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非日常なスクールライフ〜ようこそ魔術部へ〜  作者: 波羅月
第0章  新たな出会い
23/98

第19話『会得』

 

「えっと……」



 俺は恐怖を通り越した困惑によって、コミュ障が再発した。

 聞きたいことが多すぎて、頭がパンクしそうだった。


 なぜ戸部さんがここに居るのか。ここはあまり人には知られてない宿ではなかったのか? あ、いや別に知られていても問題はないな。それでもどうして? 一般客としてだよな? んん?


 さっぱりわからん。



「あの……」


「はい?!」



 急に呼ばれたので、つい堅苦しく返事をしてしまう。

 話したことあるって言っても1回だけだし、その時は莉奈も居たし……。ダメだ、1対1でこの子と上手く話せる自信がない!



「どうしてここに居るんですか?」



 お、俺の言いたいことを言ってくれた!

 このまま質問に答えていくようにすれば、何とか会話になるかもしれない!



「えっと……部活の合宿です」


「何の部活ですか?」



 あっ、マズいぞ、この場合何て答えたらいいの!?

 「魔術部です」とストレートに言っても大丈夫かな!?  引かれないかな!?


 う~ん……でも部活動紹介やってたから知ってるだろうし、どうせマジック部程度に見られてるだろうから……大丈夫かな……。



「ま、魔術部って言うんだけど……」



 俺は顔を下げて言った。何か凄く恥ずかしい気分になった。


 すると、戸部さんはそれに答えるよう口を開く。



「あの部活ですか。私も少し気にはなったんですけど、ちょっと怪しかったので入りませんでした。あ、ちなみに私は美術部に入ってます」



 え!? まさかの興味があった!? この人不思議な人だな……。

 でもって、美術部に入っていたのか。運動部って感じには見えないから、如何にもだな。きっと絵が上手いんだろうなぁ。俺は絵も普通なんだよなぁ……。



「へぇ~そうなんだ」


「あ、そうだ! 私明日も居るんですけど、もし良ければ昼からこの辺のどこか遊びに行きません?」


「あ~そうだね……ん!?」



 俺はかなりの度合いで驚いた。

 そりゃそうだろう。


 だって今まで女子と遊びに行くなんて、莉奈くらいしか相手がいなかったのだから。しかもこんな可愛い子となんて、ちょっと恥ずかしい気分だ。

 とはいえ、ここで断るのはさすがに気まずい。行けるなら行ってあげたいけど、何より部活がな……。



「部活次第かな……」


「わかりました、ありがとうございます。それでは、おやすみなさい」


「あ、おやすみなさい……」






 その言葉を最後に彼女は去っていった。


 そして水を飲みながら自分の部屋へ帰る途中、どっと息を吐いた。

 女子(しかも知り合い)と話すのってなんか緊張して疲れる。精神的に色々と……。


 明日の昼、空いてるかな……?







「ほら起きろー!」


「「「うがぁ!!?」」」



 早朝から幾つもの叫び声が部屋に響く。

 それは、部長の『ビリビリ目覚まし』によって引き起こされたものだ。


 俺もその被害に遭い、少々髪の毛が逆立った状態のまま勢い良く目覚めた。



「ちょっ、何事ですか!?」



 あまりの衝撃だったし、わざわざ能力(アビリティ)を使って起こしたということは、何か起こったのだろうか。俺は直感的にそう思った。



「え? いや、ただ起こそうと……」



 ……だがどうやら深い意味はなく、本当にただの目覚まし時計代わりだったようだ。だったら普通に揺らすなりして起こして下さいよ。


 俺はふと部屋の壁に掛かっている時計を見た。



 時計『5時30分』



 時計は正直にそう示していた。

 部長、さすがに早過ぎる……。まぁでも、昨日の疲れを引きずらず、元気になってくれたから安心した……。

 でも早いよ、老人か何かですか部長は?



「ちょっと煩いよあんた達! 何時だと思ってんの?!」



 ふと、大きく高い声が部屋中に響く。

 見ると、目を擦りながらこちらを見ている副部長の姿があった。



「お、来てくれたのなら丁度良い。もう起きろ」


「はぁ何言ってんの? まだ大丈夫でしょ。あと2時間待って」



 部長が俺らに言うときと同じように副部長に言った。だが副部長はまだ寝たいのか、それに対抗する。



「早起きは三文の徳って言うだろ。いいから起きろ」


「うるっさいね。ぶった斬るよ?」



 部長の(少なくとも)優しい気遣いを、副部長は暴言で返す。

 つか何で部長と副部長が会話すると、毎度毎度危ない雰囲気が出るの?

