第2話 孤独な戦いの果て
深い森の中において、一際異彩を放つ人工的な建造物がある。しかしそれは人間ではなく、魔王が作った魔窟と呼ばれる魔物達の巣窟。普通の人間はもちろん、経験を積んだ戦士でも魔窟の強力な魔物には苦戦を強いられる。ましてや、それが魔王ともなればどうなるか?
(……まだまだ、魔王に挑むには力不足だったってことか。いや、撤退させただけでもよくやったよ。もうこの魔窟は機能を停止したはずだ)
魔窟の奥底、人間はおろか、魔物ですらほとんど近寄らないような暗闇に、アレスは一人で壁にもたれかかっていた。
(……あれから、どれくらい時間が経ったんだろうな。呪いはもう体の全体に回っている……ピクリとも体が動かない。ちょっとでも気を抜けば、意識が飛びそうだ)
アレスは必死に己の意識を保つ。苦しみに負けて眠ったが最後、もう二度と目覚められないことは分かっていたからだ。
(しっかりしろ! 頑張れ俺! ここで頑張らなきゃ、あいつらとの約束は果たせないんだぞ!)
今にも力尽きそうなアレスを支えているのは、再会を誓った三人の仲間への想いである。
アレスを冒険者稼業へと誘ってくれた男、ブレイブ。幼なじみでもある少女、フィオ。一匹狼のエリートと言われながら、駆け出し時代の自分達のパーティーに参加してくれたエスピナ。三人の内、誰が欠けても今の彼らは無かったと断言できる。
(……そうだよな。確かに、一人で勝手に死ぬなんてあり得ないよな。……お前らのためにも、俺は必ず生きるぞ!)
体が動かない以上、生きるためにアレスができることはただ一つ。心を強く持つことだけである。とにかく意識を失ったが最後、体は呪いによって支配されてしまうのだから。
(……駄目だ! 苦しみに負けるな! 常に何かを考え続けて頭を回せ! 血を身体中に巡らせろ!)
やがて日が暮れて、日にちも変わる。そして朝日が昇り、また日が暮れる。
どれだけの時間が経っただろうか。流石のアレスといえども、とうとう限界が近づいていた。
(……クソッ、眠るな! 人間は眠らなきゃ生きていけない? うるせぇ! 寝ても死ぬじゃねぇかよ!)
睡魔だけではない、水も、食料も、アレスの体は全てを欲していた。
(……俺は、生きるんだ。約束を守るんだ。……そのために、死ねない!)
アレスは、必死に体を動かそうと試みる。この場から移動することで、せめて水と食料だけでも見つけようとしたのだ。しかし何日間も呪いによって動かせなかった体は、そう簡単には言うことを聞いてくれない。
(動け! 動け! ……畜生、さっさと動けぇっ!!)
アレスは、屈強な精神力で心に巣くう呪いを打ち払い、気合いと根性だけで立ち上がった。今の彼は気力に溢れており、自分では気がつかない内に周囲の負のオーラが消え去ると、新たに光るオーラのようなものが漂いはじめた。体は少しずつ軽くなってゆき、彼はそのままゆっくりと歩きはじめた。しばらく歩き続けると、はじめは生まれたての小鹿のようにおぼつかなかった足取りも、だんだんとしっかりとしたものになっていった。
(さっきよりもだいぶ、体は軽くなった。これが一周回ってハイになるってヤツか?)
そんなことを考える余裕もでてきたところで、アレスの前に狼のような姿の魔物が立ちはだかった。
「グルルッ……!」
(……そうか、魔窟は機能停止したといっても、それは新たな魔物が生まれなくなったというだけ。元々ここに住み着いているヤツが消えたわけじゃない。……にしてもフェンリルか。手負いの状態では厄介な相手だが、戦うしかないな)
「ガルルッ!」
その鋭い牙をむき出しにして、アレスに襲いかかるフェンリル。しかしアレスは盾を召喚し、その攻撃を難なく受け止める。
(……よし、防御の方は今の状態でもなんら問題ない。後は攻撃だが……苦手とはいえ、守ってるだけじゃ倒せないよなっ!)
アレスがフェンリルへの反撃のため、慣れない攻撃魔法を発動した、その時だった。
ドゴォンッ!!!
「…………は?」
アレスの攻撃で、フェンリルはおろか魔窟の半分が吹き飛んでしまったのだ。破壊された魔窟の天井だった場所から差し込んでいる、何日ぶりかの陽の光に感慨を覚える暇もなく、アレスは自分のやったことが信じられないといった顔で困惑している。
「……いや、嘘だろ? 確かに全力で攻撃したとはいえ、あんなの絶対に俺の魔法じゃ……あれっ?」
その時、急にアレスを目眩が襲い、彼はその場に座り込んでしまう。
(不味い! ……クソッ、疲労が限界の状態で、魔法を思いっきり使ったからか? このままじゃ、意識が……)
アレスの睡眠不足と空腹は遂に限界を迎える。とうとう彼は意識を失ってしまい、充電が切れたかのようにぐっすりと眠りはじめた。
「……何これ、もしかして、この人がやったの……?」
魔窟の方から聞こえた轟音に反応してやってきた人影によって、アレスはどこかへと運ばれていく。しかし、そんなことにはまったく気づかないまま、アレスは眠り続けるのだった。