要らない武勇伝(2)
手に持つマイクが震えたまま、拙いながらも精一杯に、大学生になるにあたってどうやって今この場所にたどり着いたのかについて紡がれるそれぞれの物語。目の前の必死な言葉の端々に感じられる幼ささえも魅力になるのは、まだまだ彼が「新入生」と呼ばれることを許されているからだろうか。
小百合は、緊張と不安でガチガチになりながら話しているゲストスピーカーの話に耳を傾けながら、自分の中で失いつつある感覚を掴もうと四苦八苦していた。
今日求められるのは、毎週のようにこの場所で見せている「頼りになるチューターのお姉さんの」姿だけではない。来校した保護者たちは、各スピーカーに少し先の未来の自分たちの子供の姿を重ねて話を聞いている。それゆえ、悔しいことに彼のような話すだけの精一杯さの方が、保護者方により我が子の姿を投影しやすくさせる。チューター業務を行う上で必要なため自分のように話し慣れてしまうと、感情移入をしてもらいにくくなるのだ。無意識で相手の反応だとか話の間合いだとか考えて対応できるようになることで、子供でもなければ社員でもない非常に中途半端なポジションに自分を落とし込んでしまい、言葉が現実感を膨らませにくくなる。悲しいかな、言葉だけうわ滑りしてしまう可能性がある。
ただ、小百合は確かに受験経験者でもあるが、同時にチューターでもある。だからこそ、自分にしかできないようなスピーチをして、単純な経験者談に終わらない何かを残したいと思うのは、思い上がった意気込みなんだろうか。
「、、、、ありがとうございました。何をどう頑張ってきたのか、どういったことが苦しかったのか、受験を終えたばかりの生の必死な思いが伝わる初々しいスピーチでしたね。それでは続いて、本校舎でチューター業務にもあたっております真里谷の話となります。毎年大人気のチューターです。彼女の担当クラスに在籍をされていらっしゃるお子様からは、『りっちゃん』として既に皆様にもお話が伝わっているかもしれませんね。」
司会を務める社員の余計な前振りに思わず舌打ちをしたくなる衝動を抑えて、小百合は努めて笑顔で登壇した。何のために今日ここにいるのか、そう、高3ハイレベル英語の生徒のためにいる。クラスの皆の顔を思い浮かべれば、自然にやることは決まる。さぁ、皆さん、今ここにいる、この私を見て。
「ご紹介に預かりました『りっちゃん』です。初めましての方も、お久しぶりの方も、こんにちは。」
目の前には、胡散臭そうに自分を見つめる目と、自分を見極めようとする目と、昨年の高2クラスの持ち上がりからの温かな目が交錯していた。
「文字で記載可能な私自身の経歴は、どうぞ後ほど校舎1階に張り出されている参考資料をご覧下さい。そして今日はチューターゆえに初々しさや新鮮味に欠けるというご指摘はご容赦くださいませ。正直に先に申し上げますと、生徒さんのお手本にならないほど荒んでおりました私自身の生徒時代のことも、今は棚に上げさせてください。代わりと言ってはなんですが、チューターだからこそ、生徒としての視点と保護者の皆様の視点を行き来するようなお話をして参りたいと思います。今日のテーマは2つ。1つ目は、『MリオとMンハン』、2つ目は、『日常』についてです。」
マイクを外して声量を上げると、退屈なのか疲れなのか寝そうになっている保護者が目を開けた。寝るくらいなら来るなと思う方が怠慢なのか、寝るような話をするなという方が傲慢なのか、常に気になるところだ。電車でも、国会の中継でも、それこそ今いる教室でも、同じ。なぜ大人ほど、公共の場で寝るのだろうか。
「では、1つめ。非常にカジュアルな例え話をしたいと思います。皆さんは、いわゆるテレビなどのスクリーンに接続をしてプレイするゲームをされたことはありますでしょうか?ご自身でプレイはされていなくても、いわゆるスーパーマリOがどうのとか、クリアされたとか、そういったお話が学校の教室で騒がれていたことは、ご自身の小さな頃の記憶にございませんか?」
受験と離れたお遊びの話に半眼になる保護者に笑いそうになりながら、小百合は教室を見渡して続けた。幾人かは、頷きを返してくれている。悪くはない。
「ドラQエ、エフエフ初期くらいはご経験あったりするかもしれませんね。さて、ここで質問です。そういったゲームで難なくラスボスを倒してクリアしたと豪語できる方々は、その経験されたゲームで得た知識や経験値で、今すぐこの瞬間、モンHンで狩れますか?ポケGーで最強キャラをゲットできますか?」
