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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜  作者: 波羅月
第4章  夏色溢れる林間学校
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第92話『恋人』

 色々あった林間学校がようやく終わりを迎えた。地獄の様な肝試しや規模のおかしいスタンプラリー、そして甘酸っぱい花火の時間。どれをとっても、記憶に鮮烈に残る思い出には違いない。

 特に最後の出来事については、帰りのバスの中で散々いじられたが、次第に疲れで皆が眠ってしまったので、何とか難を逃れたといったところだ。


 そしてバスは学校に着き、今晴登と結月は逃げるように2人で帰路についたところだ。



「はぁ、ようやく解放された……」


「大変だったね……」



 2人して大きなため息をついた。

 全く、クラス内でカップルが生まれただけであの騒ぎよう。子供っぽいったらありゃしない。いやまだ子供だけども。


 それにしても──



「何、ハルト?」


「い、いや、何でもない……!」



 度々結月をチラ見しては目を逸らす。晴登はそれを繰り返しながら、まだ実感を得られずにいた。



 ──結月と恋人関係になった。



 そう、今までのような曖昧な関係ではなく、晴登と結月は晴れて恋人同士なのだ。距離感や接し方もこれまでのとは当然変わっていく……はず。


 なのにそんな気配を全く感じないため、晴登は「あれは花火が見せてくれた夢なのではないか」と疑い始める始末だ。


 かといって何か案がある訳でもなく、むしろ今まで通りなら、それはそれで晴登の心配は消えるからありがたかったりもする。



「ねぇ、ハルト」


「ん?」


「手、繋がない……?」


「え……」



 いつもなら強引なくらいに手を掴んでくる結月が、今日は珍しく事前に訊いてきた。しかも何だか照れくさそうだ。

 一体どうしたんだろう、と考え始めた晴登ははたと気づく。


 これ、すごく恋人っぽくないか……?


 手を繋いで歩くというのは、恋人の代名詞と言っても過言ではない。だからこのタイミングで訊くということは、恋人として手を繋ぎたいという、彼女の意思表示なのではないか。うん、間違いない。


 そうと決まれば、晴登は男らしく彼女の手を──



「あ、う、うん、いいよ」



 引ける訳もなく、手を差し出すだけに留める。

 やっぱり無理だ。意識すればするほど、手を繋ぐことにブレーキがかかってしまう。恥ずかしい。



「ありがと」



 そんな晴登の手を、結月は優しく握ってくれた。

 こうして繋ごうと思って繋いだことは初めてだから、すごくドキドキする。



「……っ」


「え、ちょ……!」



 それだけでもかなりくすぐったい気持ちなのに、なんとその後結月は指を絡めてきたのだった。

 これは俗に言う、『恋人繋ぎ』というやつではなかろうか。うわ、もっと恋人っぽい……!



