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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜  作者: 波羅月
第3章  波乱の肝試し
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第75話『カズマ』

 俺は日城中学校に通う、ただの中学生だった。

 別に特技がある訳でもなく、気分で剣道部に所属していた ただの中学生。それ以外は至って平凡で、人気があった訳でもない。勉強はテストとかあってつまらないし、部活も結果を残せず飽き始めていた。


 つまり、俺は人生を退屈と感じていたのだ。


 自分が何を求めているのか。それが全くわからなかった。




 そんなある日、俺は己の転機となる事態に遭遇した。



『なぁ一真、肝試し行かないか?』


『あ? 今開放されてるっていう?』


『そうそう。今夜行ってみないか?』


『まぁ別に構わねぇけど』


『でもただ行くのは面白くないな。……なぁ知ってるか、この肝試しって24時を過ぎたら──』



 友人のその話を聞いて何を思ったのか、俺はその日の夜、24時を過ぎてから肝試しに向かった。たぶん、好奇心からだろう。久しぶりにワクワクしたのを覚えている。

 そして友人にじゃんけんで負けた俺は、1人で森に入ることになった。



 そこからの記憶は──ない。




 気がつけば、俺は浜辺に倒れていた。やけに紅い月が不気味に感じられて、不安を覚える。



『ここはどこだ……?』



 辺りを見回した所で、見えるのは浜辺と海だけ。聴こえるのも漣の音だけだ。穏やかなはずのその音色も、今は心細さを助長するのみ。



『えっと……俺はさっきまで肝試ししてて森の中にいて……。でも、どう考えてもここは海だよな……?』



 自分がどんな経緯でここに立っているのかは不明だ。ワープしただなんて現実的ではないし、となると誰かに連れ去られたという線も否定はできない。たとえそうだとして、一体何が目的だ……?



『とりあえず、人に訊いてみっか』



 恐らくここは俺の知る場所ではない。ならば、頼るのは交番と相場が決まっている。とにもかくにも、誰でもいいから道を訊いて、さっさと学校に戻った方が良い。


 そう思って再び周りを見渡した時、遠目に人影がいくつか見えた。早速、俺はその人たちの元へと駆けつける。



『すいません、少し訊きたいことがあるんですけど……』



 5人くらいだろうか、声を掛けるとその人たちはバッとこちらを振り返った。


 思い返せば、この時点で気づくべきだったのだろう。夜だからあまり見えなかったのが災いしたのだが、それでもそんな中で普通灯りも無しに人が集まるかどうかくらいは判断できたはずだ。


 結論を言うと、その人たちは"人"ではなく"骸骨"だった。



『うわぁぁぁ!!??』



 この暗さに骸骨はさすがにビビる。お化け屋敷でもここまでの迫力はないだろう。俺はすぐさまその場から立ち去ろうとした。


 だが初めてのことで気づかなかったが、この時俺は腰が抜けていたようだ。だから、振り返って最初の一歩でまずコケた。



『ウゥゥ……』


『あぁすいませんすいません! 許して下さい! 何でもしますからぁ!』



 恐怖に支配され、口から出任せに謝罪の言葉を述べる。それで引いてくれるなら良かったが、骸骨だから聞く耳は持たないようで、ずんずんと俺の元へ歩いてきた。

 その時、ちらと1人の手元に刀が握られているのが見える。



 ──あ、死んだな。



 意外にも、その未来はすんなりと受け入れられた気がする。何せ既に人生には飽き飽きしていたし、何ならどこか遠くで気ままに暮らしたいとも思った。死ぬことが怖くない訳じゃないけど、別に死んでも構わないとも思って──



『──全く、どうしてこんなガキが抑止力なんだい』



 刹那、夜をも照らす程の金髪が目の前でたなびいたかと思うと、いつの間にか骸骨たちがバラバラに崩れ去っていた。一瞬の出来事に、俺は口をパクパクすることしかできない。



『来な、あんたに用があるのは儂じゃ』



 そう言って、金髪の美人なお姉さんは手を差し伸べてくれた。一人称に違和感は感じるが、そんな些細なことはどうでもいい。今は誰かに縋りたい気分だった。






 かくして、婆やと名乗る女性に案内されたのは、造りが古風な家からなる集落だった。婆やの家は集落の一番奥にあり、他よりは幾分か豪華な様相である。


 中に入れてもらうや否や、俺は早速気になる本題に入った。



『……あの、用って何ですか?』


『なに、ちょっとあんたの力を貸して欲しいのさ。かくかくしかじか──』



 それから話されたことはとてつもなく突飛なことで、開いた口が塞がらなかった。かいつまんで言えば、俺が魔王を倒さなければならないということ。……いや、魔王って何だよ。マンガじゃあるまいし。


