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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜  作者: 波羅月
第1章  情熱の体育祭
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第28話『漁夫の利』


「うわ〜これスカッとするねぇ」


「がはっ……」


「え? あぁごめんごめん。痛かった? でもしょうがないよね。これは戦争なんだし」



 俺が腹を押さえながら痛みを堪えているのに対し、この女はそれを喜ぶかの様に気持ちの悪いくらいの笑みを浮かべていた。さすがにここまでされて黙っている程、俺は寛容な人間じゃない。彼女の拳は、俺の闘志に火をつけた。



「なら、こっちだって加減はしねぇぞ」


「いいよ、コテンパンに負かしてあげる」



 俺の宣戦布告に、彼女は余裕の態度だ。

 クソ、いくら女子相手といえど、こいつは俺より強い。それは今の拳でわかる。何か手はないのか……



「そっちが来ないならこっちから行くよ!」


「うぉっ!?」



 俺が策を講じていると、彼女はそうはさせまいと飛び蹴りをかましてくる。正面からの攻撃なので、俺は身をひねって辛うじて避けた。



「もう1発!」


「ぐはっ!」



 しかし、彼女は着地と同時に振り返りざまの蹴りを放つ。これにはさすがに反応できず、俺はまたもクリーンヒットしてしまった。無様に地面を転がり、冷たいコンクリートの床に這いつくばる。



「さて、こんなところかな。頭は良くても、運動ができないんじゃしょうがないよね」


「言って……くれるじゃねぇか……」



 彼女は腰に手を当ててこちらを見つめてくる。だが、俺にだってプライドがあるのだ。女子にボコられて負かされるなど、黒歴史でしかない。せめて相打ちに……



「へぇ〜まだ立つんだ。まぁ、これでへばってちゃつまらないもんね」


「はぁ……はぁ……」


「バテバテみたいだけど、こっちも手加減はできないから……次で決める」


「そりゃ……お互い様だぜ」



 彼女が構えをとると同時に、俺は右手に炎を灯す。ここで魔術解禁だ。

 彼女は突然の発火に驚く様子を見せたが、すぐに平静を取り戻す。適応力が高いのは厄介だな。



「どういうタネか知らないけど、見かけだましの炎じゃ私には勝てないよ」


「見かけだましかどうかは、その身で確かめるんだな!」



 さぁ、ここからが本番だ。







「うわぁぁぁ!!」



 目の前に倒れたのは白い柔道着を着た男子。

 中学生にしては立派な体躯ではあるが、それでも俺の電撃には無力だ。体格なんて関係なしに俺の電撃は対象の体を駆け巡り、麻痺させることができる。

 つまりゴム人間でもない限り、俺には勝てねぇんだよ。



「ざっと2チーム分はやったかな。時間は30分しか経ってないし……良い調子か?」



 さっきまでは色々計算しながらやってたが、そろそろ面倒になってくる。

 そもそも倒した数に関しては運営がカウントしてるから、数える必要はないんだけど。


 でもって、味方が倒れているかどうかは、俺にはわからない。そこら辺の伝達はされないらしいからな。まだ失格してないだろうな?



「?」



 そんなことを考えてると、不意に後ろから視線を感じる。振り向いて見てみたが、誰もそこには居らず、ただただ長ったらしい廊下が続いていた。



「おいおい……怪談とか勘弁してくれよ?」



 頬を冷や汗がつたり、声が震えた。

 別にそういうジャンルが苦手という訳ではないのだが、得意でもない。怖いものは怖いのだ。

 俺は嫌な予感がするのを胸を奥で感じながら、違う場所へと歩を進めた。







「おらっ!」


「ふっ!」



 俺の炎の拳を、彼女はビート板を盾にして受け止める。まだまだ余裕の表情だ。



「男子にしては力弱いね。晴登でももう少し強いと思うけど」


「弱くて悪かったな」



 彼女はビート板をヒラヒラとさせながら言う。

 くそ、どんだけ俺の拳は弱いんだ……。別に手加減とかはしてねぇんだけど……。



「これじゃ、ホントに見かけだましになっちゃうよ?」


「慌てんなよ。まだまだこれからだ」



 俺はすぐさま、右手の炎の火力を上げた。少し目眩がしてきたが、ここで退く訳にもいかない。もってくれ、俺の魔力……!







