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第57話『適応』

 ただいまは朝のホームルームの時間。普段通りであれば幾分かは賑やかなのだが、今日に至っては教室が静寂に席巻されている。


 全員の視線は、教卓の横に立つ1人の少女に集まっていた。



「三浦 結月です。よろしくお願いします!」



 元気よくそう自己紹介するのは、銀髪をたなびかせ、蒼い目を輝かせる、三浦家居候こと結月だった。


 もちろん、その容姿を見て驚かない人は誰1人居らず……



「え、ヤバくね!?」

「髪染めてるの?!」

「可愛い!」

「当たりじゃねぇか!!」

「ちょっと待って、三浦って苗字なの?」

「それって学級委員と同じじゃ……」



 騒ぎ立てるクラス一同。あちこちから、結月への賞賛の嵐が飛んでくる。それにはさすがに、結月も照れた様子を見せていた。



「はい、皆静かに。話すのは後からにして下さい。彼女は今、三浦君の家にホームステイという形で住んでいます。日本語の書き取りを勉強中とのことですので、是非教えてあげては如何でしょうか」


「「「はーい!」」」


「いい返事です。それでは三浦さんは三浦君の後ろの席に……と、ややこしいですね。ははは」



 山本の笑いにクラスも笑いに包まれる。

 結月も一緒に笑っているのを見て、安心した晴登だった。


 その後、結月は教卓の横から、晴登の後ろに用意された机に移動する。



「呼び方はおいおい考えていきましょうか。さて、今日の1日の予定ですが──」



 山本が話を始めても、興奮冷めやらぬ、まだクラスは結月を見てソワソワしている。これには山本も、やれやれと微笑んでいた。







「ちょっと晴登、私聞いてないんだけど!」



 休み時間に入って早々、晴登の後ろが騒がしくなる中、1人の女子が晴登に声をかけた。幼なじみである莉奈だ。



「いや、言ってないからな……」


「普通言うでしょ。しかもこんな可愛い娘」


「色々あってな……」



 確かに色々あった。人生で九死に一生を得たランキングトップ3には入るくらいには色々なことがあった。言えなかったのは、言えないし言いたくないという都合に過ぎないのだが。



