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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜  作者: 波羅月
第0章  新たな出会い
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第1話『始まりの朝』

 ここはどこだろう? 見たことのない景色だ。

 見渡す限り広がる草原、そして雲一つ無い晴天の下、俺は立っていた。そよ風が優しく頬を撫でる。

なぜかはわからない。気がついたら立っていたのだ。



『お兄ちゃん!』


『……!』



 後ろから声が聞こえた。俺のことをこう呼ぶのは一人だけだ。



『智乃……』


『えヘヘっ』



 智乃の無邪気に笑う姿はまだまだ幼い。しかし、それよりも気になることがある。



『なぁ智乃、ここはどこだ?』


『さぁどこでしょう?』



 質問したのに、し返されてしまう。だが知っているような口調だから、少し問い詰めてみよう。



『もったいぶらずに教えてくれよ?』


『そうだなぁ……私を鬼ごっこで捕まえたら、教えてあげるよ』



 何でそうなるんだろう。

 けど仕方ない。訳のわからないまま、俺はその鬼ごっこに興じることにした。



『それじゃあ逃げるよ。鬼さん、捕まえてね』


『おう』



 小学生の妹に負けるほど、足は遅くないつもりだ。すぐに捕まえて、ここがどこか教えてもらおう。




『……え?』




 さぁ走りだそうとしたその時、俺の視界には奇妙な光景が映った。なんと智乃が数十人、数百人という規模で草原中に居るのだ。これではどれを捕まえればいいのかわからない。


 いや待て、それよりもまずなぜ智乃がこんなにも居るのだ? それこそおかしいだろう。

俺は夢か幻でも見ているのだろうか?



『『『鬼さんこちら、手の鳴る方へ』』』



 智乃の声が何重にも重なって聴こえてくる。この事態に、さすがに俺は恐怖を感じた。



『お兄ちゃん』『お兄ちゃん』『お兄ちゃん』……。



 俺は耳を塞いだ。が、それでも聴こえてくる。



『お兄ちゃん』『お兄ちゃん』『お兄ちゃん』……。



 待て、やめてくれ。これは俺の知ってる智乃じゃない。智乃の姿をした"何か"だ。



『や、やめてくれ……』



 こうなると、もはや鬼ごっこどころではない。俺は怯えきって、追いかけるどころか動くこともできなかった。



『やめろ!』



 俺は必死に叫んだ。だがその声は彼女たちの幾重もの声にかき消されていく。



『お兄ちゃん』


『う、うぁ、うぁぁぁぁ!!』



 もう我慢の限界だった。妹に向かって兄は発狂した。



『お兄ちゃん』


『う、あぅ……』



 智乃が名前を読んでくる。俺はうめくことしかできない。



『お兄ちゃん』


『ごめんなさい……』



 もう俺は必死に謝っていた。こんなのもう悪夢としか言いようがない。夢なら早く醒めてくれ。智乃を返してくれ……!



