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第23話 生きていてくれた

「ええっ!? 王都行きの列車って、2時間後まで空いてないんですか!?」


 昼下がりのヤン・オーウェン駅に、一人の少女の声が響いた。少女は項垂れる格好で露骨にガックリしながらも、しぶしぶ2時間後の王都行きの切符を購入した。


「うう……やらかしたぁ。またお兄ちゃんに怒られるんだろうなぁ、いつまでも引きずってんじゃないって……」


 少女の脳裏に、今は亡き憧れの人の顔が思い浮かぶ。厳密には、まだ彼が死んだと公に公表されている訳ではないが、すでに自分の周りでは彼は死んだと思われていた。

 彼女は脳裏に浮かぶ顔を振り払うと、発車までの2時間を潰すための方法を考えようとして、ゆったりと歩を進めはじめたが……


(うん? あそこのおっきい人、どこかで見覚えがあるような……)


 少女の目を惹くのは、群衆の中でも一際目立つ巨漢の男。その体格と身なりから、彼が冒険者であることはすぐに分かった。


(……いや、間違いない。あの人は……で、でも、もう死んだって言われて……)


 少女の足は、いつの間にか一直線に彼の方向へと向かっていた。

 まだ、彼が少女の想う人間だという確証は何も無い。しかし、彼女の中には根拠の無い自信があった。

 彼はまだ死んではいない、彼はきっと、また自分の前にその顔を見せてくれると。


 そして、彼女は彼の名前を呼ぶ。


「アレス君ッ!!!」




「……今の声、もしかして」


 自分の名を呼ぶ聞き覚えのある声に、アレスは振り向いて応えた。


「……やっぱり、生きてたんだね。アレス君……!」


「カナリア……お前、ここにいたのか!」


 アレスとカナリアの二人は久しぶりの再会を喜び、人目も気にせずに抱き合った。カナリアの方は感極まったのかわんわん泣き始め、それを見ていたアレスでさえも少し目が潤んでいた。


「「……誰?」」


 一方、ルカとハンスの二人はそれを気まずそうに見守るのであった。






 ……その頃、ヤン・オーウェン市街地のとある商店にて。


「……おおっ、来てくれましたか。警察の方」


「どうも、ヤン・オーウェン警察隊長、スティング・ベリスと申します」


「なっ!? た、隊長様が、わざわざガキの盗み程度に顔を出して下さるんですか?」


「隊長になったからといって、遂行する職務が減るわけではありません。この街の治安を守るためなら、立場に関係なく、どんな事件の現場にも駆けつけますよ」


「そ、それは心強い。……では、店のモノを盗んだこのガキの処分を頼みたいのですが……」


 スティングの前には、10歳ほどと見られる少年がいた。スティングは少年から事情を聞くため、腰を下ろして彼と話しはじめる。


「この歳で盗みか。……何か、事情でもあるのか?」


「……かーちゃんが病院で寝てる。だから、誰も飯を用意してくれない」


「……父はいないのか?」


「昔、冒険者になるって王都に行ったっきりだ。他の家族もいない」


「そうか……嘆かわしいな。豊かと言われるこの街にも、まだこうして苦しむ子がいるとは」


 スティングは腰を上げ、目線を少年から店主へと合わせる。


「店主。この件で罪があるのは、この子ではなく、この子を盗みへと駆り立ててしまった環境だ。二度は無いが、一度だけなら許してやってほしい」


「ええっ!? し、しかしですなぁ……」


「損害はこちらで弁償する。そして、この子にはもう二度と盗みをせずとも生きられる環境を与える。……それで手を打ってくれ。この通りだ」


「ちょちょ、頭下げないで下さいよ……まあ、弁償してくれるならこっちはそれでいいですけど……」


「……ありがとう。それじゃあ君はこっちに来い」


 店主に謝意を述べたスティングは、少年を連れて店を出ていった。


「母親の病が治るまで、君は警察で面倒を見させてもらう。母親の治療費も、困るようなら援助しよう」


「……お人好しなんだね、隊長さんは。なんか偉い人のイメージと違うや」


「……いいや、ただのお人好しじゃ隊長は務まらないよ。今回の件で警察が使った金は、全て王都の君の父親に請求しておく。全ての元凶は、父親が君を置いてフラフラしてるからだろうしな」


「……いや、俺でも分かるよ。いつまでたっても連絡寄越さないってことは、親父は……」


「……いいや、必ず見つけ出す。見つけて、必ず責任をとらせる」


 スティングの少年の手を握る力は、僅かではあるが強まっていた。


「とるべき責任は、とらせなければならない。必ずだ」




 やがてスティングが少年を警察駐屯所に預けると、部下がスティングに一つの報告を入れてきた。


「隊長、大変です! 駅の方で……」


「……落ち着け、コーリー。駅で何かあったのか?」


「そ、それが……生きていたんですよ! 隊長の友人の! アレス殿が!」


「……なんだと!? 本当か!?」


「はい! 妹さんのカナリアちゃんもいましたし、間違いないです!」


「……アレス……! お前、生きて……!」


(……いや、お前がそう簡単に死ぬはずが無いよな。

……クソッ、心配させてくれたな!)


「アレス殿なら、カナリアちゃんが隊長の家に招いたらしいです! 隊長も、早く会いに行ってあげて下さい!」


 アレスとスティングの友人関係を知っているコーリーは、スティングにアレスとの再会を促す。

 しかし、スティングは自分の立場を重んじ、ここは気持ちをグッと堪えることを選んだ。


「……いや、今は仕事の最中だ。夜になってから……」


「もう! あなたの真面目さは分かりますけど、あまり無理しなくて良いんですよ! あなたは無理に厳格にやるよりも、あなたらしく甘いお人好しのままでいいんですって!」


 職務に忠実であることを選んで自分の気持ちを押し殺そうとしたスティングだが、コーリーはそんな彼の辛そうな顔を見ていられなかった。

 コーリーは無理矢理スティングの背中を押しながら、少しくらい自分の気持ちのままに動いてくれと彼に伝えた。


「……お人好し、か……分かったよ。しばしの間、コーリー、君に仕事を任せるぞ」


「はいっ、行ってらっしゃいませ!」


 遂にスティングはコーリーに押しきられ、アレスの待つ家へと向かって行った。

 スティングははじめこそ仕事を放棄したことを気に病んでいたが、家に近づくほどに、友との再会を心待ちにして顔が緩むようになる。


(……死んだと思ったかつての友が、生きている。ああ、アレス! お前というやつは!)


 スティングの足の運びはどんどん速くなる。彼の頭は、すっかり友との再会に支配されてしまっていた。

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