もそうだったし、と、それだけ言って再び腰をあげると、佳哉さんはもともと座っていたりっちゃんの目の前に座りなおした。

「小百合、今日はどのくらいまでいんの?」

「うーん。終電ギリまではいようかなー。たまにはね。」

えへっと笑うと、りっちゃんが今度は勢いよくグラスを傾ける。

「じゃぁ、お開きはいつも通り23時だからね。」

「はぁい。」

続いて、再びこっくんと喉を鳴らしながら返事をする。それにしても、よく飲むなぁ。

 唐突に、歩夢に衝撃が降ってきた。抱えていた、このよくわからない何かが、何なのか、ガツンとぶつけられた気がした。

 アキ先輩もりっちゃんも、二人とも、チューターとしては鏡のようなお手本だし、実際に人気もある。1対1で話してみると、話す相手をよく知ろうとしてくれるのを感じるし、思いやってくれているのもちゃんと伝わって安心感をもたらしてくれる。そうやって信頼関係を築いていく。だから、同じチューターのくくりで似ていると勝手に思っていた。けれど実際は、磁石の対極のように二人は全く違う。

 アキ先輩には多分、「こういうふうに振る舞うといい」という、過去に培った経験から作り出した自分自身の鉄板の型がある。それがあのアキ様と呼ばせてしまう王子様像で、彼はいつでもどこでも王子様だし、その王子様が崩れることがない。どんな状況でも、彼自身の行動がその型からはみ出ることが無いのだ。それが、そっくりそのままチューター業務にマッチした。でき上がったあの王子様像は、「自分の夢や憧れを壊さない安心感」を話し相手に与えて、積み重ねの結果、決して消えることがない王子様像を皆に熟知させることに成功した。だから今、皆は安心して王子様に自分の望みをぶつけたり、悩みを相談したりできる。

 けれど、りっちゃんは違う。「小百合」として同期と戯れている顔も、「りっちゃん」として後輩や生徒と接している顔も、確かに一見したらアキ先輩の王子様像のように一緒だ。だけど、「小百合」としての纏っている空気は「小百合」本人以外の誰でも無いのに対して、「りっちゃん」は、瞬時に相手が望む姿に変身してしまう。つまり、後輩や生徒が「こうあって欲しい」と思う願望を簡単に投影できる相手になれるのだ。だから、一人一人に対して少しだけ違う雰囲気を見せる。そもそも、「俳優さんみたいな感じで切り替える」とアドバイスをくれたのは、彼女だ。時には、友人に、後輩に、先輩に、妹に、お姉さんに、お母さんに、、、カメレオンのように相手色に自身を染めていく。その色は1対1で向き合った中で彼女が作り上げる、その相手とりっちゃんだけの色。一色として、同じ色はない。その唯一の色がもたらすものが、唯一無二の信頼関係と、周りが驚くような強い絆だ。りっちゃんはいつだって、誰かが望んだ特別な何かになってくれている。

 つまり、「僕はこうですよ」という誰もが憧れる完璧な1つの像へ相手を引き込んで見上げさせるのか、「あなたは何が欲しいですか」と相手の望みに自分の像を合わせて同じ土俵に降りていくのか。アプローチが全く違う二人なのだ。そして、アキ先輩は王子様像からアキ先輩を知ることができるけれど、「小百合」のことをりっちゃんから知ることは出来ない。

 そう、動揺したのは、そこだ。歩夢は無意識に、りっちゃんには「明るくて楽しい先輩、ちょっとお姉さん」であってほしかたった。彼女はそれを察して、いつだって歩夢の望むような姿で先輩として歩夢に接してくれていた。けれどあの日、うっかり見てしまったのは自分がよく知る「りっちゃん」でも「王子様」でもなかった。だから、あれは一体誰なんだと怖くなった。見てはいけない物を、見てしまったように思った。今日、アキ先輩たちとのやりとりの距離感に苛立ったのは、「りっちゃん」が恵叶さんや佳哉さんといる時のような雰囲気で、他の何かになることなくアキ先輩と話をしていたことにある。多分、アキ先輩がりっちゃんに無意識に求めていた「仕事で共に戦ってきた、なんでも理解してくれる同期・同志」の枠を超えて、「小百合」自身がアキ先輩と話をしていたのだ。そして、アキ先輩も普段の王子様像から少しはみ出たところで、そんな「小百合」と話をしていた。二人とも、多分、その変化に気づいていない。

 その変化が妙に羨ましくて、やっぱりきっかけ例のアレじゃないかと邪推してはあのシーンが蘇って、何があったか気になった。そこに嫉妬した。で、俺はどうしたいんだ?わざわざ自身に改めて問わずとも、すとんっと答えが出る。自分もりっちゃんとではなく、小百合という人間と向き合ってみたいと。彼女が見ている世界を、同じ目線で見てみたいと。その世界が、自分の世界と重なったら、どんな新たな道が見えるんだろう。じゃぁ、どうする?さっき、佳哉さんがヒントを充分にくれたじゃないか。「このキャラクター」だと。何のために、ちょっとチャラくて、ちょっとコミカルで、面倒なことはキライだなんて思われているんだ。そっか、だから「アキ様」みたいに、自分で作った自分のイメージから出てこないまま終わらせるなよって言われたんだ。

だから、これで合っていると、自信を持って声を掛けた。

「小百合さん。」

「んー?」

少し酔っている小百合さんは、明らかに自分の知る「りっちゃん」ではない。

「これからは、小百合さんって呼んでいいですか?」

当然、会話を聞きとめた同期がチャラいだとか、言いたい放題に茶化す。律に至っては、怒ってさえいる。目が完全に据わっている。そうだろう。たった今、立派な抜け駆け宣言をしたんだから。恋だろうが憧れだろうが、そんな仕分けは、この際、どうでもいい。

「何それ。なんでもいいよー。サン付だって、なくて全然いいよー。」

ウフッと笑った彼女を見たら、腹が決まった。

「いえ、今はまだ、小百合さん、で。」

はーぃと笑う小百合の纏う雰囲気がそのままで、歩夢に照準を合わせた「りっちゃん」にならないことが嬉しい。今後俺は、彼女を絶対に「りっちゃん」とは呼ばない。

「あ、もう辿り着いちゃったの?おめでとう。」

佳哉さんにパァンっと背中を叩かれる。

「思ったより全然早かったなぁ。」

「いや、悔しいことに1ヶ月弱かかりましたけど。」

「2年経っても気づかないおバカさんもいるから、上出来でしょ。じゃ、キミは3年生までは絶対にチューターを続けて、俺の後を継いで必ずリーダーになりましょう。良いね?」

「はい。」

「言ったね?これでもう、決定事項だからね?」

すんなり答えが出る。見たい景色があるなら、そのチャンスがあるなら、自分で掴みに行くしかないじゃないか。

「なりますよ。」

四天王にどこで辿り着けるか、これから頑張るだけです。そう答えると、哉さんが笑ってこっそり教えてくれた。

「あ、あれねぇ?ほんっとに湊先輩は適当だからなぁ。皆が知っているのは、どうせ、湊先輩が綺麗にデコレーションを施した方でしょ。」

「綺麗にデコレーション?」

「そう。本来はね、既に社会人になった先輩方がとにかく扱い難い新人の俺らに苦労した結果の悪口だったの。『権謀の俺、支配の恵叶、狂気の小百合、魔術の暁史』。幾ら何でも酷いだろ。って、笑うな、おい。」

言い得て妙すぎとはことのことなんだろう。歩夢はうっかり吹き出してから、笑いを堪えるのに必死だった。

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