7話 告白の時間
パレードの観覧場所は、なかなか良い場所を確保できた。
まあその分、周りの人も多いわけだが。
帆ノ美は先程から、瞳をキラキラ輝かせながら、フロート車という物が通るという道を見つめている。
始まる前からこれだから、始まれば本当にテンションマックスになるだろう。
「ねえねえ、あとちょっとで始まるかなぁ?」
「どうだろう」
僕はスマホの時計を確認した。時刻は6時57分。パレードの開始時刻は7時丁度だそうだから
「あと3分だ」
「わ~もうすぐだ! 楽しみ♪」
「パレードってそんなに凄いものなのか?」
「うん! 特にこの遊園地のパレードはとっても綺麗だって有名なんだよ? 優真知らなかった?」
……まじか。下調べを全然してなかった(というかできなかった)から、知らなかった。
僕は首を動かし肯定する。
「そうだったんだぁ。なら黙っておいて、優真を驚かせた方が良かったかな?」
悪戯っぽく笑い、帆ノ美が言う。
「あっそういえばなんだけど、ここのパレードって、カップルで一緒にハートのフロート車を見つけると、絆が永遠に続くっていうジンクスがあるんだよ?」
「えっそうなのか?!」
なんと僕ら(帆ノ美を勝手に混ぜる)にふさわしいパレードなんだ!
ならそのフロート車を見つけて、帆ノ美に告白をすれば、めちゃくちゃいい感じになるんじゃないか? 素晴らしい!
秒で思いついたアイディアを、僕は秒で褒め称える。
──問題は勇気だ。意気地無しの僕にできるかどうか……できる? できない?
そんな風に、僕が自らの心に質疑応答をしていると──
「優真、優真! 始まったよ!」
帆ノ美に肩を凄い勢いで叩かれ、僕は慌てて前を見る。
──そしてその光景に、僕は息を呑んだ。
「凄い……」
「綺麗だねぇ」
それはまるで“夢の世界”のようだった。
現実離れしている程に綺麗なイルミネーションの数々が、フロート車に取りつけられ、虹色の光で彩られている。
見とれすぎて、思わず声を失った。
数秒前まで騒がしかった周りの声も、今の僕の耳には入ってこない。
「……優真、もしかしてパレード見るの初めて?」
イルミネーションの光が反射した帆ノ美の顔が、僕の顔を見る。
「……ああ、初めてだ。こんなに綺麗なものなんだな……」
「ふふ、ここのパレードのレベルが高すぎるのもあるけどね。……本当に綺麗」
そう言い、再びパレードへ目をやった帆ノ美の横顔に僕は目を移す。
パレードと同じくらい……いやそれ以上に、帆ノ美の横顔はとても美しかった。
高鳴り過ぎて忘れていた心臓の鼓動が、更に更に高鳴る。潰れそうなほどに。
「あっ優真あれ!」
パレードを見たままで、帆ノ美が指を差す。
僕もその方向へ目をやると
「あっ!」
見つけた……ハートのフロート車だ。
ピンク系で統一されたイルミネーションは、まさに恋の象徴のようだった。
僕の計画では、ここで帆ノ美に告白をするのだが……声が出ない。唇が震え、声の出し方を忘れ、息をすることもままならない。
──やっぱり無理だ。僕にはハードルが高すぎる。
ぎゅっと、自分の両手を握りしめた。自分のポンコツぶりに腹が立つ。
“物語”や“夢の世界”では、こういった状況での告白は100%成功する。
しかしこれは“現実”だ。そんな約束された未来のある、甘い世界じゃない。
隣の帆ノ美は、相変わらずの可愛い顔でパレードに見入っていた。
────やっぱり無理だよ──輝くパレードとは対照的に、僕は暗い暗い心の中で、そう呟くのだった……
◇◇◇
──時の流れの無情さに、僕は今日何回絶望しただろう。
パレードが終わり、閉園の時間になり、僕らは共に帰路へついていた。
夜空に瞬く星たちの美しさは、パレードのイルミネーションと同じレベルなのではないだろうか。
そして、街灯の光によって見えないだけで、この夜空には目に見えている以上の星が、本来あるのだ。
そう思って見ると、星の一つ一つが見えない星たちの涙のように見えてくる。
「……ねぇ優真」
不意に帆ノ美が話しかけてきた。
「なんだ?」
僕は聞き返す。
「えっと……一駅分、次の駅まで歩かない?」
「えっ?」
行きに降りた駅は、もうすぐ目と鼻の先だ。
帆ノ美の提案に驚きつつ僕は、逆にそれはチャンスだと思い至った。
これはきっと、神様がくれた最後の告白のチャンスだ。僕は今度こそ、帆ノ美に告白してみせる!
