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第39話『視える』

 

「あ、動いた」



 そのラグナの言葉を皮切りに、晴登の異世界初イベントは終わりを告げた。少々名残惜しい気持ちになり、もう少しやりたいという衝動に駆られるのは、恐らく、小1時間で作業が終わったことが原因だろう。

 誰1人腕時計の直し方を知らなかったというのに、ラグナが自分の経験からそれを編み出してしまった。

 よって、難航するはずだった作業が順調に進んだのだ。



「直ったってことでいいんですか?」


「たぶん大丈夫だろ」



 晴登の問いに対してラグナは、腕時計を回転させながら舐め回すように眺め、結論を出した。

 その言葉を聞き、晴登とユヅキは揃って安堵の表情をする。

 いくらイベントをもう少し楽しみたかったとはいえ、腕時計が直らなかったら元も子もない。まずは直ったことを、素直に喜ぶべきなのだ。



「にしても、これじゃあ明後日までって期間が無駄じゃないですか? もうちょっと改造とか……」


「下手に弄ると、それこそおじゃんだ。……そうだ。だったら、お前たちで届けてきたらどうよ?」



 手を叩き、良い考えだろとでも言うように、ラグナは案を出す。

 その考えに2人は賛成した。だが、



「確かに1時間くらいしか経ってないから捜せば……って、王都じゃ無理がありませんか?」


「それに顔は覚えてても、名前は知りませんよ?」



 様々な問題が立ち塞がる。デパートで人を探すよりもきっと大変だろう。

 その問題を羅列すると、ラグナは髭を触りながら考えて、そして言った。



「そうか、よく考えたらそうなるわな。じゃあさっきの提案無しで。あと、お前たちはもう帰っていいぞ」


「「え!?」」



 突然の展開に、たまらず2人は声を荒げる。

 チラリと横目で商品の時計を見ると、針は偽ることをせずにしっかりと10時を示していた。



「まだ早くないですか?! ホワイト企業もいいとこですよ!?」


「ほわいと企業が何かは知らんが、元々この腕時計が直ったらお前らを帰そうと思ってたんだ。だから仕方ねぇ」


「だからって……。それに、この時間はまだボクのいつもの出勤時間と少ししか変わりませんよ?」


「いいじゃねぇか、早く帰れて。後は2人で仲良くしてな」



 そう言われても、仕事を早々に切り上げるなんて2人はできなかった。

 だが、どうにか続けられないか反論を掲げてみるも、全てラグナにへし折られてしまう。



「店長命令だ。諦めるんだな」


「「う……」」



 その言葉を最後に、2人は渋々店を出た。







「いくらなんでも、あの物言いは酷いんじゃない? ラグナさんにとっても、俺たちがいる方がプラスだと思うんだけど」


「何か考えがあるようには見えなかったから……気まぐれって感じかな?」



 学校から早く帰れると喜ぶのが現代の子供。

 しかし、初めての職業体験で早く帰されるのは気にくわないのが晴登だった。


 場所は、時間に比例していっそう賑やかさを増す大通り。ラグナの店から出た2人は、先程のラグナの物言いについて考えていた。

 晴登は、何かしら裏があるのかとユヅキに訊いてみたが、長く付き合いのあるユヅキでも特に感じるものはないと言われ、疑問は謎を深める一方である。


 すると彼女は「あ」と一言洩らすと晴登を見て、



「もしかしたら、さっきお客が来たから今日はもう来ないと思ったのかも──」


「店の評価酷くない!?」



 その言葉が戯言と分かった瞬間、晴登は鋭いツッコミを入れる。

 ユヅキはそれを受けると、わざとらしく舌を出して「ごめんごめん」と軽い謝罪をした。



「でさ、これからどうする?」


「上手く誤魔化された気がするけど……そうだね。仕事が終わっちゃうと、正直やることなくなっちゃうな」



 2人は首をかしげ、新たな議題について考える。

 『ラグナの店で働く』というアクションが終わった以上、この後に残るは『暇』という怠惰のみ。せっかくの異世界非日常イベントのチャンスを、棒に振るのだけは勘弁だ。



「となると、自分でイベント起こすしかやることないな」


「いべんと? ハルト、何の話?」


