第27話『素顔』
相手が鉄パイプを構え、私が刀を構えてどれだけの時間睨み合っているだろうか。お互いに出方を窺っているといったところだ。
私が持っているのが真剣ということもあり、仮面は少し躊躇っているのだろう。だが、いつ飛び込んでくるかわからないから油断はできない。
そもそも、私はこいつの正体を知らない。同級生か後輩か。その選択肢しかないのだが、やっぱ相手次第で出方は変わるというものだろう。
せめて、あの仮面を外せたら……
「!!」
「ちょっ!?」
仮面野郎(仮称)がいきなり鉄パイプを振ってくる。
突然すぎる行動ではあったが、辛うじて避けることはできた。
ていうか、何でいきなり振ってきたのかしら? 私が「仮面を取りたい」と思ったから?
テレパシーが使える訳じゃあるまいし、それはないか。でも今のは危なかった……。
「……!」
「随分容赦ないわね!」
鉄パイプだって相当な凶器だというのに、仮面野郎はそれをブンブンと振り回す。どう見ても正気の沙汰とは言えない。
一体何考えてんのこいつ!?
「……っ!」
「くっ!」
仕方なく私は刀で防ぐ。金属音が辺りに響く。
防ぐだけなら大丈夫だ。きっと怪我もしない……たぶん。
ていうか、ホント無口で不気味な奴だわコイツ。何部なんだろう? オカルト部とか?
魔術を使って脅してみるか……。
「!!」
私が右手にマッチでつけた位の焔をちらつかせると、瞬時に仮面野郎は後ろに後退するように避けた。危機察知が早いこと。
でもいい。これで一旦距離は取れた。後はあの仮面を如何にやって外すか……
「だったら力づくよ!」
「!!」
そう思うよりも早く、私は刀と焔を脅迫するかの様に構え、仮面野郎に特攻する。無論、奴は人間。ここまでされればビビるのが普通だ。
そしてその隙に仮面を斬るなり焼くなり──
「──って、え?」
そこまで考えていたところで、私の思考は急に停止する。なんと今まで目の前に居た標的が、忽然と姿を消したのだ。
どこに行ったかと思い、辺りを見回してみるも、視界に入るのは延々と続く廊下と教室のみ。奴の姿はどこにも無かった。
「瞬間移動!?」
こんな時にこういう発想に辿り着いてしまう自分が少し情けない。日々魔術に触れるせいか、思考までそっちに持ってかれているのだろう。
単純に考えろ。きっと、少し離れてはいるがあの教室の中だろう。そこ以外隠れられる場所はない。
私の足はその教室へと向かった。
カタッ
「!!」
不意に鳴ったその音に私は反応する。
音源は……真上。完全に死角である。
見上げると、蛍光灯に器用にしがみつく奴の姿があった。
「っ!!」
ガキィン
降り下ろすように奴が振った鉄パイプを、私はすぐさま刀を構えて受け止める。またも甲高い音が響いた。
その後仮面野郎は地面に下り、またしても私と距離を取った。
さて、ますますこいつの存在がわからなくなってきた。
身のこなし、スピード、次元を無視したフットワーク……まるで“獣”の様ではないか。
けど、そんな話はまずありえないし、こいつだって所詮は人間である。たまたま運動神経が常人の域を越えているだけだろう。ただ、剣術で闘うのだから、当然剣士として負ける訳にはいかない。
絶対に負かして正体を暴いてやる!