何が言いたいんだこいつと小馬鹿にするような顔にげんなりすると同時に、小百合はやはりこの話をして良かったと思う。
「無理ですよね。何もかも違いますから。お得意のボタン連打も無意識でできるボタンの組み合わせも、そもそもコントローラーごと違って通用しません。場合によってはコントローラーなど必要なくて、代わりにタブレットスクリーンを3つ4つ駆使しなくてはいけないかもしれません。面倒なことに最近は、アイテムの購入のために現実世界の現金が資金として必要になる場合もあります。加えて、そもそも最終ステージに到達してラスボス倒してお姫様だとか世界だとかを救えば終わりという話でさえもない可能性も大いにあります。何が言いたいかと申しますと、ゲーム機器そのものも、クリアするルールも、ゴールとして設定されていることも、必要なものも、数年の差で何もかもが違ってしまうんです。新しいことに対応して学ばなければ、最新のゲームは常に攻略できないんです。」
教室の何人かが、ハッとした顔をした。
「もっと簡単で残酷な例を付け加えましょうか。ちょっと人より先んじていた方々ほど当たり前のように必要とされたポケベル用の文字変換表やダイヤルの早押しは、この時代もうどこでも必要ありません。」
小百合が息継ぎも惜しいというように言葉を、畳み掛ける。
「受験も、同じです。それを考えると、『俺の時はこうだった』『私はこんなに頑張って受かったのに』『ここがいい大学だ』というような発言がどれほど滑稽で、どれだけ馬鹿げた発言になってしまうか、ご理解いただけますでしょうか?」
痛いところを突かれると、人は反発する。だから、今のこの不穏な空気感は小百合の勝利宣言だと思って話を進める。社員さんがハラハラしているのが、小気味良い。
「失礼を承知で申し上げるなら、職場で先輩方や後輩方とご自身の仕事の仕方や仕事に求めることが違うなんて、ざらにありませんか?そこで、自分たちの時はこうだったと相手に伝えることで、仕事のプロジェクトや何かがより円滑に進んだことはありますか?」
渋い顔をする人々にホッとして続ける。
「多分、ないはずです。ゲームをする、受験する、仕事をする。時代が違えば、同じ単語で表現される行動でも、価値観含めて根本からルールが違うのです。ここで、受験に話を戻しましょう。私の時、つまりたった3年前と今年とを比較しても傾向は全く異なっています。だから、生徒に代わって、私から子供代表として皆さんにお願いを申し上げます。ご自身がされたご経験と今のお子さんの現状を容易に比較したり、武勇伝でプレッシャーをかけないでください。ご自分の過去で子供さんの現状を決めつけずに、代わりに、今のこの瞬間に必要な受験に関する情報戦に一緒に参加してください。」
シンと静まり返った教室に小百合の声だけが響くようになった。
「ここで、2つめ、『日常』です。先ほど、受験は時代が違えば全て違うと断言しましたが、受験に挑むに当たって変わらないことがないわけではありません。むしろ、大事なことは変わらず、そのまま存在すると私は思っています。それが、例えば『目標に向かって努力する姿勢』や、『大事なイベントの前には体調を整えること』、『受験に取り組む中で得たこと』といった、受験だけ今だけというよりも、未来を含めた生活全般にも関わってくるようなことです。そういった芯に支えられたいつもと変わらない毎日がもたらしてくれる『日常』とその状態での心の在り方が、受験本番でもその先に何か挑む瞬間にも本来の力を発揮するための大事な土台になるように思うのです。そして『日常』というこの土台づくりこそが、保護者として日々生徒さんとご一緒されている皆さんにしか手助け出来ないことです。」
ここで一旦、間をとって息を吸い込んだ。ここからが、大事なのだ。
「ですので、この2つ目は、生徒さんに接するチューターからのお願いになります。受験生としてのこの1年、毎日の生活に気を配ってあげてください。そして、当たり前のように見える毎日の景色が決して当たり前のものではなく、保護者の皆さんの努力の上にあるんだという現実を見せてあげてください。普段ならきっと話題に上がらないような、お金の現実のことや、社会に出てからの辛いことも含めて、です。」
お互いに現実を持ちよって向き合ってお互いの現実を知るということから逃げると、生徒も保護者も現実を無視してズレていくのだ。そして、覚悟がないまま受験に突入して、お互いに結果に対してこんなハズじゃなかったとなってしまう。