「それにしても、ホームステイって割には日本語上手だな、あの娘」



 続いて声をかけてきたのは大地。彼は素直に驚いているようだ。無理もないだろう。

 そもそも、設定が無理やりすぎたのだ。元より結月は、日本語しか話せないのだから。



「それにしても、苗字が被るって不思議ね」


「しかも同居とか。偶然にも程があるぜ」


「そ、そうだな……」



 ……言えない。晴登が身勝手に詐称したものだなんて言えない。わざわざ苗字を考えるくらいなら、と思って軽く付けてしまったのだ。

 正直、問われると答えに困る。


 そんなはぐらかす晴登の様子を見て、2人はやれやれと言及を諦めて、後ろの野次馬に混ざった。




「……まるで柊が来た時みたいだな」


「あ、暁君。確かにそうだね」


「ケモ耳の次は銀髪……キャラが濃ゆいな」


「あはは……」



 さらに、蓮にも声をかけられる。彼もまた、結月の容姿に驚きを隠せない1人だった。

 確かに狐太郎の時も目立ったが、結月もまた同じくらい目立っている。



「波乱の予感しかしないぜ……」



 彼は面倒くさがるように呟いていた。同調するように、晴登も苦笑い。



「ねぇハルト!」


「何だ?」



 最後に声をかけてきたのは、話題の中心である結月。

 彼女の表情は生き生きとしており、一体何を言うのかと晴登は問う。



「学校ってさ、楽しいね!」



 満面の笑みで彼女は言った。晴登は思わず笑みを零す。


 なんだ、そんなことか。それは当たり前だ。友達と一緒に話したり、遊んだりするのは楽しい。

 この世界に慣れさせるため、と急遽転入させた訳だが、失敗ではなかったらしい。まさに御の字。



「──気になったけどさ、2人は一緒に住んでるんでしょ? 随分と仲良さそうだし、もしかしてそういう関係だったりするの?」


「……っ!」



 結月の発言で気を許した直後、避けては通れないと考えていた関門が立ちはだかる。

 そういう関係とは言わずもがな、恋人同士という意味だろう。晴登自身はそうではないと否定するが、生憎結月は……



「結月ちゃんは三浦君のことどう思ってるの?」


「え、大好きだけど?」



「……あ」



 この後、クラスが騒然となったのは言うまでもない。







「なぁ結月、もう少し自重してくれてもいいんじゃないか?」


「どうして? ボクは事実を言っただけなのに」


「その気持ちは嬉しいけどさ、その……人前では控えようというか」



 廊下を一緒に歩きながら、晴登は結月に告げた。


 現在は昼休み真っ只中。結月に学校案内をしようということで教室を出て……というのは建前であり、クラスから一刻も早く逃げ出したかったというのが本音である。

 実は、先ほどの騒動は依然終わりを見せておらず、皆が結月や晴登を質問攻めにしていたのだ。とてもだが、対応はできない。



「今ごろ捜されてそうで怖いんだけど。明日から学校行きにくいじゃん……」



 好奇心とは人間の性。だから、彼らがクラスメートの情事を追い求めるのも仕方のないことだ。

 しかし、追われる方にとっては迷惑なことであるということを忘れてはいけない。


 せめて、昼休みいっぱいは逃げ切らなければ……!



