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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜  作者: 波羅月
第3章  波乱の肝試し
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第71話『VS.魔王軍幹部』

 紅い月が地上を怪しく照らし、禍々しい空気が辺りに満ちていた。木々はざわめき、逆に生き物は営みを止めてひっそりとしている。

 そんな環境の中、方向感覚すらも狂わせる程の濃霧に包まれ、蓮は身体的にも精神的にも衰退していた。



「炎が点かない……つまり、さっきよりも霧の水分が多くなっているんだ」



 火の海で囲むことでミストを無力化できたかと思いきや、彼が今発生させた霧はこれまでと異なり、湿度がとても高い。触れるだけで、肌に水滴が付くほどだ。やはり"霧使い"と言うだけあって、変幻自在に霧を操れるらしい。



「くそっ、振り出しかよ!」



 唯一の突破口を閉ざされ、再び霧の中に閉じ込められる蓮。先の一発で仕留められなかったことを、ここに来て後悔した。



「光は効かない、炎は点かない……マズいぞこれは」



 魔術を完全に封印され、蓮にはもう打つ手がない。このまま為す術なく倒されるのは嫌だが、対抗策が存在しないのだ。



「どうすりゃいい──うっ!?」



 不満を嘆こうとしたその瞬間だった。腹部に重い衝撃を喰らい、後方へと吹き飛ばされる。

 どうやらミストは本気モードらしい。先程と明らかに蹴りの威力が違った。



「がはっ……これは──ぐっ!」



 内臓が思い切り揺らされ、嘔吐感が込み上げる。だがそれを許す間もなく、ミストは蓮に攻撃を与え続ける。縦横無尽に四方八方から攻撃を加えるその動きは、もはや人間の域を越えていた。



 そしてついに、蓮は膝をつく。



「……っ」



 身体中に打撃を浴び、痛覚が麻痺してきた。口からは血やら何やらが零れかけ、もう意識も飛びそうである。



 結果は最初からわかっていた。実力差は歴然だったのだ。さっきのはたまたま上手くいっただけ。現実は甘くないのだ。


 思えば、今まで楽して生きてきた。学校なんて、勉強できればそれでどうにかなる。友達なんて必要ない。いたって足枷になるだけだ。そうしてずっと、孤独だった。



「……ッ」



 ミストが側に立ったのがわかった。霧の中だというのに、実に器用なものだ。トドメを差すつもりなのか。


 蓮にはもう立ち上がる気力は残っていない。言ってしまえば、敗北を確信したからだ。一時の有利もすぐに覆される。そんな実力差を前に、どうしろというのだ。



「こふっ……」



 恨み節の一つでも言いたいところだが、口から出るのは空気だけ。こんなに苦しいのは、生まれて初めてだ。怪我をした時も、病気だった時も、孤独だった時でさえも、ここまで苦ではなかった。なのに今は……心底苦しい。



「悪い……三浦」



 友達……と呼んでいいのだろうか。彼は自分に親身に接してくれ、その優しさは十分に理解している。今まで孤独だった自分に、手を差し伸べてくれた。初めは鬱陶しいと虐げてたけど……それでも、友達と呼べる存在なのだと思う。



 ──だから俺は、この場を引き受けたのではないか。



「……っ」



 時間稼ぎだけで良い、倒すのは二の次。そう考えていたから、自分はここを引き受けた。自分なら狡猾なやり方で、きっと何とかなるのだと。ただ、結果はご覧の有様だが。



 ──こんな無様な姿、三浦には見せられないな。



「……」



 ミストが懐から小さいナイフを取り出す。

 なんだ、やっぱり持っていたじゃないか。どうやら確実に殺す時にだけ使うみたいだ。



「すぅ……」



 死ぬことに対して、特別何かを感じることはない。所詮これが人生ってもの。ふとしたことで人は死ぬ。異常って言われるかもしれないが、これが俺の考えだ。そりゃ人が近寄ってくる訳がない。

