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第1話 最強のタンクは呪いと戦う

「ここは全て俺に任せろ!」


 魔王の苛烈な攻撃を、勇者パーティーのタンク、アレスが最前線で防御する。次から次へと繰り出される隙の無い連続攻撃は、半端な防御力ではとても受けきれない強力なものである。


 しかし、アレスは自慢の盾で全ての攻撃を受け止める。自分はこのパーティーの鉄壁の盾として、仲間は誰一人傷つけさせない。そんな強い決意が、身じろぎ一つせずに盾を構え続ける彼の姿からは見てとれた。


「ちぃっ、この我の攻撃を全て防ぐだと!? 小癪なぁっ!」


 魔王は攻撃の軌道を変え、アレスではなくその後ろに隠れるパーティーの仲間を狙いはじめた。しかし、アレスのタンクとしての力を信じる仲間達は、それに一切動じずに自分が今為すべきことを続ける。


「させるか! 俺の仲間には一切手出しさせない!」


絶対的な守り手ビッグシールドガードナー


 その時、アレスの構える盾が魔力によって巨大化しただけではなく、あらゆる敵の攻撃がアレスの方向へと無理矢理引き付けられた。仲間を守る代償として四方八方、盾で守りきれない背後からも攻撃を受けたアレスだが、それでも顔を少し歪める程度で、致命傷には程遠かった。


「……何だと!?」


「今だ! みんな、アレスの献身を無駄にするなぁ!」


 魔王の攻撃が止んだ瞬間、タイミングを逃さずにパーティーのリーダーであるブレイブが攻撃司令を出す。近距離からは剣士であるブレイブの剣撃が、遠距離からは魔法使いであるエスピナの魔法が魔王を襲い、更にもう一人の魔法使い、フィオがブレイブ、エスピナの肉体、魔力両面からの支援を担当する。


(このラッシュに全てをかける! アレスが作ってくれたこのワンチャンスで、絶対に魔王を倒すんだ!)


「やれぇっ! ブレイブ!」


「ウオオォォーー!!!」


 アレスの応援を背に受け、ブレイブは全身全霊を込めた一撃を魔王に放つ。会心の攻撃を受けた魔王は、遂にその背中を地に着けた……かと思われた。


「……うぬぼれるな! 矮小な人間ごときが! 我を殺せると思うてか!」


 魔王は一瞬体勢を崩したものの、すぐに立て直すと接近していたブレイブを一薙ぎして振り払う。


「グゥッ!?」


「ブレイブ! 無事か!?」


「……ああ、ギリギリ防御は間に合ったが……イテテ」


 ブレイブは優れた剣士である。不意を突かれた反撃を食らっても、とっさに防御魔法による受け身をとってダメージを最小限に抑えてみせた。……しかし、相手は魔王、そこまで甘い敵ではない。


「……ブレイブ! お前、やっぱり傷が深いぞ!」


「大丈夫だ! このくらい……」


「駄目だ! フィオ、ブレイブの治療を!」


「う、うん!」


 そう、魔王はやはり魔王なのだ。ほんの僅かでも隙を見せては、どんなに優秀な戦士であろうと、ただの人間はなすすべもなく倒されるのみである。


「……まさかこの我が、人間ごときに本気を出すことになるとはな。……褒美だ、貴様らには絶望を与えてやる」


 魔王の周りに、圧倒的な負のオーラが満ちる。それを見た途端、アレス達4人は直感した。あれを食らえば、死ぬと。


「みんな逃げろ! アレは俺が引き受ける!」


 体が一番最初に動いたのは、アレスだった。彼はみんなより一歩前に出て盾を構え、攻撃を受け止める姿勢を見せる。


「ムチャだアレス! お前死ぬつもりか!?」


「俺は死なない! いいから早く行け!」


 しかし、三人は一向に動かない。恐怖で足がすくんでいるわけでもなければ、この期におよんで判断に迷っているわけでもない。三人の思いは、最後までアレスとともに戦うことである。もちろん、誰も死なずに。


「お前ら……」


「……嫌だよ。アレスを一人だけ置いていくなんて私にはできない!」


「あれだけの一撃を放った後なら、必ず隙が生まれるはず。あんたが攻撃をしのいでくれたら、私達が絶対に魔王を討つ」


「……俺達は仲間だ、アレス。足手まといかも知れないが、それでも俺は仲間の背中を支えてやりたい」


 ブレイブは盾を構えるアレスの背中に手を置き、フィオ、エスピナがそれに続く。三人に背中を支えられたアレスは、再び前を向いて魔王を一直線に見据えた。


「さあ来い! 俺達は絶対に負けない!」


「……せいぜいあがけよ、人間が。」


 魔王の強烈な一撃を、アレスが全て受け止める。しかし魔王の攻撃は物理的なものだけではない、呪いによってアレスの肉体や精神は徐々に蝕まれていく。それでもなお、アレスは後ろにいる仲間のため、歯を食い縛りながら盾を構え続けるのである。


(まだだ……まだ、耐えろ、耐えるんだ!)