 すると次の瞬間──




「お兄ちゃんっ!」


「はいっ!……ってあれ?」



 急に智乃の声が大きくなったことにびっくりした俺は飛び起き、周りを確認した。

するとすぐ隣に、心配そうにこちらを見る智乃の姿があった。

…ん? "飛び起きた"? そう、俺の体はベッドに横たわっていたのだ。







「もうホントにびっくりしたよ、お兄ちゃん」


「わ、悪かったって」



 朝食を食べ終えた二人は会話をしていた。俺は中学校へ行く準備をしている。



「仕方ないだろ、変な夢見てたんだから」


「どんな夢?」


「お前がたくさん出てくる夢だよ」



 夢の内容について聞かれた俺は正直に答えた。

すると、智乃は頬を膨らませる。



「それのどこが悪夢なのよ!」


「いや、普通に怖かったんだって!」



 だが智乃の言い分はごもっともだ。怖かったとはいえ、悪夢は言いすぎたかもしれない。怖かったけど。



「もう。今日中学の入学式でしょ? その夢見た後に事故でも遭ったら怒るからね」


「はは、そりゃ縁起が悪いな」


「そうよ!」



 変なことを気にするな、こいつは。もっと普通の心配をしてくれればいいのに。過保護というか何というか。俺の方が兄なのに。



 そうこうしている内に時間は過ぎ──




ピンポーン




 玄関のチャイムが鳴った。インターホンで相手を確認した智乃は俺を呼ぶ。



「お兄ちゃーん、莉奈ちゃん来たよ!」



 莉奈、とは俺の幼馴染みのことだ。彼女は俺の家の隣に住んでいて、小学生の頃はこうして一緒に登下校していたものだ。中学生になっても、それは踏襲されそうである。

 おっと、それよりもうそんな時間か。



「おはよう」


「おはよー」



 玄関の扉を開け挨拶した俺に、彼女は気の抜けた挨拶を返してきた。

 彼女とは保育園からの付き合いである。昔からよく遊んでいたし、今でもそれは変わらない。元気な性格で、一緒に居て飽きない良き友達だ。



「すまん、ちょっと待ってくれないか? まだ準備が終わってないんだ」


「じゃあここで待ってるねー」


「悪いな」



 俺は部屋に戻り、急いで準備を進めた。






「おまたせ」


「じゃあ智乃ちゃん、行ってくるね」



 俺が準備を終えたらすぐ出発だ。少し大きめの慣れない制服を着て、新品の靴を履いていると、莉奈は智乃に手を振りながら言った。



「行ってらっしゃーい!」



 智乃も莉奈に負けないくらい大きく手を振り返す。

全く、この二人は朝から元気だな。


 それにしても中学生ともなると、家を出るのが小学生の頃に比べて少し早くなったな。まだ智乃は制服さえ着てないし。



「行ってきまーす!」


「行ってきます」



 少し恥ずかしいが、俺も行ってきますとは言っておいた。


 さて、いつもと違う新しい通学路を歩くのは新鮮な気分だ。

 いよいよ新しい生活のスタートだな。







「ひょっとして晴登ってさ、『急に目の前の曲がり角から少女が飛び出してきてぶつかった』っていうシチュエーション好き?」


「いきなり何だよ。マンガの読みすぎだぞ」



 不意にかけられた莉奈の言葉を、俺は一蹴する。第一、何でそんなことを聞くんだよ。



「いや〜、実はそこにうってつけの曲がり角があるんだよね〜」


「え? まぁ確かに……」



 莉奈は楽しそうに言った。確かに目の前には『うってつけの曲がり角』がある。見通しが悪く、少女じゃなくて車が出てきてもおかしくない。



「はぁ……もしそんなシチュエーションになったら、何か奢ってやるよ」


「お、言ったね?」



 俺は莉奈をからかうつもりで賭けをした。マンガみたいな展開が現実(リアル)で起こる訳がない。そう思っていたから。


 だが、偶然とは起こるもので……



「「ぐはっ!!」」



 その曲がり角を曲がった瞬間、晴登は誰かとぶつかった。

 背は俺より少し高く、見たことのある顔……あれ、大地!?



「いってーな……」



 頭を擦りながら起き上がろうとする大地に、先に立ち上がった俺が声を掛ける。



「大丈夫か? 大地」


「すいません……って晴登? それに莉奈ちゃんも」


「おっは〜」



 ようやく大地は俺たちに気づいたようだ。そして安心した表情を浮かべる。



「良かった〜、道に迷ってたんだよ」


「あぁ、いつも通りね」



 なるほど、そういうことか。俺は納得した。

 実はこいつはかなりの方向音痴で、初めて通る道ならまず間違いなく迷うのだ。だから新しい通学路も当然迷う。

 成績は良いのに、なぜだろうか?