「いやいやこっちの話。そうだな……じゃあ王都探険でもしない?」


「探険?」



 晴登の提案に、ユヅキは更に首をかしげて応対。彼女の頭には疑問符が浮かんでいる。



「そう探険。こんなに広いんだから、やりがいがあると思うよ」


「ボクにとっては今さらって感じだけど……でも確かに行ったことがない所もあるしなぁ」


「じゃあいいじゃん。行こうよ!」



 身を乗り出してユヅキに迫る晴登。その目はいつにもなくキラキラとしている。そう、晴登も男の子だ。探検と聞くだけで、心が躍るお年頃なのである。

 そんなうきうきな様子の彼を見て、ユヅキは断る訳にもいかない。



「まぁハルトが行きたいっていうなら、付き合わなくはないかな、うん」


「ありがとう、ユヅキ!」



 ユヅキの優しさもだが、自分の意外な幼稚さに改めて気づかされた瞬間だった。







「と言っても、結局はユヅキの買い物に付き合わされただけという」


「そんな人聞きの悪いこと言わないでよ! ハルトが探険だって言うから、わざわざ色んな店に……」


「いやまず、店を回ることが確定事項の時点でおかしい!」


「だって夕食の食材がないもん」


「そりゃ仕方ない。ごめん」



 さっきの決断から早2時間。『王都横断店巡り』は、ようやく終わりを見せていた。

 公園らしき所のベンチに2人で腰掛け、だらしなく腕や脚を投げやっている晴登は、疲れを隠すことなく晒す。


 晴登自身はこの探険に満足はしていない。せっかくの探険チャンスなのに、店巡りという退屈な行事に付き合わされたのだから。

 もっとも、夕食の食材がないと言われればそれまでだ。居候という身でワガママは言えない。


 だが、まずは1つ言うことがある。



「そろそろ昼食だけど……どうする?」


「う〜ん、ここは王都なんだし、久しぶりに外食にしようかな。お金だって残ってるから……いいよね? ハルト」


「もちろん。家に戻ったとしてもやることないからね。どうせなら、今日1日は王都に居ようよ」


「うん!」



 晴登の提案をユヅキは快く承諾。

 その素直さに笑みで返し、2人は立ち上がり歩き始めた。行き先はユヅキがもう決めているようで、歩みに迷いは感じられなかった。






「──着いたよハルト」


「ファミレスだと……? 異世界にもこんな物が……?」


「何言ってるのかわかんないけど、行くよ?」


「あ、うん」



 ユヅキに案内されて着いた場所──そこは、現実世界でも外食といえばよくお世話になる、ファミレスが在った。

 見た目だって、知ってる物とさほど違いを感じられない。こんな異世界の風景にすっかり溶け込めるとは、ファミレスの外装恐るべし。


 ユヅキについて中に入ると、それはもう見慣れた光景が広がっていた。

 内装はもしかしたら違うのではと思ったのだが、外も中も晴登の知るファミレスまんまである。



「ここまで似てると、かえって怖いな……」


「さっきから何に驚いてるの? そんなにハルトの故郷じゃ見られない物がある?」


「いや、むしろその真逆なんだけど……」



 晴登の感情がイマイチ読めないユヅキは、首を傾げる。

 だがそんなことを気にも留めない晴登は、店員に案内されて空いている席に座った。



「昼時なのに空いてるとは……これはラッキー」


「ねぇ、注文はどうする?」



 ユヅキの問いに、晴登は唸りで返す。

 目の前のメニュー表のパラリと捲って見てみると、なんとそこにも現実世界で見慣れた料理の写真がズラリ……



 ──という訳にはいかなかった。



「おぉ良かった。さすがにここまで一緒じゃなかったか」


「何か決めた?」


「あーちょっと待って」



 ユヅキの催促に制止をかけ、すぐにメニューを決めに取り掛かる。

 巡りめぐってこれもまた絶好のチャンス。異世界の料理はまだユヅキの作ったものしか食べたことがないから、こんな店で出される物がとても気になる。



「じゃあこれにしようかな」


「え、それでいいの? 遠慮しなくていいよ」


「いや、これでいいよ」



 晴登が選んだのは、ハンバーグに似た何か。値段が他に比べて安いというのもあり、迷わず選んだ。

 ちなみに……