 大地とも別れ、新たに敵を探し始める俺。

 だが一向に人の気配を感じることができず、時間だけが刻々と過ぎていた。


 そんな時、俺の足はある所で止まる。



「理科室……」



 俺が立ち止まった場所は、校舎の2階にある理科室の扉の真ん前だった。窓は全て黒いカーテンによって遮られているから、外から中の様子を確認することはできない。

 しかし、なぜかよくわからないが、とてもここが気になる。なんか変な感じ……。


 いや待て。よく考えたら、ここはどこかの部活の部室のはずだ。もしかすると、誰かが潜んでいるかもしれない。

 危なかった。さすがに敵地に飛び込むような真似はしたくない。すぐにここから離れないと……。



 そう思った俺が理科室を離れようとした矢先、後ろから何かが俺の腕を掴んだ。



「誰っ!?」



 反射的に振り向いたが、時すでに遅し。口元にハンカチらしき物が当てられ、その後俺の意識は途絶えた。






 どうして私がこんな競技に参加しているのでしょうか。まぁ先輩方のほとんどが参加を拒否したから、1年である私に白羽の矢が立った訳なんですけど……。



「あんまり闘いとかしたくないですね……」



 私は平和主義。戦争なんてモノはこの世には必要ないと考えます。ケンカだって同じです。必要ありません。平和な世界だったら、誰もが安心して暮らせるのですから。

 えっと、「正当防衛」という言葉は……まぁ見逃しておきましょう。私は今そんな状況ですし。


 それにしても、この競技に参加するということなら、もう少し画期的な道具はなかったのでしょうか。確かに美術部に戦闘向きの道具があるかと言えばそうではないし、もしあったとしてもきっと使うのを拒みたくなるような物ばかりでしょう。危ない物だけは勘弁して欲しいです。



「魔術部……」



 私はふと、過去を思い出します。

 両親に連れられ行った温泉旅館。そしてそこで不思議な体験をしたことを。

 あの時、偶然にも出会った彼が身を挺して私を守ってくれたから、私は今ここに居る。感謝してもし切れません。

 そもそも私が原因で起きた事態だったのに、彼はさも自分が悪いかの様に私に謝りました。謝罪したかったのはこっちの方なのに。いつか彼には何か恩返しなければ──



「ん?」



 過去をゆっくりと振り返っていた私の目に、何やら険悪な景色が移りました。男子と女子の格闘。遠目ではそれしか確認できませんが。



「ケンカ……」



 私はそう感じると、すぐさまその場所へと向かったのでした。







 炎を拳に纏わせ、俺は眼前の女に殴りかかる。

 女を殴ることを批判してくる奴がいようと関係ない。今はこの拳に、俺の全てを乗せる。



「うぉらぁっ!」


「弱い弱い! 隙あり!」


「んぐ……!」



 しかし最大火力で放たれた炎のパンチは、いとも容易くビート板に防がれ、さらに俺の横腹にカウンターの回し蹴りが入る。咄嗟に身をひねったものの、間に合わずほとんど威力を殺せていない。おかげで、変なうめき声を上げてしまった。



「くっ……まだまだぁ!!」


「懲りないねぇ。それじゃ、もう一発お見舞いしてあげ──」



「2人ともストップ!!」



「「へ??」」



 不意に横から放たれたその声に、2人の動作はピタリと止まる。一体誰だ? どこかで聴いたような声だが……



「2人ともケンカはダメです。もっと穏便にしないと」



 そう言葉を続けていたのは、『清楚』という肩書きがよく似合いそうな美少女だった。

 しかし俺はその顔を見て、何かを思い出す。この女は確か……



「どうしたの? 優菜ちゃん」



 そうだ、戸部 優菜だ。この前のテストで、学年2位の成績の持ち主。でもって、俺らの合宿の時に偶然出会った人だ。


しかし、何の用なんだ? 『穏便に』って……?