「じゃあ大地も一緒に行こうよ?」


「そうさせてもらうわ……」


「最初から誘えばよかったな」



 莉奈の提案に大地は間髪入れずに答えた。道に迷うんだから、さすがに仕方ないよな。俺も配慮するべきだった。


 ちなみに大地とは小学校からの付き合いで、親友みたいなもんだ。遊ぶ時は、基本この3人だ。つまり、とても仲がいい。



「あ、晴登、あそこの自販でお茶買ってきて」


「は!? 大地は男だから、ノーカンだろ!」



 またも不意に、莉奈が賭けの話を掘り返す。でも、莉奈が言った通りのシチュエーションにはなってないから数えられないはずだ。



「なになに、何の話?」



 大地が話に割り込んでくる。頼むから話をややこしくするのだけはやめてくれよ。



「私は別に女子だけとは言ってないよ。同性愛だって今時あるんだから」


「アホか!」



 莉奈が言ってることは、もはや屁理屈である。

まだ12歳なんだぞ、俺らは。異性をすっ飛ばして同性愛だなんて…話が飛躍しすぎだよ。



「ったく晴登、そういうのは勘弁してくれ」フッ


「お前もノらなくていい!」


「冗談だよ」



 全く、思ったそばから話をややこしくしやがって。話の呑み込みが早いのも考えものだな。



「晴登〜、何でもいいから早く買ってきて〜」



 莉奈が子供のように駄々をこねる。いや、実際まだ子供だけども。



「はいはい、わかったよ」



 俺は結局根負けして、買いに行くことにした。これ以上争ってもめんどくさい。

 でも、決して同性愛を認めた訳ではないぞ。






「プハーッ、旨いわー!」


「お茶一杯で大袈裟だろ」



 まだ入学式までは時間があるが、さすがにほっこりし過ぎだろ。



「なな晴登、俺にも何か奢ってよ?」


「え、やだよ」



 本気なのか、からかってなのか、大地がそう言ってきた。

 もちろん答えはNOだけど。



「いーじゃんケチ」


「これはケチなのか?」



 最終的にケチ扱いされてしまう。俺は何も悪くないんだけどな…。






「ねぇ晴登。また曲がり角あるけど」



 俺たちが歩みを再開させると、莉奈がそう言った。この辺はまだ住宅街で、同じような地形が続いてるから当たり前だな。



「もう賭けはしないでおくよ」


「えーつまんなーい」



 莉奈の魂胆を読み、俺はそう言った。俺だって学習する。

 頬を膨らませて不平をこちらに訴えかけてくる莉奈。でも次も誰か友達とぶつかるかもしれないし、それでまた奢るなんてたまったもんじゃない。


 でも賭けが無くともぶつかるのは嫌なので、俺は曲がり角の先を事前に見ることにした。

二人より小走りで先に行き、曲がり角から顔を出して覗くと……



「きゃっ!?」


「えっ!? うわ、ごめんなさい!」



 なんとまた人が居たのだ。しかも女子で同い年ぐらいの。知り合いではない。

 ギリギリ寸止めくらいで向かい合う状態となったが、俺が驚いて急いで後ろに下がったために尻餅をついてしまう。



「どうしたの!?」



 俺が急に大声をあげて尻餅をついたのに驚いて、後ろから莉奈と大地が駆け寄ってくる。



「いや、この人とぶつかりそうになって……」



 俺はそう説明する。今のはたぶん俺が悪いな。



「すみません、怪我はなかったですか?!」



 ぶつかりそうになった少女が焦るように声を掛けてくる。

 俺は「大丈夫」と答えようとしたがその時、初めてよく少女を見て、息を呑んだ。



「可愛い……」



 今のは後ろの大地の呟きだ。そして、まさに今俺が思ったことと同じである。

 茶色の艶やかな長い髪に、つぶらな瞳。可憐という概念を具現化したような美少女が目の前にはいた。



「……? あの……?」


「あ、あぁ大丈夫です! お気になさらず!」



 俺は思わず見とれていたことに気づき、慌てて返事をする。

 それにしても、こんな可愛い子が現実に存在するとは思わなかった。マンガのヒロインとして申し分ないくらいのルックスである。



「全く、気をつけなよ晴登」


「元はと言えば、お前が変な賭けを始めるからだ!」


「はて、何のことやら」



 しらばっくれる莉奈にイラッとするが、人前なのでそれは堪える。後で覚えておけよ。



「えっと、それじゃ私行きますね」


「あ、はい」