「「……」」



 お互いに照れて、無言の時間が生まれる。

 繋いだ手から伝わる結月の体温が、いつもより高く感じるのは気のせいだろうか。



「……ハルト、この後ってどうしたらいいの?」


「え!? いや、俺もわかんない……」



 恋愛経験がないため、手を繋いだりキス以外に恋人がするようなことがわからない。

 マンガでも『付き合ってハッピーエンド』という展開が多く、その先は晴登にとって未知の世界なのだ。


 だから、今できることは1つ──



「と、とりあえずこのまま帰ろうか」


「そ、そうだね」



 ささやかなドキドキを享受することにした。







「「ただいま」」


「あ、お帰り、お兄ちゃん、結月お姉ちゃん!」



 家に着くと、智乃が出迎えてくれた。

 久しぶりの再会が嬉しいのか、いつも以上に元気いっぱいな笑顔を浮かべている。



「……あれ、なんか雰囲気変わった?」


「「えっ!?」」



 しかし一転、訝しげな表情になる。

 まさか、付き合い始めたことに気づいたとかじゃないだろうな。ドアを開ける前に手は離したし、気づかれる要素はないはずなのだが──



「なんか2人とも、いつもより距離が近い気がする……」


「そ、そんなことないぞ!」


「うんうん、こんな感じだったよ!」


「う〜ん、なんか怪し〜」



 智乃の疑いの目は消えない。女の勘、とかいうやつだろうか。侮れない。

 ……別に隠す必要はないのかもしれないが、今日は既に散々いじられたのだ。そんな展開はもう勘弁なのである。



「ま、いいや。夕食になったら呼ぶから、それまで休んでていいよ」


「ありがとう、助かるよ智乃」


「えっへん。私はできる妹なんだから」



 智乃が小さな胸を張ってドヤ顔した後、2階に上がっていくのを見て、晴登と結月は大きく息を吐いた。



「な、なんかドキドキするね……」


「隠れて付き合うって、こんな気分なのかな……」



 よくわからない感情を共有したところで、晴登たちも2階へ上がるのだった。






 夕食を終え、部屋に戻って夏休みの宿題をしている時、彼女は訪れてきた。



「ねぇハルト、一緒にお風呂入らない?」


「……は?」



 ドアの所に立ったまま、恥ずかしそうに訊いてくる結月。あまりに突飛な話に、晴登は驚きを隠し切れない。



「だから、お風呂」


「いや聞こえてるけど……何で?」


「せっかく恋人同士になったんだから、風呂ぐらい一緒に入るものかなって」


「え、そうなの!?」



 結月の意見に、晴登は半信半疑で問い返す。ただのカップルで、そこまでするものなのだろうか。

 しかし、既に同棲している時点でただのカップルではないことは明白だった。だからいつもなら即断るところだが、もはや受け入れなければならないのかもしれない。でもやっぱり恥ずかしいし……!



「ダメ……?」


「う、いや……」



 結月は上目遣いに訊いてくる。

 そんな可愛い顔するのは反則だろ。断るに断れなくなってしまう。



「難しく考えないでよ。ボクはただ、ハルトと一緒にお風呂に入りたいだけなんだ」


「それが十分悩みの種なんだけど……わかったよ」


「やった!」



 結月の純粋な願いに、ついに晴登は屈してしまう。思うことは色々あったが、何より断る理由が思いつかなかったのだ。

 そう、これは仕方のないことである。ただ一緒にお風呂に入るだけなのだ。決して疚しいことじゃない。恋人同士のスキンシップというやつだ。



「じゃあ先に行ってて。後から行くから」


「わ、わかった」



 返事をすると、結月はニッコリと微笑んで部屋から出ていく。

 が、何かを思い出したように突然振り向くと、一言、



「ねぇ、タオルで隠した方がいい?」


「な……当たり前だ!」



 晴登が叫ぶと、結月は意地悪く笑って部屋から出ていった。

 全く、最後にとんでもない爆弾を残していきやがって。タオル無しなんてそんなの……ダメだ、想像してはいけない! 落ち着け三浦 晴登!



「夢……じゃないんだよな」



 頬をつねって痛みがあることを確認すると、晴登は現状を再認識。うん、非常にヤバい。

 女子と一緒にお風呂に入ったのなんて、智乃と……あと小さい頃に莉奈とだけか。いや、めちゃくちゃ緊張するんだけど……。



「でも後には引けないしな……」



 承諾してしまった以上、もう腹を括るしかないのだ。恥ずかしいとか言っていられない。


 覚悟を決めた晴登は、風呂場へと向かうのだった。







「ハルト、入るよ……?」


「う、うん……」



 結月に言った手前、今日だけは腰にタオルを巻いて湯船に浸かっていると、ドアの向こうから彼女の声が聴こえてきた。

 それに返事をした晴登は、続けて大きく深呼吸をする。

 これはただのスキンシップ、これはただのスキンシップ──良し。



「お邪魔します……」


「あ……!」



 控えめにドアを開けて、結月が入ってきた。

 ちゃんとタオルで身体を隠してはいるが、タオル越しにわかるすっきりとした身体のラインや真っ白な素肌を見ると、やはり水着姿以上に破壊力があった。どうやらこれも直視はできそうにない。