「お互いを知らないからこそ、不安になること、苛立つこと、そこから無用な争いが生まれることを、私自身が受験を通して経験しました。そして私の経験と同じようなことが、悲しいことに毎年変わらずに繰り返されていることを、チューターとしても見て参りました。学校でもなければ、日常生活でもないからこそ見える繊細な景色が確かにアカデミーのここにはあります。この教室で生徒さんがどんな風に過ごしているのか、 彼らが授業に取り組む彼らの眼差しがどれだけ真剣で、その横顔がどれだけ純粋で美しいか、私からは幾らでもご報告申し上げます。些細な変化でも気になることがあれば、遠慮なくご連絡ください。自信を持って自惚れられるほど、私は担当する生徒さんのことは見ております。私以外の人たちも勿論同じ気持ちでしょう。」
心の中で舌を出して社員を見る。ちょっとしたさっきの仕返しだ。
「しかしながら、今申し上げた私からの2つのお願いはあくまで私一個人の意見であることは否定しません。常々、担当生徒へのアドバイスを行う時にもお伝えしていますが、反対意見や否定する意見、別の意見は当然あっていいんです。巷に溢れ増え続けるダイエット方法のように、ここから先、受験が近づくほど『これが合格への一番の近道だ』『これがベストな大学だ』とうたう様々な情報に触れることになると思います。たった1つだけの正しい道はありません。その生徒さん一人一人に合う道を、それぞれが自ら納得できる道を選べるよう、一緒に考えて行けたらなぁと私は思っています。そのためにぜひ、私たちチューターやこの道のプロである社員をご活用頂けたらなと思います。」
ここで声の張りをゆっくりと緩めて、会場の雰囲気を穏やかにするように心がける。
「最後に一言。どうぞ、生徒さんの可能性を信じてあげてください。今はまだ、ただの高校3年生です。何もかも、成績も目標設定も悪くいえば中途半端、良くいえば成長途上です。これからの毎日で経験する全てを備えて、受験生になっていくんです。私からのお話は以上です。この後もしばらく面談などで校舎内におりますので、必要あらばお声がけください。引き続き、どうぞよろしくお願いします。」
ここでふわっと笑って、退場。さて、あとは好きに調理してくれ。
「さすがチューターと言うべきか、やっぱり『りっちゃん』と慕われるだけあると言うべきか。いやぁ、私なんかも驚くほど話し慣れていますね。それでは続いて、私からは受験に当たって今後の大まかな日程を説明します。まずお手元の資料を、、、。」
社員の声を背に、小百合はさっさと退散することにした。珍しい姓を名乗っている自覚がある以上、面倒なことに巻き込まれないためにも長居は禁物だからだ。そう、小百合は「りっちゃん」と言っただけで、自分自身の名前を一言も名乗らなかった。余計なリスクは、背負わないに限る。
小百合は教務室に戻ると、気兼ねなく背伸びと深呼吸をした。本日分の仕事はほぼ終わったと半分気の抜けた状態で、「終わったぁ」と叫びたいくらいだ。同じくスピーチを終えて気が緩み、肩甲骨周りのストレッチをしている暁史に声をかけ、ゲストスピーカーたちにアドバイスをしながら最後の一仕事でもある報告書を作成し始めた。緊張感にひりついていた今朝とは打って変わって、穏やかな空間だ。
「今日はアンケートが早めに回ってくるといいんだけど。」
小声で小百合に漏らした暁史に、え?アンケートって何ですか?戸惑う参加者の声がかぶさった。
「あれ?説明なかったっけ?ごめん。強引に要約すれば、参加してくださった保護者の方々の感想文。」
暁史が、そんなに気にしなくていいよと付け加えながら答えを続ける。
「チューターだと、気にしなくちゃいけないんだけどねー。普段担当している生徒の保護者の考えを知ることができる貴重な機会だし。単純に興味で、特にここにいる真里谷のがこれまた必見でね。コメントが賛否両論の渦で、読むだけで笑える、、失礼、参考になる代物なんだ。」
ゲストスピーカーの不安が解消できるならと、小百合もリップサービスを重ねた。
「だいぶ失礼なことを言われたようだけど、確かに悔しいことに、笑えるのよ。結構、保護者の方のそれぞれ願望希望プライドがむき出しだったりして。ま、自分の親とかが当時どんなことを考えていたのか知るいいチャンスだと思って楽しみにしてて。ゲストスピーカーさんは絶賛される場合がほとんどだから、気にしなくて大丈夫よ。」




