第4話『スタート』
時刻は午前9時30分。
俺は教室の一番後ろの窓際の席に座り、窓からの風を顔で感じていた。いわゆる、特等席である。
俺のクラス『1ー1』は、新入生30人の教室であり、男女の人数比は半々。今は友達作りで、何かと盛り上がっているようだ。
……主に、俺の周辺で。
「ねぇねぇ、三浦君ってどこ小から来たの?」
「というか何であんなことになっちゃったの?」
「何かしたの?」
クラスの大半の女子に質問攻めに遭う。もちろん好意からではなく、ただの興味本意ということは俺にもわかる。
傍から見れば、たくさんの女子が一人の男子を取り囲んでいるという、男子は羨ましがるような光景なんだろうが、俺からすれば地獄みたいなものだ。
なんせ、俺のようなコミュ障にとって、そもそも人に話しかけるのはまず無理。なら、話しかけられるのは良いのか?と言うと、それは状況に寄る。ちなみに、今の俺の状況は“無理”の方だ。
よって俺は、恥ずかしいというよりも、ただただ挙動不審になっていた。
「まぁ色々ね……」
結局、俺の口から出てくるのは適当な誤魔化しと愛想笑い。
なぜこんな目に遭うハメになったかと言うと、話は1時間前に遡る──
*
バン
勢い良く体育館の扉を開けた俺だったが、得意気だった気持ちが一変、たくさんの視線を感じて羞恥が込み上げてくる。
そうだった。ここは入学式の会場だ。そりゃ当然新入生たちも保護者たちもたくさんいる。そんな中、いきなり扉をバンと開けたならば、当然皆の注目を集めてしまう。
あまりの恥ずかしさに、顔をうつむかせながらその場に立ち尽くす俺。一体何と説明すればいいのだろう。「入学試験とか言われて、体育館を探してました」なんておマヌケな話、誰が信じるというのか。
終わった、俺の中学校生活。さらば友達。さらば青春……
すると、目の前にすっと手が伸びてきた。
反射的に顔を上げると、最初会った時の様な穏やかな顔をする、山本の姿があった。
「よく頑張ったね。おかえり」
その山本の声と同時に新入生達の盛大な拍手が、俺に向けられた。
「えっ? えっ?」
相も変わらず状況が読めない俺は、マヌケな声を出して戸惑う。
「ふふふ」
そんな俺に対して、山本が穏やかに笑う。しかし、それが逆に怖い。
なぜ?
ツッコミどころが多すぎて、俺の思考は早くも停止した。
「説明が必要かな?」
「はい……」
山本の問いに、俺は声を絞り出して答える。
そしてこの後に聞いた山本の話は、とても突飛な話だった。
まず、俺は監視をされていた。山本に、ではなく、ここにいる人全員から。体育館前方にスクリーンが用意されていて、それで俺はモニタリングされていたようだ。一体どこから撮っていたのだろうか。
そしてそれまでの経緯。
なんとこの学校では、毎年新入生を俺の様にどこかの教室に配置し、今みたいな試験をさせるそうだ。
深い理由は無いらしい。強いて言えば、新入生への学校案内と余興だろう。しかも、間に合わなくても入学取り消しはしないらしい。もうなんか虚しい気分になってくる。
選ばれた人は全員、こんなナーバスな気持ちになっていくのか……。
*
──と、こういうことだ。
だから普通に考えて、クラスの女子は興味本意で俺に寄っているとわかるのだ。
てかどうしよ。やっぱ最初が肝心とか言うから、この機会に話しかけてみようか。でも、なんか恥ずかしいというか……。
ここまで考えた俺に救世主が現れる。
「皆さん、席に着いて下さい」
聞き慣れた優しい声が、教室のドアから入ってくる。
クラス発表で聞いた時は偶然で驚いたが、これは俺の運命というやつかもしれない。
俺のクラス『1ー1』の担任は、あの山本先生だ。
「ではホームルームを始めます。あぁまだ起立しなくていいですよ。挨拶は明日からします。とりあえず連絡事項を伝えますね」
最初のホームルーム……てことはやっぱりアレが有るのか……。
「まぁその前に、皆でそれぞれ自己紹介をしましょうか」
山本が優しく笑う。俺はその笑顔に優しさなんて感じない。あれは悪魔の笑みだ。
やっぱり出ました自己紹介。俺はこの時間が一番苦手なのだ。
だが幸い、俺の出席番号は後ろの方なので考える時間はある……いや待て。俺の出席番号って30番じゃん。最後じゃん。プレッシャーかかるやつじゃん。
さらに俺は今、既に注目されている身である。半端な自己紹介をすれば、余計に目立って恥をかくだけだ。そんなの耐えられない。
と、とりあえず、普通の自己紹介だ、普通の。うん。
「じゃあ次は三浦君」
「はい……え!?」
突然の指名に俺は驚きを隠せない。だが周りの様子を見て、納得した。
「君の番だよ」
「ですよね~」
早い早い早い早い! 早すぎる!
俺が考えてる間にもう順番が回ってきたと言うのか!?
なんか、何か考えねぇと! えっとえっと……。
「み、三浦……晴登です。えっと、その……よろしく、お願いしましゅ……」
シーーーン……
つっかえまくった~! そして噛んだ〜! 止めてこの沈黙! 穴があったら潜りたい!
マジで皆引いてないよな?
不安気に辺りを見回した俺に向けられたのは、他の人の自己紹介の時にも送られた、拍手。
失敗、ではないな。成功とも呼べないが。
何で自己紹介でこんなに疲れなきゃならないんだよ……。
「はは。三浦君、緊張しすぎだよ」
山本が笑いながらそう言った。やっぱ悪魔だろこの人。人の恥態を抉りやがって。
だが次の山本の言葉で、俺の偏見は脆くも崩れ去った。
「もう少し気を楽にしてごらんよ。君のことを誰も『変な奴』だなんて思っていないのだから。君は『クラスメート』。自信を持っていましょう」
その言葉に、俺は唖然とした。当たり前のことなのに、今まで考えたこともなかった。
俺の目線は山本に釘付けとなった。先程まで悪魔と思っていた人から聴こえてきた天使の囁き。
山本の『格言』が俺の心へと突き刺さった。そうか、そうだったのか……。
恥ずかしいだなんて、ただ俺が思っていただけなんだ。他の人は俺を『クラスメート』と思っていただけなのに。俺はそれがわからなかったんだ。
俺は何を恥じたんだ? 恥ずかしい事でもしたか? 違うな。俺は自分の勝手な妄想に閉じ籠っていただけなんだ。現実から目を逸らして……。
「何だこの人……」
俺は山本という人がより一層わからなくなった。
ある時は憎まれ、ある時は敬われ、一言で人を変える。
何だか不思議な力を持っているかのようだ。
「私は山本。このクラスの担任で、この学年の主任でもある。よろしくね」
「「「よろしくお願いします!!」」」
クラス全員の声が、シンクロするように被る。もう慣れたという証拠だな。
「さて、自己紹介も終わったので連絡を始めますよ。1つ目は──明日のテストについてです」
「明日!?」
自己紹介が終わりホッとしたのも束の間、山本による連絡は俺たちを奈落へと突き落とした。