「まぁ、文字が一切読めないってのは内緒事項だな」


「何か言った?」


「いや、何も!」



 晴登はまた1つ、異世界での深刻な問題に気づく。

 それは、言語は日本語で通じるという奇跡は起きたが、文字はそうはいかないということだ。メニュー表なんて、もはや絵のついた暗号文でしかない。

 ただ偶然にも、数字だけは見慣れたものと似ていたので、値段らしき部分は辛うじて読み取れた……はず。



「まぁ文字なんて読めなくても、会話ができりゃ何とかなるか」



 その結論に至り、ひとまず安心。コミュ障? そんなの知らん。


 さて、ユヅキはもうメニューを決めているようで、いよいよ頼もうとした、その時だった。



「あれ、君たちはさっきの……」


「「え?」」



 不意に投げかけられた声。それはどう考えても、こちらに向けられたものだった。反射的に振り向くと、そこには容姿端麗の男性が立っている。

 そしてその顔には見覚えが──



「時計屋に来た人……ですよね?」


「そうだよ。良かった、やっぱりさっきの子達か」



 晴登が確認の意で問うと、彼はそれに肯定で答える。その表情には安堵が見え、綺麗な顔立ちをより一層引き立てていた。


 しかし、その反応には些か疑問も……



「あれ。何で俺たちを知ってるんですか?」



 晴登らはこの男性と話した訳ではない。ずっと店の奥から、覗くようにラグナとの会話を聞いていただけなのだ。

 それにも拘らず、彼は自分らを知ったように話した。どういうことだろう。



「おっと、これは失礼。僕には君たちの姿が視えていたものでね。この眼のお陰で」


「眼?」



 男性はいつの間にか、晴登たちが座るテーブルに一緒に座っていた。

 それにしても、彼の話はおかしなものだ。隠れていたのに見えたとは、一体どんな原理だろうか。

 晴登がそこを追及しようとすると、それより先にユヅキが口を開く。



「もしかして……魔眼ですか?」


「その通り。僕の魔眼は『相手の魔力を視る』というものだ。自分以外の人間の、体内の魔力の流れを見ることができる」


「ま、魔眼? 視る? えぇ??」



 新出単語の出現で、早くも頭が混乱する晴登。

 その様子を見たユヅキが、すかさず説明をくれた。



「えっと魔眼っていうのは、その……魔力を持った眼のことだよ。色々な種類があって、それぞれ便利な力を持ってるの」


「付け加えると、その種類は生まれた時からもつ先天的な型と、自分の力で眼に魔法を付与する後天的な型の2つに大別される。ちなみに僕のは前者だよ」


「丁寧にすいません……」



 男性も加わったその説明は、素人でも十分理解できるほどわかりやすかった。

 もっとも、それ以前に魔術やら魔法やらの存在を知らなければ、理解は苦しむだろうが。



「さて。君たちに話しかけたのは他でもない。少しばかり、気になったものでね。君たちは普通に魔法を使えるだろう?」


「は、はい」


「君たちのような歳で魔法が使えるのは極めて珍しい。そのことについて、色々と聞かせてはくれないか?」


「はぁ……」



 男性は興味津々といった様子で、晴登らにそう訊く。

 なるほど。話を聞く限り、子供で魔法を使えるのは本当に珍しいようだ。

 ちなみにここで、「どうして魔法を使えることを知ってるのか」という質問が頭に浮かんだが、彼の魔眼は魔力を視ることができるようなので、それで知ったのだと結論づけた。


 それにしてもこの訊かれ方では、正直何を答えればいいのかわからない。もう少し、質問の内容を絞って貰わないと。



「……質問が難しかったようだね。だったら、どうやって魔法を身に付けたのかだけ、教えてくれないか?」


「あ、はい」



 難しい、という感情を露骨に表情に出していたら、男性が察してくれる。

 これなら答えることはできそうだ。



「じゃあ俺から。俺が魔法を使えるようになったのは──」







 時間は30分ほど過ぎ、男性を交えたランチタイムはいよいよ終わりを迎える。

 彼は自分が何か話す訳ではなく、ただただ晴登達の話を一心に聞いているだけだった。



「うん、中々興味深い話だったよ。ありがとう」


「いえいえそんな」



 そろそろ帰ろうかな、という意図が言外で伝わってくる発言。