 『喧嘩するほど仲がいい』ってこと? いやでも仲悪いよこの二人。



「2人とも、落ち着いて下さい。早朝から喧嘩したって何も良いことないですよ?」



 俺は穏やかに言った。

 まずは気持ちを伝えて落ち着かせる、と。反応は……?



「三浦、静かにしてろ。今からコイツを目が冴えすぎて眠れなくなるくらい痺れさせる」


「じゃあ私はあんたを永遠の眠りにつかせた後、寝ることにするわ」



 何なのこの険悪ムード……!?

 また手に負えないパターン!?


 誰か! 見てないで助けてよ!

 そんな「ドンマイ」みたいな顔で見ないで! ねぇ暁君!


 俺がそう思いながら暁君を見つめると、暁君は両手を上げ、お手上げのポーズをしてきた。

 己の無力さが情けない……。



「早く起きろって言ってるだけだろ! 何が不満なんだ!」


「あんたの体内時計に不満を持ってるよ! もう少し寝かせてくれたっていいじゃない!」



 一向に終わらない部長と副部長の口喧嘩。もう一触即発だ。



「あぁ面倒くせ。もう一回やっか?」


「良いじゃない。リベンジマッチってことで」



 ちょっとここで戦闘(バトル)始めようとしてない!? ダメだよ!? 宿崩れちゃうから!



「弾けろ、冥雷砲」



 ついに部長が指鉄砲を構えた。

 すると副部長はどこから持ち出したのか、あの太刀を構える。



「ち、ちょっと部長! さすがにここでそれは……」



 俺の声に部長は反応しない。

 そして互いに一歩を踏み出した。



「「はぁっ!!」」


「ちょっと待って!!」



 2人が今にも技を発動させようとした瞬間、俺は何とかして仲裁しようと思いきり右手を伸ばした。


 すると──




 ビュオオォォォ!!!




 突如、部屋の中を強風が吹き荒れた。

 布団や枕が宙に渦巻き、襖がガタガタと悲鳴を上げる。


 その突然の事態に部長と副部長、そして部員全員が驚愕する。

 2人は喧嘩を止め、辺りを見回したかと思うと、こちらを見た。



「今の、お前か……?」



 部長の驚き混じりの声が聞こえた。



「え、えっと……」



 急な進展に頭が追い付かず、ただ混乱する俺。


 今のは……風? もしかして俺が起こしたのか?

 つまり俺は今、魔術を使ったってことか?