「戦争反対。平和主義じゃないと」



 平和主義だ? どこぞの憲法みたいなこと言いやがって。

 そんなに言うなら、そもそも参加しなければいいのに。



「『平和』って言っても優菜ちゃん、これは勝負なんだよ? 避けられない事態だと思うんだけど……」



 この意見には賛成である。ケンカの様に見えるけど、この競技はそういうものなんだから、仕方のないことなのだ。穏便に、だなんて生ぬるいことを言っている場合ではない。



「それはわかっています。だからこそ、できるだけ穏便に済ますんですよ」


「穏便つったって、どうする気だよ?」



 俺は彼女にそう問う。穏便な戦闘なんて、思い当たる節がない。



「わかりませんか? 簡単ですよ……そう、ジャンケンです」


「「……」」



 それを聞いた俺らは唖然とする。

 勝手に乱入してきといて、ジャンケンをしろ、だ? 随分と甘ったれた言い分だ。

 ったく、誰がそんなルールに乗るか──



「よし乗った。これならすぐに終わるね」


「はぁ?!」



 俺は驚きの声を上げる。

 こいつのことだから、もっと戦闘を楽しんでくるかと思ったのだが……



「あなたは?」


「……」



 戸部に聞かれ、俺は戸惑う。

 しかし、彼女がこのルールを承諾した以上、俺も承諾しないと話が進まないだろう。ええいままよ!



「1回勝負だ」


「望むところ」



 彼女はニッコリとそう言うと、ジャンケンの構えに入る。俺も同じような構えをとった。



「「最初はグー、ジャンケン……」」



 引き受けてやった以上、この勝負は負けられん。

 パンチの欠けた勝負ではあるが、これで勝てば多少は気分も晴れるだろう。

 幸いにも、ジャンケンは運ゲーだ。これなら俺にも勝機がある。行くぞ!



「「「ポン!!」」」



 3人の声が揃い、3つの手が前に出される。

 俺がグーで、彼女もグー。そしてもう一つの手が……パー。



──ちょっと待て、3人!?



「優菜ちゃん!?」


「何でお前もやってんだよ!?」



 俺がそう言った相手は戸部。なぜかこいつもジャンケンに参加していたのだ。

 本来の目的である、俺と彼女の勝負を蔑ろにしやがった。一体どういうつもりで?



「ふふ、すぐにわかりますよ」



 彼女は不敵に笑った。

 すぐにわかるっつっても、お前がジャンケンに参加して何が変わるんだ、よ……



「おい、ちょっと待てよ……」



 俺は血の気が引いた。それはあることに気づいたからだ。

 ジャンケンの敗北。それはもしかして……



『暁 蓮、春風 莉奈。共に失格!』



 そんな審判の声がどこからか聞こえた。たぶん放送だろう。

 そうだ。確かルールには『勝敗は審判が判断する』って書かれてた。つまり、“ジャンケンの負け”だって、審判が失格を宣言するには十分な材料なんだよ。



「嘘だろそんなの……」


「え、え、何で私たちの出す手がわかったの?!」



 落胆する俺とは違い、彼女は驚きを露わにする。でも確かに、じゃんけんで1人が2人に勝つ確率は1/9、偶然にしてはできすぎである。



「簡単です。熱くなっている人はグーを出し易いんですよ」



 彼女は舌を出して、「してやった」と言わんばかりの表情で、そう言った。


 漁夫の利とは、まさにこのことだ。




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