 だからといって寂しかったことはなかった。頭の悪い連中と絡んでいたって、良いことなんか一つもないのだから。

 魔術部だって、言ってしまえばバカの集いだ。どうして俺がいるのか謎なぐらいに──そう、謎なのだ。学年一の秀才の俺にかかっても、明確な答えなんて出ない。


 ──けど、自分なりに答えを求めてみたら、そうさな……。



 蓮は大きく息を吸い込む。




「あの居場所が、俺は好きなんだよっ!」



「……!?」




 刹那、一瞬で眩い光が森を包み、そして──爆ぜた。







「なんだ?!」


「爆発……?!」



 耳を劈く程の爆音は森中に響き渡った。晴登らもそれを聞き、何事かと来た道を振り返る。見ると、森の一部で山火事が起こっており、黒煙が揚がっていた。



「暁君……?」



 デジャヴと共に、嫌な予感を抱える晴登。

 しかし、戻ろうとする足を咄嗟に引き止めた。



「……今は結月だ」



 あの場は蓮に任せると決めたのだ。自分は前を向かなくてはならない。結月を救うという、使命があるのだから。



「……キッヒッヒ。ようやく来やがったか。待ちくたびれたぜ」


「新手か?!」



 晴登らの前に再び幹部と思わしき人物が登場する。ボサボサの金髪で鋭い目と口をした悪人顔だ。



「どーも初見さん達……いや、そこの婆さんだけは違ぇか。まま、どうでもいい。俺様は魔王軍幹部、"吸血鬼のブラッド"ってんだ。かっこいいだろ?」



 陽気な口調で挨拶するブラッド。婆やのリストアップした名前の1人である。長年魔王軍と戦ってるだけあってか、婆やとは顔見知りなようだ。



「ちょいとウィズが先走っちまったみたいだが、もう誰か殺しちまったかな?」


「……!」



 嬉しそうに舌舐めずりをするブラッドに嫌悪感を抱きつつ、ふと晴登の脳内に終夜の姿が過ぎる。



「お生憎様だが、お前の仲間は既に俺らが片付けたよ」


「「は……?」」



 そのカズマの言葉に、ブラッドだけではなく晴登も呆気に取られる。しかし緋翼の視線に気づき、それがハッタリなのだと遅れて知った。

 しかし、ブラッドはその意図には気づかず、困惑しているように見える。



「確かにさっきでけぇ爆発があったが……そうかよ。じゃあ代わりに俺がお前らをぶっ殺さなきゃなぁ!」



 ブラッドが吠えるのを見て、晴登らは一斉に構える。どうやら先に行けそうな雰囲気ではない。ここで足踏みをしている間に、結月が刻一刻と危険に近づいているというのに……



「……行きなよ、三浦」


「え?」


「ここは、私がやるからさ!」


「熱っ……!?」



 緋翼が一歩前に進んだかと思うと、突如その身体から焔が溢れ出る。それは、ちょうど緋翼とブラッドを囲むように円を描いた。



「焔の柵……?!」


「行って! そして結月ちゃんを助けて!」


「は、はいっ!」


「行くぞ、晴登!」



 カズマに連れられ、晴登は先へと進む。焔の柵のおかげで、ブラッドに邪魔されることもなかった。



「くそッ、邪魔だよこの火!」


「あんたの相手はこの私よ」


「あぁめんどくせぇ! てめぇぶっ殺してあいつらを追いかけてやる!」



 苛立ちを露わにしているブラッドに、緋翼は余裕の表情だ。その態度がさらにブラッドを焚きつける。



「死ねェェェ!!」


「焦ってるあんたに勝ち目はないのよ」



 鋭い三白眼を見開き、無鉄砲に突っ走って来るブラッド。その顔は、子供であれば震え上がってしまいそうなほどの悪人面だった。

 しかし体躯は子供といえども、緋翼はそれに狼狽えはしない。彼女は徐に刀を構え、そして彼の身体がその射程に入った刹那──



「"居合い・焔の太刀"」


「がっ……!?」



 緋色の軌跡を描きながら、焔を纏った斬撃でブラッドの身体を切り裂く。その傷跡──火傷は肩から腰にまで及び、多量の血を辺りに撒き散らした。



「別に手加減する理由もないし、本気で斬ったわよ。結月ちゃんを攫った罪は重いんだから」




「──そうかい。じゃあ俺様たちの邪魔するお前らの罪も重いぜ」



「え……?」



 あまりに一瞬の出来事に、緋翼は何が起こったのかを把握できない。唯一わかることは、肩から腰まで"何か"で斬りつけられたこと。激痛と共に鮮血が噴き、ものの数秒で目眩を起こしそうになる。



