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要らない武勇伝(1)

 朝10時の土曜日。普段の小百合なら、大学の課題に励むか、趣味のダンスの自主練に打ち込んでいる時間。にも関わらず、既にいつものスーツに身を包んで、相変わらずのピンヒールで自分を支えながら、小百合はアカデミーの教務室で慌ただしく準備作業に励んでいた。

 今週は授業がなく、代わりに『受験生』の生徒の保護者を対象にした受験対策に関する説明会、いわゆる保護者会が行われる。これも、「面倒見の良さ」を唄うアカデミーとしての目玉行事の1つだ。

目標に向かって元気一杯の生徒たちで毎日埋め尽くされる校舎には、自らの子供への期待や欲といったもっとドロッとした空気を背負う保護者の姿で溢れかえっている。いつもの土曜日が、全くもっていつもじゃない。いずれとも小百合は肌感覚で既によく知る空気ではあるけれど、この行事のたびに神聖な空間が俗世に侵入されたような気がして、正直言ってあまり面白くない。

 ちなみにこの保護者会での教室の区分けは、最終的には保護者の希望に添っている。高卒クラス用の志望校別、高校生クラスのレベル別など大雑把には括ってはあるが、大概、どこどこ大学志望向けというレベルを目安にして席を埋める保護者が多い。保護者がいわゆるトップ校志望の教室に集まる傾向にあるのに、鼻白む。往往にして保護者の期待と生徒の希望や現実にズレがあるのは、毎度のことだけれど。

 小百合は、担当しているハイレベルコース向けの「受験経験者のお話」の部分でスピーチをするために出勤していた。年に何度かあるこう言った保護者会では、1教室につき経験者2人がゲストスピーカーとして話すことになっている。大概、この時期の経験者スピーチはそのほとんどが初々しい卒業生もとい新大学1年生で為される。 初々しさも瑞々しさもどこかに置いてきてしまったチューターたち数名は、監督役も兼ねての出動となるのだ。小百合は、この年次最初の保護者会で、クラス運営を睨んで保護者の前で出来るだけ話をさせてもらえるようにお願いしていた。無論、保護者の方にはいろんな人のお話を聞きたいという希望があることも重々承知している。

 幸運なことに担当の生徒たちが家で「りっちゃん」のお話をしてくれるお陰で、指名率は高い。この後の二者面談あるいは三者面談でも、社員ではなくりっちゃんを指名してくれる保護者もあるほど。それだけ、保護者の方が見ることが叶わない普段の生徒の様子に興味を持ってくれているのは良い兆候だと小百合は思っている。

 そっと見渡せば、その姿を探すまでもなくエントランス付近では来校した保護者の誘導作業の指導を後輩にしている暁史の背中が見えた。全過程を通して優等生、付け加えれば高校もアカデミーも特待生だった暁史は、スーパーコースの経験者としてのスピーチのために呼ばれている。彼のいつも通りにそつがない身なりと雰囲気のお陰で、小百合は彼から「いつも」を感じて落ち着くことができる。ヨシっと気合いを入れると、小百合は出席予定者の生徒のデータをもう一度確認する作業に没頭し始めることにした。

 同じ頃、暁史もまた、慣れない準備作業を進めながらそっと小百合の状況を確認する。いつも通りの淡い色のスーツの着こなしに、どこで体重を支えているのか謎ないつものハイヒール。ブレない「いつも」の姿に、ただ、今日だけ特別な黄色のカラーコンタクト。普段よりずっと茶色っぽい色味に変化した瞳に気づくのは自分ぐらいなものだと思う。彼女が作業に没頭している姿に安堵すると、周りを少し警戒した。今日は、保護者に向けて資料の準備や誘導も膨大になるため、裏方バイトとしてもかなりの人数が入っている。そこに、意外な人材を暁史は発見したのだ。

