第12話『素質』
魔術部に入部して翌日のこと。晴登は昨日の様に部室にやって来た。
そして遅れて、黒木部長もやって来る。
「よう三浦」
「こんにちは」
先輩には挨拶をする。当たり前のことだが、小学校時代帰宅部だった俺には何だか新鮮な気分だった。
「他の先輩はまだですか?」
「う〜ん、あいつらは暇な時にしか来ないからなぁ。今日は来ないかもな」
「え、そうなんですか……?」
何だそれ。部活として成り立ってないじゃないか。まさかいつも部長1人だけとか……?
「しょうがねぇよ。あいつらは魔術が使えないんだから」
「えぇ!?」
ここで衝撃の事実を知らされる。魔術部なのに魔術が使えないって、サッカー部なのにサッカーができないのと同じ感じじゃないのか?
「部活動紹介の時も俺の魔術だしな。この部活で魔術を使えるのは俺と副部長だけ。あいつらは荷物持ちみたいなもんだ」
「は、はぁ……」
「あ、でも勘違いすんなよ。魔術が使えないと言っても、れっきとした魔術部部員だ。魔術の知識はきちんと持ってるぞ」
誤解を生まないよう部長は言い直したが、とはいえ彼らがこの部活に所属し続ける理由はあるのだろうか。今日来ないところを見るに、部活に熱心とは思えない。
「とにかく、ウチはこういうスタイルなんだ。気にしないでくれ」
「わ、わかりました……」
不当に拘束しない、自由参加制度。実にホワイトではあるのだが、部活として大丈夫なのだろうか。
気にしないでくれと言われたから、気にしないようにするが……。
「それじゃ部長、魔術教えてください!」
「早速だな。だが熱心なのは嫌いじゃない。いいか? 魔術の基本は信ずること。信じない者には何もできない。三浦は魔術を信じるか?」
「はい!」
実際にこの目で見て、体験したのだ。信じない訳がない。この世の中には、非科学的で、非現実的なことがあるのだと──
「いい返事だ。それじゃ始めていこうか。習得までには個人差があるが、俺の場合は1ヶ月だったな」
「んっ!?」
ここに来て出鼻を挫かれた気分だ。そんなの初耳である。何で先に言ってくれないの!?
いや確かに時間がかかるっていうのはわかるけど、それでも1ヶ月もかかるのか。すぐに使えるとはいかない訳だ。残念……。
「正確には、“魔力の源作り”にだな」
「魔力の、源……?」
がっくりと項垂れる俺に、部長は補足する。聞き慣れない単語に、俺はたまらず聞き返した。
“魔力の源”とは何だろうか? そしてそれを作るって……?
「説明しよう。人が魔術を使うには、そのエネルギーとなる『魔力』が必要になる。えっと……RPGで言うところの“MP”かな?」
「なるほど」
頷く俺に、部長は話を続ける。
「けど魔力は使えば当然無くなる。だからその魔力を補給できる『源』がいる訳だ。すなわち湧水地点だ」
「へぇ〜」
わかりやすい説明に、俺は驚きながらも納得する。
『魔力の源』か……。つまり、俺はそれを身体に作らないと、魔術を使えても一時的でしかないという訳か。まぁ逆に言えば、それさえ作れば魔術は使えるってことか?
「察せたかな? それが君のこれからの目標だ」
「どうやったらそれを作れるんですか?」
俺は最もな質問をぶつけた。
この人は魔力の源を持っているのだから、作り方はわかるだろう。部長が1年かけて、ようやく手に入れた魔力の源の作り方って一体……?
「残念ながら作る方法は見つかってない」
「はぁ?」
あまりの回答につい生意気な声が漏れる。
慌てて口を塞いだが、それを部長は読んでいたかのように笑って流してくれた。
「そりゃ驚くよな。でも、作る方法が無いだけで"宿す"方法は有るんだよ」
「え、それって……?」
作らずに宿す? 一体何が違うんだ?
「では、具体例として『橋を架ける』で説明しよう!」
「は、はぁ……」
また部長ワールドが始まった。
それでも説明が上手なんだから侮れないんだよな。
「魔術を使う、すなわち『橋を架ける』にはまず材料として木材が要る。そして橋の材料の木材を『魔力』としようか。そして『魔力の源』をどこかの森としよう。ならそれの宿し方は?」
「へ? えっと……つまりは魔術が橋ってことだから? それを作るために、元と言うことで材料が必要になって? さらにそれから……?」
「はいストップそこまで。ここで森の元を考えるのは難しかったか。なら視点を変えよう!」
いよいよ頭がこんがらがってきた。
さすがにここまで凝った話だと、俺の頭じゃついていけない……。
「“森を宿すもの”って言ったらわかるかな?」
森を宿す? 宿すってことは……含む。森を含む……いや違うな。
なら"宿す"を言い換えて、"生える"とか……? あっ!