 そうこうしていると、美少女はそう言って足早に去っていった。

 曲がり角で美少女と出会うという黄金パターンだとはいえ、いざ実際に遭遇すると案外呆気ないものであった。

 俺は肩を落とすこともなく、すぐに立ち上がる。



「あの子も同じ学校なのかな?」


「制服は一緒に見えたけど、進行方向は逆だったね」


「俺はもう一度会いたいなぁ!」



 俺、莉奈、大地と口々に今しがたの美少女について語る。あまり誰かが可愛いだとかは言わない俺だが、さすがに今の美少女は可愛いと認めざるを得ない。



「まぁ、また会えた時はラッキーってことで」



 俺はそう結論づけると、また2人と先へ進んだ。






 なんだかんだで、あと横断歩道を渡れば、学校に着く距離となっていた。



「なんか長い道のりだった……」


「1km位でへばんなよ」


「そうよ。だらしないね」



 愚痴を吐く俺に、大地と莉奈が当然のように言ってきた。

 いや、この散々な道中で疲れるのは仕方ないと思うんだが? ほとんどこいつらのせいだ。

もう入学式サボって、家に帰りたい……。



「お、着いたな」



 あれこれ俺が考えてる内に、もう校門の前まで着いてしまった。

 もう行くっきゃないよな……。



「意外と普通ね」



 莉奈が言った。

 この学校のことはこの地域以外の人は全然知らないけど、逆に言えばこの地域の人には何かと噂が伝わってくる。不思議な学校、だとか、怪談が多い、とか。……でも、見た感じは思ったより普通だな。



「でも小学校とは大違いだ」



 今度は大地が言った。確かに、 校舎の大きさとか、規模は小学校とはかなりの差がある。ここが新しい学び舎となるのだ。やっぱりワクワクしてきたかも。



「おはようございます」


「「「!?」」」



 不意に後ろから挨拶が聞こえてきた。それに驚いた俺たちは、反射的に後ろを振り向く。

そこには、にこやかな笑顔を浮かべるおじさんが立っていた。



「ああ、驚かせてすまない」


「いや、すいません。俺らも驚きすぎました」



 謝られたので、俺が代表して謝り返す。

 その際、男の人の顔をよく見てみると、とても優しそうな顔つきをしていた。



「あの、あなたは……?」


「私はここの先生だ。山本という」



 山本の自己紹介に、会釈で返す。なるほど、先生だったのか。ならここに居ても何ら不思議ではない。



「それより君たちどうしたの?」


「えっ?」



 山本が意味深なことを訊いてきたので、俺たちは疑問符を浮かべる。何か間違ったことでもしたかな?

入学式の日が違うのか、とも思ったが日付は今日で間違いないはずだ。



「君たち、1時間以上来るのが早いよ?」


「「「えっ!!?」」」



 俺たち3人は揃って驚いた。


 時間が違う!? 遅れるよりは早い方が良いけど、それでもなぜだ? しかも3人共なんて……



「大方、通常の登校時間に合わせて来たんだろう?」


「はい……」



 その通りだ。まさか通常と入学式の集合時間が違うのか。道理で周りに人1人いない訳だ。しっかりと配布されたプリントを見ておくべきだった。



「どうするよ?」


「一度帰って出直すか? 往復30分位だから大丈夫だろ」


「あと1時間もあるしね」



「あぁその必要はないよ」


「「「えっ?」」」



 俺たちが帰ろうかという案を出している途中、山本がそれを止めてきた。その言葉に俺らは疑問を持つ。



「せっかく早く来たんだから、学校中を巡ってみるのはどうだい? 私が案内するよ」



 山本がそう提案してきた。なるほど、それは良い案だ。

 この理由には俺ら3人共納得した。なんかラッキーだな。



「「「ありがとうございます!」」」


「気にしないでいいよ。これくらいは当然だとも」



 これは好都合。周りの人たちより早く学校に入れるなんて、なんか特別な気分だ。

俺は期待の目で山本を見た。



「改めて、よろしくお願いします!」


「「よろしくお願いします!!」」



 俺に合わせ、二人ももう一度山本に礼をする。



「さぁ行こうか」


「「「はい!!」」」



 ようやく俺たちは、日城中学校へと足を踏み入れた。



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