 本当に興味深いものだったかと思うと少し疑問だが、喜んでいるようなのでそこはスルーする。



「話を聞かせてくれたお礼といってはなんだが、この昼食は僕が奢るよ?」


「いやいや! 気持ちだけで充分です!」



 月並みなパターンに入られたので急いで断る。

 話を聞かせてくれたお礼だなんて、奢るに値しない軽さだ。それなのに奢るというのは、人が良すぎるというものである。



「そうかい? 僕としてはそこまで負担じゃないけど……でもまぁ、無理強いする必要はないかもね。じゃあ、今日はありがとう」


「はい……」



 一方的な感謝に言葉が詰まる。

 それはユヅキも同感なようで、男性が店から姿を消した瞬間に晴登に話しかけた。



「変な人だったね」


「そう……だね」


「そういえば、ハルトの話を横から聞いてたけどさ……凄いね」


「え、何が?」


「だって、ハルトの周りの人もみーんな魔法を使えるんでしょ? それってかなり凄いよ?」


「んん……よくわかんないな」



 ユヅキの言葉に首をかしげながら応答。元の世界とこの世界での価値観の違いは、こういう所からよくわかる。

 だから、晴登もユヅキに同じような感想を持っていた。



「ユヅキだってさ、もうずっと前から魔法を使えるって言ってたよね? それこそ凄いと思うけど」


「うん、まぁ周りよりかは……」


「それにこの王都から北にある大きな街に住んでたんだって? どんな所?」


「あんまり覚えてないかな……。けど、帰ろうとは思わないね」



 ユヅキの故郷が話題に上がると、晴登はそこに焦点を当てて話を続ける。以前も少し聞いたことはあるが、まだ詳しくは知らないのだ。



「帰らないって……親は心配しないの?」


「未だに連絡1つない時点で、そこまでの心配はしてないと思うよ」


「え、それって……」



 今の発言に晴登は絶句。

 ユヅキは楽観的に言っているが、今のはもしかすると別の意味を含んでいるのではないだろうか。

 「心配していない」。それはユヅキの強さを思ってのことなのか、それとも気にも留めていないということなのか。

 後者の場合、かなり残酷だと思うが……。



「大丈夫だよ。今はハルトもいるから」


「え……?」


「昨日言った通り、ボクには友達がいないからね。ハルトがいてくれてとても嬉しいよ」


「あ、いや……」



 真っ向からこうやって感謝をされると、照れてしまうのが晴登。それを堂々と素直に言ってのけるユヅキだから、晴登は目をそらして、



「……ありがとう」


「こちらこそ」



 照れ隠しに一言。

 その言葉に、ユヅキが笑顔で答えてくれたのは見なくともわかった。

 晴登は紅く染まった頬を掻きながら、「じゃあ出ようか」とユヅキに告げる。彼女はそれに応じて会計を手早く済ませると、ニッコリと晴登に微笑みかけながら一緒に店を出た。



 異世界生活2日目にして、晴登とユヅキの仲は深まっていった。







「氷の魔法に風の魔法か……。あんな子供がそんな有能な魔法を使えるとは、興味深い」



 そう独り言を呟くのは1人の男性。

 というのも、彼は先程昼食をとろうと店に寄った結果、見たことのある2人の子供に出会った。彼らからは魔力を視ることができ、まさかと思って話しかけたら予想通り。あんなに幼い子でも魔法を使えるのかと、その時はとても驚いた。

 しかも少年の方は、周りの人物もそんな境遇だという。



「こんな話ってあるんだなぁ」



 思い起こせば、何が興味深いのかなんて元より特に考えてはいないと気づく。ただ、不思議な話を聞いて面白がる自分がいるだけ。

 自己満足とはまさにこのことだ。



「少女の方も中々面白いね。あの歳よりずっと前から魔法を使えるなんて。しかも──」



 男性はそこで言葉を一度止めた。

 さっきの自分と彼女との会話に出てきた言葉を、頭の 中で反芻してみる。

 そして、恐らくの段階だがわかった事実に苦笑した。




「北の街出身で白髪で氷の魔法を操る──まさか、ね」




 彼の呟きは小さく、すぐに大通りの賑やかさに掻き消された。


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