「"自然"、ってことですか?」
「うん、まぁ正解。じゃあ次だ。森を宿すには自然が要る。もちろん橋を架けるのにも自然が必要だ。もうわかるだろ?」
自然とはどこにでも存在するもの。元々そこにあるもの。
これらの意味を照らし合わせて導き出される答え──
「自然……すなわち、素質」
「大正解。魔術の源を宿すには、素質による地力を伸ばす必要があるってことだ」
つまり、魔術の習得には素質が必要だと。それが無ければ魔術は習得できないと。そういうことか……。
俺はがっかりし、地に膝をつく。
「まぁまぁそんなにへこむな。君に素質があるかもしれないだろ」
「どうせ無いですよ。俺は昔から“ザ・フツー”なんですから」
俺は脳は完全にネガティブ思考へと変換された。だって今まで俺は、普通の能力で平凡な人生を歩んできたんだ。今さら非凡なことが起こる訳がない。
「じゃあ仮に君に素質があると言ったら?」
「そりゃ喜びますけど……」
喜ぶけど無いものは無いんだ。俺には魔術なんて無理なんだ──
「まぁそう慌てなさんな。そんな君に面白い物を見せよう!」
「?」
俺が勝手に落ち込む中、部長は不敵な笑みを浮かべると、部室の隅においやられていた物を抱えるように取り出し、持ってきた。
放置されていたのか、随分と埃を被っている。
「何ですか、これは?」
「魔力測定器だ! 正確にはその人に眠る、魔術の素質を計る物だ!」
「……」
シュール過ぎるよ。いきなり目の前に出された物が魔力を計るって……やっぱシュール過ぎる!
驚く俺をそっちのけにし、床にドンと測定器を置く部長。それは地球儀のような形をしており、中央には黒い水晶の様な物が付いていた。
「これってどう使うんですか?」
俺は安直な質問をする。
正直胡散臭いが、もしかしたら俺には魔力があるってわかるのでは、と期待もしている。
「ここに手をかざすだけでいい」
「はい」
部長に言われた通り、測定器の丁度真上の位置に手を配置する。それだけでは、まだ何の変化もない。
「目を瞑って集中して」
「え、はい」
集中か。なんか既に魔術っぽい。
何が起こるのだろうか。どうやって測定するのか。色々な疑問が俺の頭を飛び交う中、俺の手が何かを感じた。
「部長……この測定器、何か動いてません?」
「あぁ動いてるよ。測定中だ。まだ集中していてくれ」
「はい……」
どんな感じに動いているんだろう。なんか手に僅かだが風を感じる。
すると音も鳴りだした。キュイィィンという機械音だ。
「……」
「……」
無言の時間が続く。
俺が喋れば集中が途切れるし、部長が喋っても集中は途切れる。こんな状況なんだろうが、正直気まずいな何か。早く終わってくれ……。
「あと10秒くらいな……」
「はい……」
閉じた目の隙間からふと光が見えた。発光でもしているのだろうか? だが確認する訳にはいかないので、瞑ったまんまにしとこう。
あと5……4……3……2……1……0。
音が止んだ。
「よし目を開けていいぞ」
俺はゆっくりと目を開け、測定器を注視する。
するとさっきまで黒かった水晶が、青く輝いていた。まるで小さな星の様に。
「部長、これどうなんですか?」
「……」
光ってることに意味があるのか、光の色に意味があるのか、何も知らない俺はとりあえず部長に訊く。
だが、部長は答えず、何かを考えてるようだった。
待つのも面倒なのでもう一度声を掛けようかなと思っていると、部長が口を開いた。
「残念だが……」
「え……?」
「残念」。部長は今そう言った。
てことは俺に魔力は無かった……? じゃあ俺はこれからこの部活で何をすれば……?
「──ってのは嘘で」
「へっ!?」
俺は今までの人生の中でもダントツにマヌケな声を出して驚いた。『嘘』ってことは──
「いや~すごいね君。まさか俺よりも素質があるなんて!」
「マジですか!?」
「おう、マジマジ」
どうやらやったみたいだ! 俺には素質があるらしい! つまり俺は魔術を使える!
人生の中でここまで喜んだことはあっただろうか。それほどまでに嬉しかった。
「部長、早く魔術使いたいです!」
「まぁ焦るな。言ったろ? 今計ったのはあくまで素質。これから先は、君自身が頑張って魔力の源を身に付けるんだ」
そうか。これはまだスタートライン。これから努力しなきゃいけないんだ。
俺の心に火が点いた。
「部長、俺って部長より素質があるんですよね」
「あぁそうだが?」
「だったら俺、部長を超える魔術師になりますよ!」
「言ってくれるじゃねぇか」
夢、ができた。
まだ部長のことなんか全く知らないし、どんな魔術を使うのかも知らない。
でも同じ場所に立てた以上、俺は精一杯努力して部長を超えたい!
こんなに熱くなったのも一生の中で初めてだ。だからこれが、俺の夢なんだ!
「部長……いや師匠、指導お願いします!」
「そこまで言われると何か新鮮で照れるな。俺のことは部長でいいよ。こちらこそ、これからよろしく!」
俺と部長は固い握手をした。