「私もこいつも風属性は使えないし、当然他の奴にも使うことはできない」


「その中で、風属性の能力(アビリティ)、"晴風"を使えるのはお前だけだろ?」



 部長らが事細かに説明してくれる。

 意味はわかったが、やはり実感がない。

 確かに今のは自然の風とは思えない。あっても台風ぐらいだ。



「俺、かもしれません……」



 俺は申し訳ない気持ちで呟いた。

 そりゃ部屋をこんな風にしたってのもあるし、何より危険だと思ったからだ。

 本来なら喜ぶべきことだが、こんな有様では……。



 だが、周りの反応は違った。




「おー!! ようやくか!」

「アンタの練習でできるなんて…」

「俺も早く会得しねぇと」

「すげぇな三浦!」

「風がビューって!」

「俺も使いたいな~」

「おめでとう!」



 魔術部全員が俺に称賛の言葉を浴びせる。俺はそれを呆然と見る他なかった。



「どうした三浦、もっと喜べ!」


「いや喜べって言われても実感が……」



 俺は部長の言葉に素直に返した。

 今のはホントに俺が使ったみたいたが、実感が無くて無意識で発動させた、みたいな感じだった。

 てか誰もこの部屋の惨状は気にしないのね……。


 でもどうせなら、もう一回発動のチャンスが欲しい。そう考えた俺はこう提案した。



「部長、だったらもう一度やるので見ててもらえません?」


「よし。良いぞ!」



 部長は快く引き受けてくれた。







 場所が変わって、昨日の部長らの戦闘場所。

 この辺で開けた場所といえばここしかない。


 早速俺はその場所のほぼ中央に立った。



「いきますよ?」


「おう!」



 俺は集中する。

 一度発動させたということは、もう魔術を使える身体になったということだろう。であれば、2回目だって発動できるはず。

 あの時の情景、心情、全てを思い出し、先程の様に右手を思い切り伸ばして──



「はぁっ!!」



 ………



 静寂が訪れた。

 風が起こるどころか、元々から吹く気配さえない。



「え、部長、これって……?」



 俺は困惑の表情で部長に訊く。

 すると部長は迷わず口を開いた。



「未完成だな」



 あっさりと言われた。いや、言われずともわかっていた。

 しかし、俺にはなぜ発動しなかったのかはわからなかった。



「落ち込む必要はない。お前は俺よりも圧倒的に早く覚えたんだ。それは誇っていい」



 頷く部長のその言葉を聞いて、俺は考え直した。


 そうだよ。暁君よりも、部長よりも早く会得ができたんだ。これ自体が嬉しいことじゃないか。使えるのは、また後で良い。



「惜しかったな。三浦」


「はは、せっかく暁君に勝ったと思ったのに……」


「そんなこと考えてたのか」


「まぁね」



 すると暁君は少し口角を上げ、苦笑いを見せた。



「俺だって会得したらお前に負けねぇよ」


「じゃあ会得したら、部長達みたいに戦闘(バトル)できるのかな?」


「──もちろんだ」



 俺が暁君にそう訊いていると、部長が答えた。そしてニッと、眩しいスマイルを浮かべる。


 そうか、いつかできるのか……! 楽しみだ!







 昼食を摂り終えた俺は、宿の玄関に居た。

 今日の部活は運良く午前中で終わり、午後は自由時間となったのでどうにか戸部さんとの約束は守れそうだ。


 にしても、どこで待てばいいのだろうか? そう思って、今ここで待っているのだが……。



「あ、三浦君!」



 廊下の奥から戸部さんの声がした。どうやら正解だったようだ。俺は声のした方を見る。



「今日、大丈夫だったんですね」


「うん」



 少し大きめな手提げ鞄を持つ戸部さんが、そこには居た。私服姿がとても可愛らしい。

 そして最初に会った時とは比にならないほど、馴れ馴れしく会話ができた。俺にそんなことができるのも、戸部さんが馴染みやすい人だからこそだろう。



「で、どこに行くつもりなの?」



 俺は本題を訊く。

 昨日彼女は「どこかへ行く」と言った。その“どこか”が気になるのだ。こんな森の中に何かあるのだろうか。



「それは後々話します。とりあえず、目的地までのお散歩に付き合って欲しいかなって」


「それは全然いいけど……」



 どこに行くのかわからないことに不安はあるけど、戸部さんが変な所に連れていくはずはないだろう。



「そういえば、戸部さんはどうしてここに?」


「温泉旅行です。私の両親は旅行が好きなので、近い所ならいつも付き合わされるんですよ」



 彼女は苦笑いしながら説明して、やれやれと肩を竦めた。連れ回されるのは、さぞかし大変だろう。

 逆に、俺の親は自分たちだけでどこか行ってしまう。やっぱり家庭って違うものなんだな。



「それじゃあ行きますか」


「うん」






 その後、俺と戸部さんは宿から離れて適当に散歩しながら会話していた。初めはまだ緊張していたが、次第に気軽に話せるようになった。

 山の中ということもあって、溢れる自然に囲まれて話題が尽きなかったのが幸運だったのかもしれない。



「うーん、風が気持ちいいー!」


「山の空気は新鮮ですからね」



 二人で感想を言う。山って意外と悪くない場所だな。田舎ってこんな感じなのかな。田や畑が一面に広がり、川や森が近くにあって……やべぇ、ちょっと憧れるかも。



「学校の合宿もこんな所が良いんですけどね」


「そうだね……あ、そういえば、前に話した時から何か変わった? その、友達とか……」



 「学校」と聞き、俺はある事を思い出し質問してみる。

 それは彼女の悩みであった『友達』についてだ。


 以前に俺と莉奈が彼女と話した時、彼女はそれについて悩んでいたのだ。そしてそこで俺が全力でアドバイスを送った。


 だから、そこからの学校生活の様子を俺は聞きたかった。隣のクラスとは言えど、廊下ですれ違う時に挨拶するくらいで、話す機会は特になかったからだ。



「はい。無事にクラスの皆とは仲良くなれましたし、学級委員になりました。あの時、三浦君にアドバイスを貰ったおかげです。ありがとうございました」


「いやいや、そんな気にしないで!」



 俺は何だか恥ずかしくなって顔をそらす。感謝されるほどのことをしたつもりはないのだから。


 ただ、心の中では安堵していた。

 俺の言葉が人を良い方向へ進めた、と思うととても気分が良い。


 そうか、学級委員か……。

 俺みたいにクジじゃなくて、きっと皆からの信頼があったからだろうな……。


 とにかく、馴染んだなら良かった良かった。



「あの、森の中とか行ってみませんか?」



 不意に言ってきた彼女の言葉で、俺の思考は遮断される。



「え? 危ないんじゃないかな……」



 俺は思ったことを口にする。

 だって何か危険な動物とか出たら困るし、もし遭難でもしたらそれこそ皆に迷惑かかるし……。



「でもこの先に綺麗な川があるんです。だからちょっと、ちょっとだけ行ってみません?」



 戸部さんは値切るかのように俺を説得し始めた。

 ここで粘るのも面倒だし、ちょっとって言ってるから……



「あんまり遠くに行かないならいいけど……」


「ありがとうございます!」



 戸部さんは満面の笑みを浮かべて喜んだ。あまりにも輝く笑顔に、俺の心臓は少し反応してしまう。


 にしても、どうしてこんなに喜ぶのだろうか?