 攻撃を受け続ける時間が、永遠のように感じられる。盾を支える腕の感覚はもうない。足は痺れてもう立つのもやっとだ。それでも、背中に感じられる仲間の温もりがある限り、アレスは何があっても立っていられる。


「…………攻撃が、止んだ」


 ほんの僅かではあるが、魔王の攻勢が弱まった瞬間をエスピナは見逃さなかった。そんなエスピナの声を聞いたブレイブが力一杯叫ぶ。


「殺れえぇっ!!!」


 ブレイブ、エスピナ、更に本来支援に徹する存在のフィオまでもが魔王に向かって総攻撃をかける。全てはこの時のため、自分達のことを守ってくれたアレスに報いるために。いや、ここで魔王を倒せなければ、自分達がアレスに守られた意味はないとさえ、彼らは思っていた。


 しかし、彼らが魔王を倒すことはなかった。いや、そもそも倒すべき魔王はそこにはいなかったのだ。


「……いない!? もしかしてあいつ、逃げたのか!? クソッ! あの卑怯者が!」


「落ち着け、ブレイブ。魔王はこの魔窟(ダンジョン)を放棄して逃げたんだ。魔王を討ち漏らしたとはいえ、目的は果たした。ただ……」


「二人とも! アレスが!」


 アレスの肉体は、既に魔王の呪いが身体中に巡り、手の施しようがない状態にまで悪化していた。彼の盾では物理的な攻撃は防げても、呪いまでは防げないのだ。


 治癒魔法を得意とするフィオや、魔法や呪いの知識が豊富なエスピナが何とかしようと試みるが、一向に状況は好転しない。


(……体に力が入らない。意識も朦朧としてきた……そうか、俺はここまでなのか……)


 自分の運命を悟ったアレスは、手当てを続ける二人を制止して、ゆっくりと口を動かす。


「……無理だ。もう俺は助からない。このままじゃお前達にも呪いが移ってしまうかもしれない……そうなる前に、俺を殺してくれ」


 自分を殺せと、そう嘆願するアレス。しかしブレイブはその願いを一蹴する。


「……ふざけんな! どんな理由があろうと、俺は仲間を殺さねえぞ!」


「……そうだよな。お前はそう言う奴だよな……ならせめて、俺を置いて王都に帰ってくれ。こんな体で帰っても、行く先々で呪いを撒き散らすだけだろ」


 既にアレスの周りには魔王が纏うものに近い負のオーラが充満してきている。人体に有害なこのオーラに長時間さらされていては、アレスだけでなくブレイブ達三人にも魔王の呪いが伝染しまう。それを防ぐために、アレスは人を遠ざけてからこの魔窟で一人息絶えようとしているのだ。


「そんな!?……でも、でも……!」


「……泣くなよ、フィオ。お前はガキの頃から本当に泣き虫だよな」


「うるさいっ……うぅっ、グスッ」


「……エスピナ、フィオを頼めるか?」


「ああ、任されたよ。……でも、情けないね。散々エリート扱いされといて、こんな時に仲間一人守れないなんて」


「いや、お前には何度も助けられたよ。……本当に、俺達のパーティーに入ってくれてありがとう」


「……泣かないよ」


「おう……そうだ、ブレイブ。お前には……」


「……死ぬな」


「……え?」


 ブレイブはアレスの周りの負のオーラをかき分けて彼の側に寄ると、その手を強く握った。


「死ぬな。俺達は必ずお前を治す方法を見つけて、ここに戻ってくる。だからお前は、それまで絶対に死ぬな……約束だ」


「……分かった。お前がそう言うなら、俺は生きるためにあがこう」


「……絶対、お前を迎えに戻ってくるからな。……だから、さよならは言わねぇぞ」


 ブレイブはそれ以上何も言わずに、アレスに背を向けてその場から去る。続いて、泣きじゃくるフィオを抱えたエスピナがアレスの前から姿を消す。フィオは最後まで泣いてアレスの名前を呼び続け、エスピナも名残惜しそうにアレスを見つめていた。


 しかし、やがてその姿は消え、フィオの泣き声も聞こえなくなる。アレスはついに一人になったのだ。


「……これからは、一人での戦いか。辛いけど、約束はちゃんと守らないとな……」


 アレスは、何もない虚空をじっと見つめる。一人になった孤独に押し潰されそうになりながらも、絶対に死ぬなという約束のために彼は必死に生にすがり続ける。


 孤独な戦い。アレスのいつ終わるのかも分からない戦いが静かにはじまったのだ。

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