「一体……何が……?」


「油断大敵とはよく言ったもんだ。怠惰だねぇ、お前」


「どういう、ことよ……」


「は、俺様が図ってるってことだよォ!」


「何……!?」



 大怪我を負ったにも拘らず、どこか生き生きとした様子を見せるブラッド。突如として、その背中から赤黒い"何か"が伸びてきた。手とも形容しがたいそれは、ゆらゆらと尻尾の様に揺らめいている。



「俺様が相手とは、なんて運の悪い。もうお前は生きてここから帰れねぇよ」


「ど……どうかしらね。やれるもんならやってみなさいよ」


「は、いい度胸してんなお前。気に入ったぜ。たっぷりいたぶってやらァ!」


「く……!」



 "何か"で思い切り叩きつけてくるのを寸前で躱す。避けた所は地面がひび割れていた。



「何ってパワーなの。それよりアレは一体──」


「おらおら、考えてる暇はねぇぞォ!!」


「頭脳派なのか脳筋なのかハッキリしなさいよ!」



 "何か"は1本から4本に分かれ、それぞれが緋翼に向かってくる。緋翼は何とか全て躱すが、恐らく1本でも当たれば骨が砕かれるだろう。



「なら一か八か……"紅蓮斬"!」


「お?」



 緋翼は苦し紛れに焔の衝撃波を放つ。するとそれは見事、"何か"の1本を両断する。それは予想外だったのか、ブラッドは呆気に取られた表情だ。


 しかし驚いたことに、両断された部分からドロドロと赤黒い液体が流れ出してきた。



「え、血……?」


「──そろそろ気づいたか? 俺の力に」



 身体に火傷を負い、"何か"を切断されたにも拘わらず、ブラッドは不敵な笑みを浮かべている。

 それに不気味さを感じながらも、緋翼は目の前の状況から考えられる仮説を口に出した。



「あんた……血液を操るのね?」


「ピンポーン、大正解。賞品は"串刺しの刑"だ!」


「嬉しくないわよそんなの!」



 "何か"の正体は、ブラッドが血を用いて創り出したモノだった。恐らく、先の緋翼の一撃をわざと受けることで流血し、そして血液を操って固形化したと言ったところか。今の地面を抉る程の串刺しを見る限り、変形どころか硬度まで自由自在らしい。流血が条件だとしても、厄介なことこの上ない。



「ははは! さっきの威勢はどうした? 逃げてばっかじゃねぇか!」


「うっさいわね。突っ込んだところで勝ち目ないのはわかってんのよ」



 刀1本ではアレに真っ向から迎え撃つことは厳しい。1本ずつ斬ったとしても、どうせ再生するのがオチだ。だったら全てを一度に叩かなければならない。



「これは、骨が折れそうね……」



 滴る冷や汗を拭いながら、緋翼は呟いた。







「ウィズって言ったか? 魔女なんだってな。どんな魔法使うんだ?」


「敵においそれと手の内を晒す馬鹿がどこにいますか」


「なんだよ、つれねぇなぁ」



 終夜はいつもの調子で軽口を叩く。が、内心は焦っていた。ウィズが発しているオーラ……それは、かつてないほどの強大なものだ。重圧にも似たそれを肌でヒシヒシと感じていると、鳥肌や冷や汗が止まらなかった。軽口でも叩いていないと、気が持たない。