 ザーーーーーー



 川の流れる音が森中に響き渡る。


 森に入って数分で、彼女の言う川には着いた。底が透き通って見えるほど、透明度の高い清流だ。なるほど、確かにこれは綺麗である。



「水が透き通っている……!」


「さすが大自然です!」



 俺と比べて、異様に彼女のテンションが高い。

 マジで何で? 川に来ただけだよ?



「さて、始めましょう」


「ん?」



 そう言った戸部さんは、鞄からスケッチブックと鉛筆を取り出した。これって……



「もしかして……スケッチ?」


「はい、せっかく山に行くなら、大自然を描こうかと思って持ってきたんです。そして親に訊いてみたら、この川のことを教えられたんですよ」



 ふむ、確かにこの風景はかなり絵になりそうである。透き通った清流の中に、荒々しく存在する大きな岩。うん、あの上に立ってみたい。


 まぁその欲望は置いといて、たった今 1つの疑問が生まれた。



「そういえば、俺が来た意味ある?」



 そう、俺の存在意義だ。

 ただスケッチしたかったのであれば1人ですればいい。なのになぜ俺を誘ったのか?



「単純に1人だとつまらないからです。本当は親についてきてもらうつもりでしたが、偶然三浦君と会ったので、ついでにお話したいなと。後は……危ない時には助けて貰おうかなって」


「え、何その最後の理由」



 つまらないとか、お話したいという理由はわかるが、助けて貰おうってどういうことだ? あ、川に流されたとか、遭難した時とかってことかな? いやでもその場合、俺は役に立てない気がする……。



「まぁ、一番はもっと仲良くなりたいなって」



 また、戸部さんはにっこりと微笑んだ。そう言って貰えると、照れるけど嬉しいな。

 人から嫌われず、むしろ良い印象を持たれてるって感じる時ほど、コミュ障にとって喜ばしいことはない。

 あ、やべ、涙出そう。






 その後、彼女はスケッチを描き始めた。

 同伴者兼話し相手兼ボディーガードの俺は横で見させてもらっていたのだが、あることに驚愕する。


 絵が上手すぎる……と。


 描かれる一線一線がオーラを持っていた。これはもう『才能』と呼べるレベルで上手い。



「絵、上手だね」


「昔から絵を描くことが大好きだったから」



 『好きこそ物の上手なれ』とは、まさにこのことだろう。

 羨ましいな才能って。俺も欲しいな~。生涯で普通以外経験ないしな、はは……。



「練習すれば誰でも描けますよ」


「そういうもんなの?」


「あ、じゃあ見てて下さい。この川の場合はこうやって──」




 ガサッ




 不意に後ろで小さく草木が揺れる音が鳴った。


 ホントに微かな音だったので、本来なら気にするほどでもなかったのだが、しかしこの時振り返っていなかったらどうなっていたのだろうか。



「ん?」



 俺は無意識の内に振り返った。

 そして、その目の前の光景を見て、サーッと血の気が引いたのがわかった。


 嘘だ……何で……。



「ちょ、戸部さん!」


「そしてあそこの木は……って、ん? どうしたんですか?」



 未だにスケッチに没頭しながら、迫る危険に気づかない戸部さんに、非常事態を伝えようとする俺。



「大変だ。今すぐここを離れよう!」


「どうしてです?」



 俺の顔を見ながらそう訊いてくる戸部さん。

 クソ、この状況をどう伝えればいいのか。彼女にはあまりショックを与えたくない。



「いいからこっちに!」


「あ、ちょっと待ってください、まだ片付けが──」



 俺は彼女の手を無理矢理引っ張り、この場所から離れようとする。だが遅かった。


 ──アレは、俺たちに気づいてしまった。



「だからどうして……」



 片付けが終わった戸部さんも後ろを向いてしまう。そして俺と同様、青ざめた顔をした。



「え、嘘、何で……?!」


「俺にもわかんないよ……!」



 俺たちの見つめる先──そこには、口に血を纏い、獲物を狙う眼をした大型の熊がいた。



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