 俺の怪訝そうな顔を一瞥しながら、婆やは話を進めた。



『ただ、どうもあんたには抑止力としての力が備わってないらしい』


『そりゃ、俺はただの中学生ですし』


『別にそいつは関係ないよ。異能ってのは、気づいたら身についちゃってるものなんじゃ』


『随分と軽い言い方ですね……』



 生まれてこの方、異能を持ったという人に出会ったことはない。強いて言えば、学校の魔術部とかいう奴らが不思議なことができると聞いたことがあるが、まぁマジックなんだしそれくらい当たり前だろう。

 とにかく、婆やの言っていることは信用に足らなかった。ごく普通の俺が、異能など持つはずがない。……少し、憧れはするけども。



『あんた、名前は?』


『剣堂 一真です』


『ならばカズマ、剣は振れるか?』


『まぁ、剣道はやってましたけど……』


『なら都合が良い。アンタの抑止力の力が目覚めるまで、儂が剣を教えよう。自衛もできないようであれば、この戦争は生き残れんじゃろうからな』


『はぁ……』



 剣だとか死ぬだとか物騒な話だが、気にならない訳ではない。少なくとも、あの退屈な学校生活よりは刺激がありそうだと思えた。だから俺は、



『……わかりました』






 承諾してからは早かった。学校に戻ることを諦めた俺は婆やから剣を教わり、そして"創剣"を身に付けて着実に強くなった。

 結局、その時の戦争には行かずじまいだったが、俺はこのままこの世界に残ることにした。──次の戦いで活躍できればいいと。



 ──9年間。



 長いはずのその時間も、この世界では退屈することなく過ごすことができた。見るもの全てが新しく、そして何よりも飽きさせない。人々も温かく、世間話一つするだけでも楽しかった。もしかすると、俺が求めていたのはこんな世界だったのかもしれない。



 だから──、







「お前に、俺の居場所は奪わせねぇ!」


「一真さん……!」



 魔力を極限まで消費して目が眩みそうな中、視界の端に漆黒の刀を握りしめた一真の姿が写った。遠目からでも、その刀が並大抵の代物ではないことはわかる。ようやく、彼は力に目覚めたのだ。



「悪いな、2人とも。もう止めてくれていい」



 その一真の言葉に、晴登と結月は吹雪を止める。その瞬間、晴登はガックリとしゃがみ込んだ。ずっと力んでいた右手は痺れ、口では絶えず酸素を吸引しないと身が持たない。



「大丈夫、ハルト?!」


「はぁはぁ……さすがに、魔力を使い過ぎたかな。もう動けそうにないよ……」


「わかった。じゃあボクの肩を使って」


「う……ありがとう、結月」



 女子に肩を貸してもらうなんて不甲斐ないことこの上ないが、今は四の五の言っていられない。結月は魔力が鬼級に高いことが幸いしてふらつくこともないので、なんとか共にこの場から離れられそうだ。