「ですが、今さら隠したところで意味はないでしょう。先手は戴きますよ」


「魔法陣……」


「"闇の奥深くに眠る魂へ告ぐ。我が呼びかけに答え、現界せよ"」



 ウィズが詠唱を終えると、足元に出現していた紫色の魔法陣から何かが這い出てこようとしているのが見えた。その正体を知った終夜は驚愕する。



「無魂兵……お前が召喚してたのか」


「えぇ。あれほどの数は造作もありません」


「笑えねぇ冗談だ」



 広場を埋め尽くすほどの無魂兵の大軍を思い出す。

 本来、召喚魔術とは1体ずつ召喚するのがセオリーだ。にも拘らず、その条理を悠々覆した眼前の魔女の魔力は、もはや無尽蔵に等しいのではないか。



「けどよ、俺にとっちゃこいつは雑魚に等しいんだよ!」


「あらあら」



 召喚されたての無魂兵を黒雷で一蹴。真っ黒に焦げた骸骨は、灰となって大地へと還る。

 しかしウィズは全く臆することはなく、ただ首をやれやれと振っていた。



「確かに無魂兵では貴方の相手は難しそうですね。でしたら、これは如何でしょう?」


「……!」



 ウィズが不敵に笑った瞬間、終夜の背中に悪寒が走る。殺気に当てられたのか、はたまた魔性に当てられたのか。とにかく、形容しがたい何か禍々しいモノを向けられている気がした。明らかに魔力の質が変化している。



「"獄炎を支配する悪魔に告ぐ。我が呼びかけに答え、現界せよ"」


「まさか……!」



『──ッ!!』



 森中に響くほどの咆哮をしながら現れたのは、"紅蓮の獅子"と言ったところか。体長は普通の獅子よりも二倍はある。紅い眼に鋭い牙や爪、そして炎の鬣が特徴的だった。そしてウィズの詠唱から予想できたが、獅子は炎を操るようで、火の粉を体に帯びている。



「炎が相手か。生憎だが見慣れてんだよ」


「その余裕がどこまで続くか見物です。行きなさい!」


『──ッ』



 獅子はその凶暴な口を大きく開くと、大地を焦がす程の炎の玉を放った。強烈な熱風で気温は一気に上昇し、汗が自然と噴き出る。咄嗟に終夜は横に躱したが、放たれた火の玉は地面に着弾すると火柱を上げて燃えていた。

 滴る汗を拭いながら、終夜はニヤリと笑う。



「中々物騒な奴を召喚してくれたもんだな。こりゃ骨が折れそうだ」


「だったらその骨すら燃やして差し上げます。やりなさい」


『──ッ!』



 咆哮を上げると、獅子は終夜に向かって真っ直ぐに突進してした。その大きな巨体に突進されればもちろんだが、爪や牙に掠ったとしても大怪我の予感がする。



「……けど、足元がお留守だせぇ!」


『──!?』



 終夜の放った雷は獅子……ではなく、獅子の足元の地面に落ちる。そして終夜の狙い通り、抉れて段差となった地面に獅子は躓いて体勢を崩した。



「そこだぁぁ!!」



 終夜はよろめく獅子に全力の電撃を放つ。少なくとも、人間ならば一瞬で黒焦げになるレベルだ。このまま獅子も丸焼きに……と思っていたが、そうや問屋が卸さない。

 獅子は一際大きな咆哮を上げると、体を振るって電撃を弾き返したのだ。



「おいおい、化け物かよ!?」


「正確には悪魔ですよ。貴方の電撃も、悪魔の前では無力同然ということです」


「言ってくれるじゃねぇか。燃えてきたぜ!」


『──ッ!』



 終夜が電撃を放つと同時に、獅子は火の玉を吐く。それらは互いにぶつかり、相殺して爆発を起こした。



『ガウッ!』


「うおっ、危ね!」



 爆煙を意に介さず、真っ直ぐ突進してくる獅子。煙の中からの不意な攻撃に反応は遅れたが、間一髪で終夜は横に転がって回避する。



『──ッ』


「がはっ!?」



 しかし戦闘本能と言うべきか、獅子は尻尾を鞭の様に器用に使って、回避して隙を見せた終夜を薙ぎ払ったのだ。

 何とか地面を滑りながら耐えるが、腹部に直撃したので息が苦しい。



『──ッ!』


「くっ……避けられねぇか……!」



 腹を押さえながら荒い呼吸を繰り返す終夜の元に、追撃と言わんばかりに獅子は飛びかかってきた。躱すのは間に合わないと判断して電撃で応戦するも、まるで効いておらず、そのままの勢いで獅子の体重が終夜にのしかかる。その際、獅子の前足が終夜の左腕を押し潰した。