*
「いってーな晴登……」
「はぁはぁ……」
肩で息をして疲れきっている俺の前で、仰向けに倒れている大地が言った。こいつはもう戦闘不能ということでいいだろう。
「防ぐならまだしも、返してくるとはな……」
随分軽そうに話してはいるが、先程のダメージは尋常ではなかったはずである。
何と言っても、さっきこいつが放ったシュートを俺は風を使って反射し、そのボールが腹に直撃したのだ。
そう考えると、先程の自分の行動をかなり申し訳なく思う。
「わ、悪かったな大地……」
「いいさ、勝負なんだし。にしても、そのトリックはどうなってんだよ?」
俺は今のところ、大地や莉奈らに部活のことは話していない。というか隠している。だからこいつらは、俺が魔術部に入っていることさえ知らないのだ。
当然、魔術のことを伝える訳にもいかない。それは今後も変わらないだろう。俺はまだ隠し通さなきゃならないのだ。彼らと“友達”で居られるために。
「秘密。知りたいなら暴いてみな」
俺は余裕の表情で言った。
大地はそれを聞くと苦笑いを溢し、「めんどくせ」と一言呟く。深く詮索してくる様子はなさそうだ。
その後2人で笑い合い、俺の『勝利』でこの戦闘は幕を閉じた。
*
右、左、右、上、下、右……。
さっきから攻撃を避けることに徹しているが、どうやらコイツの剣術にパターンはない。というか闇雲に振っているように感じる。
つまり、こいつは剣術については素人。少なくとも、武道には精通していなそうだ。
「ふっ!」
「!!」
だからと言って、私が不意打ちとしてたまに刀を振るってやるのだが、これも当たらない。奴の反射神経が高いということだ。
仮面だけを斬るように加減はしているが、それでもこの反応速度は並ではない。一体何のスポーツをしているのか……。
──というように私は今までの間、仮面野郎の情報を探っていた。しかし出てくるのは的外れなモノばかり。真相には一向に近づかない。
ホントにこいつは誰なんだ。そもそも性別もわからないし。声を発してくれればいいのだが、それも無理そうだ。
「いっそ全部灰にしてやろうか……」
私は相手に聞こえないように小さく呟く。
実際、そうやった方が全て丸く収まるのだ。ホントにやってやりたい。
「ねぇあんた」
「?」
声をかけると、仮面野郎は無言で反応する。
全く、徹底して声を出さないわね。
「あーもうめんどっ!!」
「!?」
私は身体から、自分を覆いつくす程の大きな焔を出した。辺りは熱気に包まれ、火花が散る。もはや火事だ。
仮面野郎はその惨状を見ると、身の危険を感じてか後退りをする。
こうなったら……強制的に吐かせる。
私はその状態で奴に近づいた。もう考えることは放棄している。
奴はさらに後ろに下がった。仮面に隠れて表情は見えないが、きっと怯えていることだろう。そう思うと気分が良い。
まぁ実は、これにはさっき追いかけられたお返しの意味もあるんだけどね。同じ恐怖を味わって貰わないと。
私は刀を振り上げ、狙いを定めると……一気に降り下ろした。
目の前に残ったのは黒焦げになっているマント。そしてそこには、不気味な笑みを浮かべた仮面もあった。
だがどう見ても、人間の姿はない。それはつまり……
「随分可愛い奴ね、あんた」
「……」
私が向いた方向には、制服にパーカーを着るという珍しい格好をしている男子が居た。
焔に包まれたあの一瞬で、マントらを犠牲に逃げ出す。凄い身体能力と判断力だ。
整った中性的な顔。私よりは幼そうだが、でもどこか凛々しさもある男子。
何より驚いたのが、頭についている犬のような耳だった。趣味の飾り物かと思ったが、彼が動くに合わせ動くそれを見て、耳は本物なのだと気がつく。
「……」
しかも先程から彼はこの状態。ガクガクと震え、まるで何かに怯えているようだった。
まぁ理由には察しがつくけど。どんな過去かは知らないが、大変だったろうな……。
「ねぇあんた」
「……!!」
仮面を付けていないので、驚いた表情が丸わかりだった。もしかしなくても人が苦手なのかな、この子。だから仮面で隠してた……。