 後は、一真に全てを託す。



「全く、最後までイチャつきやがって。彼女いない歴=年齢の俺への当てつけかよ」


「こんな時までそんなこと言ってるんですか、一真さん」


「お前も緋翼ちゃん連れて離れてろ、終夜。巻き込んじまうぞ」


「……わかりました。任せましたよ」


「おうとも」



 終夜と緋翼にも戦線離脱を命じる一真。「巻き込む」と言っていたが、一体どうやって戦うのか。刀一つでそんなことができるとは思えないが……



「カズマ」


「婆やも下がっててくれ。危ねぇぞ」


「は、儂に命令とは言うようになったじゃないか」


「おいおい、今さらそれは無しだろ?」


「わかっておる。……イグニスを倒して来い。それがお前の使命じゃ」


「了解。行ってくるぜ」



 婆やまでも下げ、一真はイグニスとのタイマンを申し出る。無謀だ、といつもなら止めに入るだろうが、今回ばかりは一真に任せてみようと思った。


 足が凍りついて身動きのとれないイグニスは、先程にも増して怒っているように見える。口からは灼熱が漏れ出しており、いつブレスが飛んできてもおかしくない。


 それでも一真は前に立って、イグニスと対峙する。



「……さて、ようやく俺の使命とやらが全うできそうだ。覚悟しろよ、イグニス!!」


「──ッ!!」



 一真の雄叫びに、イグニスは咆哮で返す。今、世界の命運を分ける戦いの火蓋が切って落とされた。


 まず先手必勝と言わんばかりに、イグニスが燃え盛るブレスを放つ。



「遅せぇ!!」



 しかし、一真はブレスを容易く躱すと、そのまま距離を詰める。晴登の"風の加護"はもう切れているはずなのに、そのスピードは全く衰えていないように見えた。まるで、剣が彼に力を与えているかのように。



「喰らえぇ!!」


「──ッ」



 一真は刀を横に持ち替え、氷の上からイグニスの足を斬りつけながら駆ける。しかし先程とは打って変わって、まるで紙を切るかのように易々と皮膚を切り裂いていた。さすがにそれには応えたようで、イグニスは苦しそうな声をあげる。



「まだまだぁ!!」



 一真の斬撃は衰えることなく、右足左足と交互に駆け回りながら、イグニスの足を斬りつけ続ける。すると何ということだろう、次第に足に力が入らなくなったイグニスが、氷が砕けた途端に大きな音を立ててついに突っ伏したのだ。



「自分から行くのではなく、相手を引きずり下ろしたか。──強くなったの」



 感嘆の込もった婆やの呟きが耳に入った。彼女は一真の成長をゼロから見ているのだ。この一言には、大きな喜びが含まれていることだろう。



「これで、終わりだ!!」



 イグニスの身体はもはや手の届く所にある。すなわち、その心臓も目の前だ。一真は素早く胸元に近づき、刀を思い切り突き刺して──



「──ッ!!」


「「うわっ!?」」



 しかし、そう上手く事は進まなかった。イグニスは翼をはためかせ、空へと飛び立ったのだ。サイズがサイズであり、その時の風圧は全員を仰け反らせる。



「……ちっ、そう簡単にやられちゃくんねぇか。おもしれぇ!」



 天高く舞うイグニスを見上げながら、一真は不敵に笑った。そして、徐ろに刀を上段に構える。

 刀一つではあの高さには到達しえないはずだが、一体どうする気なのか。


 晴登がそう思った刹那だった。



「届かないなら、届かせるまでだ!」



 なんと突然、一真の刀は激しい黒き光を纏い、刀身が元の何倍にも伸びたのだ。光は空気を断ち、空へ雲を突き抜けるほど高々と伸びてその迫力を知らしめる。この高さなら──届く。




「喰らいやがれっ、"滅竜天衝(めつりゅうてんしょう)"っ!!」ゴォォッ




 一真が刀を振り下ろした瞬間、強烈な風圧と衝撃が一行を襲う。大気が割れ、大地を揺らすほどの衝撃が今しがたの威力を物語り、飛ばされそうになる程の強風を堪えながらうっすらと目を開いて見てみれば、そこには黒い光の柱が煌々と天高く立ち上っているのが見えた。神聖さすらも感じるその光景に、晴登は唖然とする他ない。






「──ッ」



 衝撃が収まった頃、新たな振動が身体に伝わった。遅れて、大きな物が空から落ちてきたのだとわかる。見ると、片翼を失ったイグニスが疲弊し切った様子で地を舐めていた。まだ意識が残っているようだが、先の一撃をまともに喰らったようで、立つことも叶わないらしい。


 そんなイグニスの元に、歩み寄る影が一つ。



「グルル……」


「まだ生きてるなんて、しぶといなぁお前。ま、破壊の化身がこの程度でくたばる訳もねぇよな。……さて、お前のせいで散々な目に遭っちまったけど、ここでようやく終わりだ」



 刀をイグニスの眼前に向け、そう嘆く一真。イグニスは抵抗の色こそ見せるが、それが行動に伴うことはなかった。


 ──人が竜を打倒した瞬間。それを目の前にして、晴登は歓喜の声一つ上げることもできないほどに戦慄する。


 一真は一つ呼吸を挟むと、鋭い目つきで言った。




「あばよ、邪炎竜」




 黒い刀がイグニスの眉間に深く、深く突き刺さった。


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