第6話 理解
ヘーネンの街は、まごうことなき田舎街である。街の南に存在するアピース山脈の存在に阻まれていることで、都市部との交通の便は最悪であり、それを補うほどの観光資源や特産物も存在しない。そのためこの街にいるのは、もともとのこの街の住民と、交易目当てにやって来る周囲の小規模集落の人間、そして他の目的地への中継地点として訪れる旅人くらいだった。
「うおぉーっ!!! ここが人間の街だぁーっ!!!」
もっとも、この街以上の田舎で生まれ育ったルカにとっては、こんな風に大興奮するほどの大都会らしいが。
「……声がデカイ。てか、君なんかキャラ変わっていないか?」
「ご、ごめんなさい。こんな光景見るのは生まれてはじめてだから……」
エルフの集落は生活用品のほとんどを森からの恵みで賄っていた。住む家や家具、食器などの日用品は全て森の木で作られており、武器をはじめとした本来金属が使われる部分には、石を加工して代用していた。
だからこそ、石造りの家や窓ガラス、更に自分の足下に敷き詰められた石畳は、全てルカにとっては新鮮なものであった。
「おぉ……本で見たものと同じだけど、生で見るとやっぱり凄いなぁ……」
先ほどからルカはずっと街のあれこれに対して興奮しっぱなしである。アレスはそんなルカを微笑ましく見ていたが、次第に彼女の“耳”に気づいた人々の目線が増えていくのを感じ取った。
「……あの女の子の耳、もしかしてエルフか?」
「……エルフが人間の街に出てくることなんてあるんだな。見た感じ商人ってわけでも無さそうだし……」
「……人間を嫌っている、かなり排他的な種族って聞いているぞ。大丈夫なのか?」
色々なところからボソボソと聞こえてくる小声。聞いていて良い気分にはならないが、彼らは決してエルフへの悪意を持っているわけではない。
エルフは本来人の前には姿を見せない。普通の人間は一生その姿を見ることは無く、本の中にだけ存在するおとぎ話の存在と言われることもあった。
そう、彼らは何もエルフの事が分からない。分からないから、不安なのだ。彼女がエルフでありながらなぜ人前に姿を見せるのか、わざわざここに来て何をするのか、自分達はエルフとどう接すればいいのか。
(まぁ、ある程度予想はしていたが……ルカは大丈夫なのか……)
「……大丈夫ですよ、そんな心配そうな顔しなくても」
アレスの視線に気がついたルカは、彼を安心させるためか、にっこり笑って振り向いた。
「……気づいてたか」
「はい。今街の人達が私に向けている目線は、さっきまでエルフのみんながあなたに向けていた目線と同じですしね」
ルカは自分から街の人々の目線を集めるかのように、わざわざ道の真ん中へと躍り出る。
「村のみんなは、あなたをはじめから受け入れていたわけではないけど、拒んでもいなかったんです。そして今の私も、多分同じ立場。あちらに悪意が無いことが分かれば、後は受け入れてもらえるようにこちらが頑張るだけですよ」
ルカは満面の笑みのまま、自分を奇特な目で見る人々の方へと振り向く。彼女の笑顔を見た人々は、それに笑顔で返す者もいれば、訝しむ顔をする者もいる。
「……大丈夫。今まではエルフの方から接触を避けてきただけ。何かきっかけさえあれば、人間とエルフの交流は当たり前になるはず」
「……ああ。きっと君なら、その“きっかけ”になれるよ」
ルカの威風堂々とした姿に、アレスはとある自分の友人の姿を重ね合わせた。そう、自分の無二の親友でもあり、若くして魔王を倒す“勇者”の資質を持つと認められた男、ブレイブだ。
(……凄いな、この子は。しっかりとした自分の考えを持ち、その上で人と人との違いを受け入れ……何よりも、自分だけではなく種族全体の未来を見ている。こういうのが、勇者の資質ってやつなのかい? ブレイブ……)
自分の友であり、目標にもしている男のことを思い出すと、アレスの顔は自然と王都のある南の方角にそびえるアピース山脈へと向いていた。
(……早く、あの山を越えて王都に向かわなきゃな)
そんなアレスの目線の先にあるものに気づいたルカは、それに合わせて話の方向を変えることにした。
「……さて、確か今日はこの街で一泊して、明日から山越えに挑むんでしたよね? なら、今の内にここで準備を整えちゃいましょうよ」
「ああ、そうだな。……もっとも、資金に余裕があるわけじゃないから、買うのは最低限の装備と食料にとどめておけよ?」
「了解! まずは食料を……よし、あそこのお店にしようっと」
ルカは自分の家からもってきた軍資金を片手に、食べ物が置いてある店へと入る。
「いらっしゃ……うぉっ、エルフ!?」
ルカの耳を見るなり驚きの声を上げる店主だが、ルカは気にせずに自分の聞きたいことを聞く。
「あの、このお店に何か保存食ってありますか?南の山を登る際に持っていきたいと思っているんですけど……」
「保存食? うーん、ウチにあるのは干した野菜か、後は漬物ぐらいだが……」
店主が品物をルカの前に出すと、ルカは大げさなくらいの反応を見せる。
「あるんですか!? ありがとうございます! あ、ちなみにお代はいくらですかね……」
「あー、その量なら全部で500イェーツでいいよ?」
「それでいいんですか? この量なら1000はするかと思ったんですけど……もしかして、エルフ社会は物価が高かった?」
「いや、大声では言えないがそいつは形の悪い不良品で作ったやつさ。自分でいうのもなんだが、味は悪くないんだから格安で売ってやろうと思ってな。保存食にしてあるのも売れ残り前提だからさ」
店主は品物を見ながら、安さの秘密をそう説明する。丹精こめて自分で作った野菜を我が子のように見る店主の目からは、彼の優しさが感じられる。
「……優しいんですね、本来捨てられちゃうものにも、食材としての本分を全うさせてあげるなんて」
「それなら自分の腹に入れればいいだけだろ?俺は客から金とってる時点で少しでも儲けたいだけさ。褒めめないでくれ」
「じゃあ、褒め方を変えます。私達にこれを売ってくれてありがとうございました!」
ルカは元気よく、笑顔を見せて店主に頭を下げる。そんなルカの笑顔を見ている内に、店主の口からも笑みがこぼれていた。
「待ちな、嬢ちゃん。山越えするなら薬や装備もいるんだろ?それならいい店教えてやるよ」
「……ありがとうございます!」
ようやく店から出てきたルカと、それを見送る店主の顔には笑顔があった。そしてそれを離れたところから見ていたアレスは、こちらに走ってくるルカに向けて一言。
「……はじめてのお使い。満点だな」
こうして、二人は来るべき山越えに向けての準備をはじめた。その買い物の最中も、ルカはできるだけ笑顔を絶やさず、少しでも店の人間に対して好印象を与えようと努力していた。はじめは見慣れないエルフの存在に困惑していた人々も、彼女の屈託の無い笑顔を見ているうちに同じような笑顔になっていた。