「えっと、湯船失礼します……」


「は、はい! どうぞ!」



 緊張して変な口調になりながら、晴登は姿勢を変えて、結月もお湯に浸かれるようにする。

 そして彼女は一通り身体にお湯をかけると、ゆっくりと湯船に入ってきた。

 直視をしないように晴登が背中を向けたため、2人は自然と背中合わせになる。



「ふふ、やっぱりハルトはこうすると思ったよ」


「し、しょうがないじゃん……」



 浴槽はそこまで大きくはないので、背中が触れ合う。とはいえ、隔てるのはタオル1枚だ。そう意識すると、背中合わせの姿勢でもドキドキしてしまう。



「別にハルトにだったら見られてもいいのに」


「そ、そういう訳にはいかないだろ」



 結月はからかうようにクスクスと笑った。くっ、完全に弄ばれている。

 かといって何かができる訳でもないので、晴登は三角座りをキープ。


 すると結月が唐突に一言、



「ねぇハルト、背中流してあげよっか?」


「え!?」



 背中越しなのに、小悪魔の様な笑みを浮かべている結月が目に浮かぶ。一緒にお風呂に入るとはいえ、そこまでやるか普通。



「い、いや、自分でできるよ」


「そう言わずにさ。恋人なんだから」


「……それズルくない?」



 「恋人だから」と言われてしまえば、晴登だって拒否がしにくい。

 結局晴登は結月に根負けする形で、背中を流すことを許可したのだった。


 2人は湯船から上がり、晴登は椅子に座って、結月はその後ろに膝立ちになる。



「じゃあ洗うよ」


「お、お願いします……」



 結月がタオルに泡を立て、ゆっくりと晴登の背中に押し当てる。

 人に背中を洗ってもらうなんて何年ぶりだろうか。しかも相手が恋人ともなると、余計にくすぐったい気分だ。



「ど、どうかな……?」


「あ、うん、いい感じだよ……」



 ゴシゴシと、程よい強さで背中を擦られて心地よい。結月の思いやりが、タオルを通じて伝わってくる。

 しかし、お互いに恥ずかしがるせいで、微妙に気まずい。



「……やっぱり、晴登の背中は大きいな」


「そ、そんなことないよ」


「ううん、ボクを守ってくれる、立派な背中だよ」


「ちょ……!」



 突然結月が聞くだけでも恥ずかしいことを言ったかと思うと、背中に手を当ててきた。ヒンヤリとした体温が、火照った身体には余計にくすぐったい。



「ふふ、びっくりした?」


「するに決まってるじゃん!」


「そんなに怒んないでよ。ならお詫びに……前も洗ってあげようか?」


「それは結構です!」



 晴登はその魅惑的な提案を全力で拒否し、タオルを半ば強制的に受け取る。

 そしてそそくさと前側を洗うと、すぐにお湯で身体を流した。



「ふぅ……」


「それじゃハルト、ボクもお願いしていい?」


「えっ」


「背中だけでいいからさ」


「……はぁ、わかったよ」



 結月に洗ってもらった手前、晴登も背中を流してやらねば不公平というもの。

 ため息をつきつつも、晴登は別のタオルに泡を立てて用意する。



「そ、それじゃいくよ」


「あ、ちょっと待って」



 互いの場所をチェンジし、いざ洗おうとしたその時、結月が待ったをかける。

 晴登は一瞬疑問に思ったが、それはすぐに氷解した。



「……はい、これでよし」


「う、そりゃそうだよな……」



 そう、結月は身体に巻いていたタオルを1度解き、身体の前に当てたのだ。

 背中を洗ってもらうのだからその行動は当然なのだが、顕わになった背中が何とも扇情的である。



「いつでもどうぞ」


「そ、それでは失礼します……」



 タオルをゆっくりと、その背中へ押し当てる。そして、上下に撫でるように優しく動かした。

 これで……合ってるだろうか。智乃の背中をこうして流したことはあるが、あれは小さい頃の話だったし、加減がわからないな。



「うん、気持ちいいよ」


「え!? そ、それなら良かった……」



 まるで心の中を読まれたかのように結月がそう言うので、つい驚いてしまった。なんか莉奈っぽくなってないか?