 「高村さん、資料をあちらにご用意しました。」

赤波紗里衣だ。何かを期待するようにじっと上目遣いで見上げてくるその視線が、暁史には居心地悪い。

「ありがとう。じゃぁ、先ほどの夏観さんの指示に従って各教室に配布しておいてもらえるかな?」

無難に、仕事の話だけを振っていく。

 彼女は日に日に「大学生デビュー」色を強め、当初の予定調和の極みの装いは何処へやら。洗練されたとか、垢抜けたとかでもなく、華やかとも異なる予想外の派手な方向に変身を遂げていた。一般的にはよくある変貌例ではあるが、チューターとしてこの報告に爆走するのは珍しい。採用の時までは目立つことのない子だったはずが、その身なりに合わせるかのように、思春期に見られる反抗期のような態度で事あるごとに何かと小百合に突っかかるようにもなっていた。恵叶は、苛立ちで何度か爆発しかけている。小百合は歯牙にも掛けないという態度を行動に移すとこうなるんだという模範例のように対応していたが、暁史には自分を理由に小百合のことを悪し様に言われるのが十分に不愉快だった。そして、情けないことにその不愉快さを伝えられない自身に苛立ちも感じていた。後半は、ただの八つ当たりの自覚はある。ここ最近、この後輩はチューター業務以外は滅多にバイトでも放課後でも見かけなくなっていたので、随所でいつも以上に神経を尖らせる必要のある今日に限ってなぜ彼女がバイトに来ているんだとは思わないでもない。

 が、彼女が出勤している以上はなんとかやっていくしか仕方がない。暁史自身の笑顔1つでどうにかできるはずの相手だから、せめて、何事も起きないように目を光らせておきたかった。

「アッキー、りっちゃーん、ざっと今日の『経験者談』のところ、卒業生たちと打ち合わせして、チューター業務と同じフォーマットでいいからいつものフォルダーへミーティングの報告がてらテーマ送信しておいてくれる?」

夏観さんは、相変わらず人使いが荒い。その分、お給料に反映してくれているとはいえ、時々笑ってしまう。

 今日のような保護者会での経験者のスピーチをお願いされた卒業生たちは、当然、人前で話し慣れていない人が多い。何をどうスピーチするかなど経験は皆無な彼らにスピーチに関する必要事項や話しやすくるコツを伝え、各自が何を話す予定かをまとめて社員さんへの報告書を作成するのも、今日の小百合や暁史に課された仕事の1つだった。

「こんにちは。ハジメマシテだね。いつもチューターとして勤務している高村です。私の横にいるのが、真里谷、ね。えっと、今日は全部で8人、だったっけな?では、簡単に打ち合わせをしましょう。私たちからは、スピーチに関する注意事項とか、そういう内容。そう硬くならないで。一方通行で喋るのは虚しいから、質問があったらその都度、聞いてくれると嬉しい。」

n歩夢をどう育てるか、彼にどう伝えるのかと頭を悩ませてきたことが、こんな所で早速役に立っている。質疑応答を繰り返しながら1つ1つ説明をしていく中で、思わぬ成果を実感して二人はちょっと感動してしまった。

「では、こんな感じで他に質問がないようだったら、ここに確認の署名もらえる?」

小百合がそれぞれの業務守秘義務の誓約書を回収を終えタイミングで、暁史は小声で小百合に声をかけた。

「そういえば、小百合、今日のスピーチのテーマは?」

「マRオとモNハン。」

「あー。攻略法、、、?」

「そうそう。暁史は?」

「その表現で行くなら、課金制度。」

「そっかー。スーパーだと、そこから一気にスタートできるんだ。」

うっかりと小耳に挟んでしまってポカンとした卒業生の一人が、途中から合流した夏観に慌てて尋ねた。

「すみません、、、今のあの二人が、何の会話してるか全然わかんないんですけど。」

「あぁ、あれは無視して良いからね、あの二人の間の暗号みたいなもんだから。」

夏観は苦笑いをしながら、緊張を隠せない面持ちのゲストスピーカーたちに号令をかける。

「さ、皆、各教室に向かってくれるかな?大丈夫、今日は話をし慣れていないことが何よりの皆の強みになるんだ。受験を振り返って今の自分が思うことを素直に言葉に乗せて貰えたら、それで良いんだよ。」

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