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第9話 畏れる

(頭が割れそうなほど痛い。視界が揺れて目の焦点が定まらない)


 ヘーネン上空でのルカと竜の攻防は続く。竜の体にはいくつもの光の矢が刺さっており、その体を覆っていた負のオーラは大半が消え去っていた。


 それでも、竜からの敵意は消えない。竜はなおもアレスの防護壁を突き破ろうと、体当たりや火炎放射を続けていた。


(……矢は、次が最後の一本。ま、その前にもう魔力がすっからかんだけど……)


 ルカの体は、既に限界を迎えていた。矢が当たるたびに発せられる竜の咆哮は周囲の空気を大きく振動させる。それによってルカの脳は揺さぶられて軽い脳震盪状態になっており、鼓膜は破れて耳からは血が流れ出ていた。


(後少し……呪いを完全に解くには、聖力以外にも、何かがいる……)


 ルカの目は竜の頭を見ている。負のオーラは、まだ竜の頭を覆ったままだ。


(矢を当てても、あの頭のオーラは消えない。急所の頭に当てるのは極力避けてきたとはいえ……多分、呪いを解くための最後の一歩は、外的要因(わたし)じゃなくて、自分自身の力……呪いに打ち勝つっていう、強い意思がなくちゃ……)


 ルカは、哀れみの目で竜を見ていた。魔族によって呪われたことで意識を乗っ取られ、望んでもいないのに本来の住処から離れた人里まで来て……呪いを解くという口実で、数多の矢を体に受けている。


(自分で矢を撃っておいて何だと思うけど、これじゃあ可哀想だよ。だから、早く助けてあげたい……けど)


「……あなたを救うには、私よりあなたが頑張らなきゃいけないよ」


 ルカは、最後の一本の矢を竜に向かって構える。その矢は負のオーラに覆われた竜の頭に向けられているが、脳震盪のため体に力が入らず、中々狙いが定まらない。


(……最後の一本……これを外すわけにはいかない、のに……!)


 矢を外したらどうなるか、それを考えるだけでも恐ろしくなる。何で自分が、竜と対峙してこの街の運命を背負わなければいけないのかも、考えてしまう。


(……怖い。駄目なのに……頭の中から、恐怖を取り除かなきゃいけないのに……!)


 視界が揺れる。体を支える軸なんてものはとっくに壊れている。……もう、腕を上げ続けることにも疲れ、腕を下ろそうとしたその時、彼女の腕を大きな手が掴んだ。


「……アレスさん」


「……竜を倒すんじゃなくて、救いたいんだろ?君は」


「……!!!」


 ルカは、再び矢を竜の方向へと向ける。フラフラと揺れる体は、アレスが支えて新しい軸を作った。


(……私のやってることは、自分の思いを勝手に押し付けてるだけかもしれない。それでも私は、あなたを救うために頑張るから、あなたも自分のために頑張ってほしいの)


「集中………………お願いっ!!!!!」


 この一矢に、思いを乗せる。あなたを救いたいという思いを。




 竜の額に、光の矢が刺さる。その矢からルカの思念が、竜の脳へと流れ込んでくる。


『もう、帰ろう? あなたを待っているみんなのところに』






 竜の額に刺さった矢が、自然に抜け落ちる。それと同時に、竜の頭を覆っていた負のオーラがだんだんと晴れていく。


「……もう、大丈夫だよね?」


「………………」


 竜は、何も言わずに飛び去っていった。あっという間に、ルカ達が別れの感傷に浸る暇も無く、空の向こうへと姿を消した。


「……どっちにも見えたなぁ」


「何が?」


 アレスに肩を支えられながら、ルカは竜が飛び去った方角をじっと見ていた。


「……あの竜の表情です。ありがとうって言ってるようにみえたのは、私の願望混じりかもしれない。それより先に私が思ったのは……」


 ルカは、意識が飛びそうになりながらも必死に言葉を続ける。


「……怯えてるように、見えた」


 見知らぬ場所に。自分達(りゅう)以外の種族に。そう言葉を続ける前に、ルカの意識は途切れた。






「ほう、アビスを退けたか。せっかく洗脳の呪いをかけた竜を貸してやったのにな」


「アビスの代わりはいくらでもいますが、竜を失ったのは痛いですな」


「いや、一番の問題はそれではない」


 魔王、ジュノーは不敵に笑う。彼の側近であるクロウから見ても、彼が時折見せるこの笑みの意味は計りかねない。自分が放った刺客に対する、盾の男の反応を楽しんでいるのだろうか。


「時間と距離の問題で支配力が弱まっていたとはいえ、我のかけた呪いを解くとは……ククッ、一番の誤算は、奴がエルフを味方につけていたことだな」


「……誤算という割には、なんだか嬉しそうですね」


「ああ、嬉しいとも。……お陰で、新しい攻め口が見えてきた」


「……お聞かせ願いたく思います」


 その問いに対し、ジュノーは椅子に座ったままクロウの方向を向き、足を組み直した。


「呪われた存在と相対した時、とるべき対処法は二つ。呪いを解くか、殺すかだ。盾の男はどうやら我が呪いを自らの力としたようだが、それは“殺す”という選択肢を容易にしたということ。他の選択肢が無ければそれも躊躇無く選べるかもしれないが……」


「エルフの存在によって、呪いを解くという選択肢が生まれる……にも関わらず、殺さざるを得ないような状況を作りたいのですか?」


「あくまで我の理想だ。……だが、理想とは追い求めるものだろう?」


 ジュノーはニヤリと、本当に楽しそうな顔をして笑う。


「シュカを呼べ。あの女の呪いならば、我の理想を見せてくれるかもしれん」

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