 ……それにしても、小さくて軽い背中だな。強く押せば折れるのではと思うくらいに。

 この背中で、彼女は今まで多くの苦難を背負ってきたのだろう。晴登もこの背中に守られたことがある。見た目以上に、大きな安心感があった。



 ──だから、とても愛おしく思える。




「……ねぇ、ハルトも触ってるじゃん」


「あ、あれ!? 手が勝手に!?」


「ハルトのスケベ」


「俺だけその言われよう!?」



 風呂で逆上せたかそれ以外の理由か、ボーッとしていて、つい結月の背中に触れてしまっていた。

 慌てて手を離すも、結月は首だけ振り返ってジト目で睨んでくる。



「もう、触りたいならそう言えばいいのに」


「いや誤解だって!」


「なら触りたくないの……?」


「う、えっと、その……」



 結月に問い詰められて、晴登はしどろもどろになる。

 この場合の「触れる」というのは『スキンシップ』の意味合いであるから、本来なら触れた方が良いのかもしれないが、未だに晴登の中の理性が抵抗を止めようとしない。なんだか、凄くいけないことをしているようで……。



「ハルトが望むんだったら、ボクはそれを受け入れるよ」


「え、ちょ、待っ……!」



 しかし躊躇っていた晴登の手を、身体ごと振り返った結月が自ら掴んだ。そして、自分の胸元へと徐々に近づけていく。

 いや待て、それはマズい。さすがに晴登でもその危険性は理解している。いかに恋人と言えど、そう易々とその壁を突破してはいけない。



「まま待って! 結月、ストッ──」




「ハレンチ警察だ!!」




「「えっ」」



 その声に振り返ると、服を着たままの智乃が浴室のドアを開けて仁王立ちしていた。






 その後、智乃に現場を押さえられ、現行犯で逮捕されてしまった。

 今は彼女の部屋で晴登と結月が床に正座をし、智乃はその目の前で椅子にふんぞり返っている。



「弁明は?」


「「ありません……」」



 2人きりだからと思って、騒ぎすぎてしまったせいだろう。浴室の防音性能はそこまで高い訳でもないし、智乃に気づかれるのも当然である。

 それでいて、2人でお風呂に入っていたことも、ちょっとヤバいことをしていたことも見つかってしまった。何と罵られようと反論はできない。



「家に帰ってきてから何か変だと思ってたけど、まさかそういう関係になってるだなんてね〜」



 しかもやけに察しが良い。やはり女の勘は侮れなかったか。無念。



「それじゃ、土産話として全部聞かせてね」


「「はい……」」



 今回ばかりは智乃には逆らえない。

 結局その後、林間学校で起こったことを洗いざらい全て吐かされた。自分の恋愛事情を説明するとか、どんな仕打ちだよ。


 しかもそれだけでなく、明日から1週間、晴登はトイレ掃除を、結月は浴槽掃除を担当することになった。何だろう、ここぞとばかりに仕事を押しつけられた気がする。


 全く、今後は学校だけでなく、家でも気疲れしそうだ。やれやれ……。




「……あーあ、お兄ちゃん取られちゃったかぁ。でも結月お姉ちゃんとなら、きっと上手くやっていけると思うな。お兄ちゃんが幸せでいてくれるなら、私はそれだけで嬉しいよ」



 智乃はひっそりと、その言葉を心にしまった。


皆様こんにちは、波羅月です。

ここまで読んで下さって、とても嬉しく思います。


さて、ここでお知らせなのですが、この話をもって一旦転載がストップします。理由は単にストックが無いからです。

ので、次話以降は次の章が完結し次第、順次更新していくつもりです。いつになるかはわかりません。楽しみにして読んで下さった方には申し訳ありませんが、ご理解の程をよろしくお願いします。

ブックマーク等して頂ければ、すぐ更新にも気づけるかと思いますので、そちらをぜひご利用ください。


3ヶ月の間、駄文にお付き合い頂き、ありがとうございました。それでは、また会いましょう。

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