「よう三浦」


「フラグの力って凄い」



 前方から声をかけてきたのは、魔術部部長こと黒木 終夜。狙われていた訳でもなく、ただのエンカウントだろう。運が悪い。



「ん? 三浦、まさか隣の娘って……」


「はい。この前話した結月です」


「あ〜なるほど。生で見ると予想以上にファンタジーな見た目してるな」



 結月は銀髪蒼眼という、外人顔負けの容姿。言わずもがな、廊下を歩いているだけで人の目を引いていた。

 事前に知らせていた部長でさえ、驚きの表情を隠せずにいる。



「ハルト、この人は……?」


「確か話したよな? この人が部長だ」


「え!? じゃあアナタが、ハルトに魔法を教えた人ですか?!」


「ん!? ま、まぁそうだな……!」



 結月が興味津々な様子で、終夜に詰め寄る。予想外の出来事に、晴登は驚くしかない。



「ぜひ、ボクにも魔法を教えてください!」


「わかった! わかったから静かにしてくれ!」



 憚らなくてはいけない内容なのに、周りに聞こえるほどの大きな声で話す結月を、たまらず終夜は制止する。

 何だ何だといった様子の聴衆だが、詳しくは聞こえてないようだった。危ない危ない。



「よし。だったら放課後、三浦と一緒に魔術室に来い」


「ボクもミウラですが──」


「すいません部長。詳しい事は後で話します」


「お、おう、わかった」



 話がややこしくなりそうだから、晴登はひとまず退散を図る。


 どうにも今日は休めそうにないな……。







「「こんにちは」」


「よし、来たな」



 放課後、魔術室を訪れた晴登と結月を、終夜は出迎えた。部室にはもう全員が揃っている。


 とりあえず、晴登は粗方の話を済ませた。



「……見れば見るほど不思議な娘ね。そして可愛い」



 今発言したのは、魔術部副部長である辻 緋翼。

 未だに目を疑っているのか、時折目を擦る仕草を見せる。



「んじゃま、早速測定といきますか」



 部長はそう言って、魔術測定器を用意し始める。見るのはこれで3度目だ。相も変わらず地球儀の様なフォルムをしている。


 魔術を教えるなら、まずは素質があるかを確かめるのが鉄則。



「ほいじゃ、ここに手を……」



 慣れた口調で終夜は説明していく。使う機会は少ないはずなのになぜだろうかと思うが、黙っておくことにした。



 数十秒の静寂。機械音が虚しく響いていく。



 ──突如、青い光が放たれた。魔術の素質を感知した証拠だ。結月には当然あると思っていたから、驚くことはない。




「……よし。それじゃあドキドキの結果発表と参りますか」



 結月の魔法のことは既に皆に知らせてある。後はそれがどのようなモノかを調べるだけなのだ。



「はーい結果は如何に……って、は!?」



 突如、部長が叫ぶ。どうやら、結月の結果に驚いているようだ。やはり、魔法の本場である異世界産だから、何かしら凄いのだろうか。



「三浦 結月、スキル名【白鬼】、ランクA……!?」


「「「えぇっ!?」」」



 結月以外の全ての部員が、驚きの声を上げた。

 それもそのはず、ランクAの魔術師というのは日本中でも数えられるほどしかいないからだ。


 当の結月はその凄さがわかっておらず、ただただ首を傾げていた。



「魔術教えてどころか、教えて欲しいくらいだ……」


「三浦、アンタ凄い娘連れてきたわね」


「は、はい……」



 鬼族とはいえランクAというのは、正直予想外。普通に考えて、晴登よりも数倍強い能力(アビリティ)だ。

 とはいえ、異世界であまり凄さを感じなかったのは、結月の求める通り、練度が足りないからなのだろう。



「……あ、そうだ。せっかくのランクAなんだ。どうだ、魔術部に入らないか?」


「え?」



 ここぞとばかりの唐突な部長の勧誘に、結月は目を丸くする。何を言っているのか理解できていない表情だ。

 もっとも、部活についての説明を微塵も結月にしていない訳なのだが。


 少し説明をしないと……



「結月、部活っていうのはな──」


「ハルトは所属してるの?」


「……え?」


「マジュツブっていうのに」


「う、うん」


「ならボクも入る」


「即決!?」



 自覚したくはないが、またも晴登の影響力だろう。余りの早さに、部長らも驚きを隠しきれていない。


 魔術部は『怪しい部活ランキング』で、間違いなくトップ3には入る。そんな部活に即決で入るのは、命知らずと言っても過言ではない。



「晴登と一緒なら、ボクはどこでもいいよ」


「だから、そういうのを自重しろって……」



「(……結構重症ね)」


「(三浦のどこに惹かれたのか詳しく訊きたい)」



 なんやかんやで謎が深まる魔術部に、新たに1人の部員が加わった。







「さて……困った」


「何が?」



 帰路の途中、晴登はため息をついた。心配になった結月は理由を問う。



「呑気でいいな。入学した以上、結月もテストを受けなきゃいけないんだぞ?」


「そもそもテストって何?」


「あ、そこからか……」



 晴登は結月に軽く説明を行う。彼女は頷いて話を聞いていたが、あることが引っ掛かったようで……



「ボク、言葉を覚えたのはいいけど、それ以外は何もわからないよ?」


「あ……確かに」



 ここに来て重大な事実が発覚。要は、国語は覚えたけど、数学とか理科はわかんないって話だ。



「テスト受けさせない、っていうのは無理な気がするな。結月の事情を知ってるのは魔術部だけだし」


「ううん、ボク頑張って勉強するよ!」


「え?」


「書き取りだってすぐ覚えたし、きっと大丈夫!」



 結月の早期習得には目を見張るものがあったが、さすがに勉強を一から始めるのは無理があるのではないだろうか。


 ……ということを晴登は危惧したが、口には出さなかった。彼女がやる気でいるのに、わざわざその気を削ぐつもりはない。絶対無理、とは言い切れない訳だし。



「わかった。じゃあまた勉強しないとな」


「うん!」



 いつものように、結月は爽やかな笑顔を浮かべる。それを見て、晴登はまたも安心した。

 結月の笑顔には、どうしても逆らえない。



「よし、家帰っても勉強頑張るぞ!」


「おー!」


「じゃあ家まで競走だ!」


「負けないよー!」



 和気あいあいと2人は帰る。忙しかったけど、今日も楽しかった。


 明日もこうして、楽しく過ごせたらいいな。




「ゴール!」


「足速いなおい!」

 

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