初めての日(1)
「お疲れ様でしたぁ!本年も皆さん、どうぞよろしくお願いします!後ほど、自己紹介を改めてして貰いますから。ちゃんと考えておいてくださいね。」
リーダー恒例のご挨拶もそこそこに、豊洲市場のセリにも勝てそうな喧騒が始まった。まだ幕は開けたばかりだと言うのに、既にその場の空気は十分な熱気に包まれていて、何か些細な出来事さえその場の均衡を崩しそうな匂いを含んでいる。誰に聞かせるでもなく「頼むから、初日から問題を起こさないでくれ」と祈るように囁かれた呟きは、そもそも最初からありもしなかったと言わんばかりに早々にかき消されてしまった。
20YY年、現在。少子高齢化が公にやっと叫ばれるようになった時には既に、日本中の各産業で各企業が生き残りをかけた戦いの最中にあった。
教育業界も御多分にもれず、少子高齢化とともに受験生の総人数が減る中、各予備校や進学塾は様々なサービスを打ち出して生徒獲得に邁進している。家でも授業を受けられるようにした衛星中継授業のサービス、専用のタブレット端末を配布して副教材を細やかに配信するサービス、週次の小テストと連携させたアプリで習熟度の管理をするサービス、学校の休日を利用した強化合宿のサービスなど、数えれば枚挙にいとまがない。
事実、今も昔も教育熱心な家庭は一定数存在し、一部では少子化ゆえに子供1人当たりに対する教育費は増えていると言っても過言ではない状況であった。
「生徒一人一人に対する細やかな指導、面倒見の良さ」をアピールポイントの1つにする大手予備校の1つである駿河アカデミー、では、各地域の全校舎、全曜日の高校生クラスすべてにクラス担任、通称チューターを置いている。毎年、各校舎でおおよそ50名近くにもなるチューターは、自身も実際に駿河アカデミーに在籍して受験に臨み、大学生となった者で構成されている。全員が現役の大学生あるいは大学院生のアルバイトで、実際に教科科目を教えるわけではない。自身の受験経験を基に、「人生のちょっとだけ先を歩く先輩」として生徒の相談に乗ったり、大学受験に必要なアドバイスをしたりながら、高校生を受験生に仕上げる手助けを担っている。
今日は、その駿河アカデミーにおける新年度開始のためのチューター業務チュートリアル日だった。恐らく1年間でチューター全員が揃う最初で最後の日でもある。そして今は、チュートリアル後の、任意参加の打ち上げと言う名目の親睦会。緊張感からの開放感と言う落差が、より浮ついた雰囲気に拍車をかけていた。