とりあえず私は、聞きたかったことを訊いてみる。
「あんたって何部なの?」
まずは所属。こればかりが気になって仕方なかった。
「帰宅部……ですけど」
は~帰宅部ね。はいはい、なるほど──
「帰宅部!?」
私は驚いて声を上げる。
無理もないだろう。なぜ部費を必要としない帰宅部が部活戦争に参加しているのか。
「な、何であんたは出てんの?!」
予想外の事態に焦る私。演劇部か何かと思っていた相手が、意味もなく参加する帰宅部だったのだ。誰だって“?”は浮かぶだろう。
問い詰めると、彼は怯えたまま口を開いた。
「そういうルール……なんです。『帰宅部は部活戦争で選手の邪魔をする』っていう……」
ルール? そんな話は聞いていない。私たちに公開されたルールにも、そんなことは書かれていなかったはずだ。私たちの部活だけ知らなかった、なんてことはないだろうが……。
「このことは、全部活には秘密なんです……。あくまで選手のフリをしないといけないんで……。でも、僕らは正式な参加者じゃないので、倒したところで何もないです……」
拙いがそこまで説明をされた所で、私は話をある程度理解した。
つまり、彼らは完全に“邪魔者”なのだ。彼らを倒しても部費は貰えないが、彼らに倒されたらそこで終了。出会ったとしたらデメリットしか存在しない、そんな役なのだ。
「じゃあ、今まであんたと闘っていたのは、私には無意味だったってことでいいのよね?」
「はい……そうですね。あ、でも一応僕らも倒されたら失格なので、今倒しても無駄ってことはないですよ……?」
まさかの帰宅部参戦とは、運営も変なことを考える。要は、倒しても部費が貰えない奴がいるってことにガッカリさせたかったのかしら。
……まぁいいわ。
後はコイツの処遇だけど……答えは決まったようなものよね。
「あんたのことは放っとくわ。別の部活を好きに邪魔しなさい」
私はそう言い放つと踵を返して、別の場所に向かおうとした。
彼には他の部活を邪魔してもらおう。私をここまで追い詰めるし、きっと十分な力は持ってるもの。
だがそこである重大なことに気がつく。
「あんた……服どうする?」
苦笑いを浮かべてそう言いながら彼の方を向くと、彼はその状態に気付き慌てふためいた。
「ホントだ、これじゃ……」
ついつい仮面やマントを燃やしてしまったが、この状況だと彼のコンプレックスは露わになってしまっているので、彼にとってとてもマズい状況である。
あのパーカーにはフードが付いてはいるようだが、激しい動けばすぐに外れるだろう。
仕方ない……。
「もう面倒だから、やっぱ私があんたを倒したことにしとくわ。早くこの場から去りたいでしょう?」
私の言葉に、彼ではなく彼の耳が反応する。何よ、仮面の中身は小動物みたいで可愛いじゃない。
しかし、このことは黙っておくべきだろう。
「手荒くはしないから大人しくしときなさいね。……あ、そうだ。あんた名前は?」
私は何かの縁だと思い、彼の名前を訊く。
すると彼はすんなりと答えてくれた。
「柊 狐太郎です」
「私は辻 緋翼。また会えたら良いわね」
「は、はい」
ここに来て、彼はようやく笑顔を見せた今時珍しいんじゃないの? こういう素直な子。
この子はこのコンプレックスを除けば、とても良い子だ。クラスの皆と仲良く出来てるのかしら? いじめられたりしてるのかな……? ちょっと心配だな……。
でも、今日はもうお別れ。早いとこテープを結んで、帰してあげないと。
「気をつけてね」
「はい」
ここまで穏やかな気持ちでテープを結べたのは初めてだろう。これで誰にも見つからずに帰れれば……あれ?
「あの……体が動かないんですけど……」
「あ、ごめん……」
失敗した。これは間違いなく失敗した。
私は、テープの効果に『麻痺』が有ることをすっかり忘れていたのだ。これでは彼が退場できない。
……仕方ない、抱えていってあげるか。まだ時間あるし。
私は彼を抱え、安全と思える場所まで運ぶことにした。