「がぁぁぁぁ!!!」



 何か固いモノが砕ける音が聞こえ、痛みで発狂しながら放電し続ける終夜。だが獅子にはその放電さえも通用していない。



「あらあら無様なことですね。先程までの威勢はどうされたのですか?」


「く、この程度……大したこと、ねぇっての……!」


「まだ喋る余裕があるのですね。いいでしょう、燃やしてしまいなさい」



 ウィズがそう指示を出すと、獅子は口を大きく開いて火の玉を吐く準備を始めた。左腕を前足で押さえられたままであり、逃げることは不可能だ。終夜は眼前で収束されようとする火を静かに見つめ、そして──




「はじ、けろッ!!」


『──ッ!!』



「なっ……!?」



 残された右手から放たれた"冥雷砲"は、瞬く間に獅子の頭を吹き飛ばす。激しく肉片が弾け飛び、その凄惨な様子にウィズは声一つ上げられなかった。



「どうして……? 貴方の電撃は効かないはずじゃ……」


「そりゃ、外側は……頑丈かもしれねぇけど、内側は……そういう訳じゃないだろ……?」


「くっ……! し、しかし、貴方の左腕はもう使い物になりません!」



 終夜は横目に見ると、そこには血がダラダラと垂れ流され、所々関節も正しい方向を向いていない無残な左腕の姿だった。獅子の体重が一気に乗っかれば、そりゃ人間の腕では耐えることなどできるはずがない。脳から指示を送ってみるが、もう指先一つ動きやしなかった。



「もう貴方に勝機はないのです! 大人しく諦め──」




 その瞬間だった。


 遠くの方から大きな地鳴りと、轟音が聞こえてきた。森がざわめき始め、終夜は後ろを振り返り、何事かと目を見張った。



「何ですの、今の魔力は……?」


「まさか、暁……?」



 困惑するウィズをよそに、終夜は考える。

 今のは"爆発"と捉えて相違ない。となると、爆発の正体の可能性があるのは蓮ただ1人。終夜は結論に苦笑いすると、再びウィズに向き直った。



「あいつも頑張ってんだ……部長の俺が負けるなんて、できねぇよ……!」


「ちょっと貴方、何をしているの?」


「……ふぅ。なに、ちと左腕を麻痺させただけだ。あれじゃ痛くて敵わねぇ」


「痛覚を麻痺させた……? なんて荒療治を」



 ウィズの言う通り、これはもはや治療ではない。時間さえあれば治癒魔術でもかけたが、戦闘中にそんな暇もなし。まして、戦闘はまだ続いているのだ。今はこうするのが最善策である。



「か、片腕だけで挑むなど、正気じゃない!」


「かもな。でも、生ある限り足掻くのが、人間の性ってもんよ」


「……っ!」



 終夜の破天荒な行動にウィズは焦りを見せる。しかし、隻腕なのも事実。ウィズは新たに魔法陣を展開すると、更なる召喚を試みた。



「"疾風を支配する悪魔に告ぐ。我が呼びかけに答え、現界せよ"」


『キエーッ!』



 現れたのは、天狗に似ている悪魔だった。しかし、黒い翼と鳥の頭を見る限り、"烏天狗"なるものに近い。獅子とは打って変わって和風の白い装束を身にまとい、右手に天狗の代名詞とも呼べる団扇を持っていた。

 烏天狗は空高く舞い上がり、終夜たちを俯瞰している。



「今度は鳥かよ……!」


「得意の雷で落としてみたら如何です?」


「言われなくても! "黒雷鳴"!」



 黒雲がなくとも簡易的に雷を落とせるのが終夜の能力(アビリティ)。威力は本物に劣るが、速さはさほど変わらない。だから避けるのは困難なはずなのだが──



『クワッ』


「マジかよ」



 空中とは思えない機動力で烏天狗は雷を躱す。もう幾つか放ってみたが、結果は変わらない。烏天狗は宙を円を描くように旋回し、終夜を蔑んでいるように見えた。



「やれやれ……こうなったらやるしかねぇか」



 紫色の空と紅い月を仰ぎ、終夜は大きく深呼吸をする。

 左腕が負傷して使い物にならない。加えて、ウィズの召喚魔術はほぼ永久機関。このまま戦い続ければ、終夜の敗北は明々白々。


 だからこうなったら──"切り札"を切る他ない。




「"夜雷"──解放」



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