第13話 正当化
人が、死んだ。目の前で、動かない。
私が、殺した?
ルカの視線の先には、彼女が放った矢が胸に刺さったまま動かない死体があった。矢から放たれる光は空しく光り、やがて命の灯火のように消えていく。
「……あっ……」
ルカは辺りを見渡す。彼女が降らせた矢の雨の後には、呪いが解けて痛みにのたうち回る人間と、矢が当たらずに未だ操られる人形。そして、矢の当たりどころが悪かった死体が残っていた。
(……矢の数とスピードが予想以上だったな。結構な数が避けきれずに当たっちゃったよ。……ま、これはこれで結果オーライかな?)
ルカは矢が人間の急所に当たらないように調整したつもりだが、それはあくまで人形が動かなければの話だ。当然、矢を回避しようとして動いた結果、狙いがずれて急所に当たってしまったのだが……
「……しまった……焦ってて……そこまで考えずに、私は軽率な行動を……私がこの人達を……」
何で矢を放ってしまったんだ? 攻撃できずに苦しむアレスの顔を見てられなかったから? 突破口の見えない戦いに痺れを切らしたから? ……このままやられるくらいなら、その前に何かしようと思ったから? ルカはとにかく自分の行動の理由を考える、作る。しかし、どれだけ取り繕っても、生まれて初めて人殺しをしたという事実は消えない。
(よしきた! ようやく見せた精神面の大きな乱れ! 畳み掛けるならここしかないっ!!!)
「そうだよっ! あんたは人殺しだっ! 自分が人を殺したんだから、自分が殺されることも甘んじて受け入れなきゃいけないよねぇっ!?」
少女は、残った人形全てを使って一斉攻撃に出る。既に呪いを解く術を持っているルカは茫然自失状態。残ったアレスはもう守ることしか出来ないと、そう思っていた。
「……『旋風波』!!!」
「…………は?」
アレスは、魔法を使った。魔法で、目の前の人形……人間を、殺したのだ。
「……な、何やってるのよっ!? あんた勇者でしょ!? 勇者が人殺しなんてしてもいいと思っているわけ!?」
「……アレス、さん……?」
アレスの行為に、ルカも、少女も、形は違えど驚きを隠せずにいる。二人に共通していることは、自分のした行動に対する彼の言葉を待っていることだった。
「……状況から考えれば、この操られた人々は廃墟集落に住み着いていた盗賊達だ。……そう、彼らはまごうことなき犯罪者だ。決して罪の無い一般人ではない。……だから、これは仕方無いんだよ」
「……はぁっ!? じゃあ何!? 罪人ならいくら殺しても構いませんって言うの!? 勇者が!? 嘘つけっ!!! 魔族の間違いだろっ!?」
少女の苛烈な糾弾に対しては、アレスは何の反応も見せない。彼はゆっくりとルカの方向を振り返ると、眉を下げて精一杯の作り笑いを見せる。
「……ルカ、君だけに人殺しの汚名を被らせはしないよ。……君のやったことは、俺のためにやった、仕方の無いことなんだから」
その言葉とともにアレスは再び敵の方を向き、魔法を使って人形達を吹き飛ばす。もはや今の彼は、人殺しに何のためらいも持っていなかった。
「……何が勇者だっ! 勇者がこんなに人を殺していいとでも思っているのかっ!!!」
少女は、なおもアレスへの糾弾を続ける。もう効果は薄いと分かっていても、それを見込むしか彼女の勝ち筋は最初から残っていないからだ。そうやっていつまでも耳に響かせてくる少女の金切り声に対し、アレスは静かに反論した。
「……俺は、勇者にはなれないよ。俺は一生、ただの守り手さ」
アレスは最後の一発を放ち、とうとう全ての人形を遥か彼方へと吹き飛ばした。
「……そんな。私の人形が全部……」
こうなってはもう、自分に勝ち目はない。そう判断した少女は一目散に逃走することを試みる。
(あいつ、開き直ったんだ! 後先のことなんて何も考えず、現在の自分を正当化して精神を保つために! ああなったらもう、この場で精神面を切り崩すことは不可能だ! その内反動で今の自分に嫌気が差す時が必ずくる! その時までにまた人形を補充して、次の機会を待つんだ!)
少女は逃げる。開き直った殺人鬼から少しでも離れるために、頭の中で逃げる自分を正当化しながら。
(そもそも、勝ち目なんてハナから薄かったんだ! あいつはジュノー様と同等の力を得ているのに、私ごときが敵うわけない! それなのに私はジュノー様のためだからって……)
魔王様。その単語が頭に出た時、彼女は思わず足を止める。自分がここにきた理由を、化け物と戦う理由を思い出す。
「……そうだよ。私はジュノー様のために……」
(君には期待しているんだぞ? シュカ)
「……ジュノー様、本当ですか?」
(ああ、期待しているからこそ、君を送り込むんだ)
「……じゃあ、もし今回頑張ったら……盾の男を殺したら……」
(……そうだな。君はもう十分我慢した。十分頑張った。……そろそろ、その働きに報いてもいい頃だ)
「……ありがとうございます。そうですよね、私は期待されてるんだから、頑張らなきゃ……」
少女……シュカは踵を返し、再びアレスのもとへと近づいていく。
「このまま、無様に逃げ帰ることなんて出来るわけがない。だって私、ようやくジュノー様のお側にいられるチャンスを得たんだから……たとえ死んでも、それを手放すわけにはいかない……!」
シュカはアレス達を見下ろす場所まで戻ってくると、意を決して行動に出る。
「……こっちだぁっ!!!!! クソ勇者ぁっ!!!!!」
「……今の声は」
大声で自分の居場所を明かした上で、シュカは決戦の場所へとアレスを誘い込む。崇拝する魔王のために、恨むべき人間を殺すために。
「さあ、来なよ……廃墟集落に」