「うん、そうしようか」
笑顔で承諾し、僕らは駅を通りすぎてまた歩く。
場所は川原の付近になった。
「ほっ……帆ノ美!」
僕は立ち止まって、帆ノ美を呼び止める。辺りに人はいない。
「んっなあに?」
少し進んだ所で帆ノ美も足を止め、こちらへ振り返った。
──準備は整った。あとは、僕の勇気だ。
スー、ハーと、僕は深呼吸をする。そして──
「……実は僕、帆ノ美に伝えたいことがあるんだ」
「伝えたいこと? 何かな?」
口元の笑みを崩すことなく、帆ノ美はあっけらかんと言う。
その口調が、僕の緊張をほんの少しだけ和らげてくれた。
表情を引き締め、心を引き締め、僕は紡ぐ、ずっとずっと言いたかった、その“言葉”を──
「──僕はずっと、君のこと……帆ノ美のことが、好きでした。僕と……付き合ってください!」
僕はお辞儀をするような姿勢で、右手を差し出す。
言えた──やっと言えた! 本当の気持ちを。
僕はドキドキを通り越しバクバクと高鳴る心臓に胸を痛めながら、帆ノ美の返答を待つ。
本来は3秒程だったその時間は、僕にとっては何時間をもする長い時間に感じられた。
右手に、誰かに掴まれたような感覚が走る。
そして──聞こえた。
「──やっと、言ってくれたね」
僕がその言葉を理解したのは、言われてから丁度5秒が経過した時だった。
僕は言葉にならない思いで、帆ノ美の顔を見る。
帆ノ美は、涙を溢しながら笑っていた。
「もう、今日1日、ずっと待ってたんだからね。その言葉を」
「えっ」
「まったく……優真はわかりやす過ぎなんだよ。優真の今までの態度を見てたら、いくら鈍感な人でもわかっちゃう」
帆ノ美は笑いながら
「私も、優真のことがずっと、好きでした。ううん……大好きです──!」
その嬉しすぎる言葉で、僕の思考は一瞬停止するまでになった。
まさか本当に成功するとは、思ってもみなかった。
嬉しすぎる思いと驚きすぎる気持ちで、僕の心はパンク寸前になる。
「僕のこと……好きだと思ってくれていたのか──?」
まとまらない思考の中で、僕は帆ノ美に尋ねる。
「うん、そうだよ。きっと……優真が私を好きになってくれるよりも前から」
そして帆ノ美は話してくれた。
あの日──僕が帆ノ美をいじめから助けたあの日から、帆ノ美は僕のことを好きでいてくれていたことを。
普通にめちゃくちゃ驚いた。
あの日のことは、確かに僕も覚えている。でもまさかあの時から、帆ノ美が好意を寄せてくれてたなんて……
帆ノ美は、首から下げたロケットペンダントを僕へ差し出してきた。
「この中に、何が入ってると思う?」
そう言われ、僕は思案する。しかし、答えは見出だせない。
ギブアップだと伝えると、帆ノ美はロケットペンダントの中身を見せてくれた。
そこにあったのは──
「これ、私がお気に入りだった蝶のヘアピンが壊された時に、優真が折って私にくれた折り紙の蝶だよ」
それを見て、僕もその日のことを思い出す。
何をされても怒りもしず反抗しようともしなかった帆ノ美が、唯一泣いて怒った出来事。
聞けば、そのヘアピンは優しかった祖父母がくれた、いわば形見のような物だった。
両親がずっと厳しく、心の休まる時間がなかった帆ノ美にとって祖父母は、唯一の理解者だったそうだ。
そんな人に貰った形見のヘアピンを壊され、取り乱したという。
けれど手を出せば、最終的に怒られるのは帆ノ美になってしまう。僕は、それだけは避けたかった。何も悪くない帆ノ美が怒られるなんて、理不尽すぎる。
だから、せめてもな代わりになればと思い、あの蝶を折ったのだ。
まさか今も持っていてくれてるとは、思いもしなかったが。
「これと優真の存在があったから、私は今まで頑張ってこれたんだよ。でも優真は、全然私の気持ちに気づいてくれないんだもん」
不服そうに頬を膨らましながら、帆ノ美が言う。
「ご、ごめん。だってまさか、帆ノ美みたいな完璧な女の子が、ヘタレで陰気な普通の男子を好きになるなんて思わないじゃないか」
「もう、そこだよ。優真の駄目な所は」
「へ?」
「どうしてそんなに自分を低評価するの? 優真はそこら辺の男子とは違う。──とっても優しい心を持った、素敵な男性だよ。私、ずっと他の女の子が優真のことを好きにならないか、ヒヤヒヤしてたんだからね! ……というか逆に、優真がモテないことが不思議で仕方がないよ」
「あっやっぱり僕モテてなかったんだ」
「あっいや、そういう意味じゃなくて! ……おほん、とにかく優真は、もっと自分に自信を持つべきだよ。──それにね……私は皆が思うような、完璧な人間じゃない。普通の人間なんだよ……」
帆ノ美は、自分の思いを全て教えてくれた。
「帆ノ美……」
帆ノ美の本音を聞いて、僕は自分がなんてちっぽけな人間なんだろうと思えた。
帆ノ美がこんなにも苦しんで悩んでいたというのに、幼なじみであるのにも関わらず僕は気づくことができなかった。
「ごめんな、帆ノ美。そんなに悩んでいた帆ノ美の気持ちに、気づくことができなくて……」
けれど帆ノ美は首を振る。
「ううん、逆だよ優真。言ったでしょ? 私は優真がいたから、今まで頑張ってこられたの。これからも、優真がいてくれさえいれば、私は頑張れる。私からも……優真、私の恋人になってくれますか?」
逆の立場になった告白に、僕は力を込めて
「もちろん!」
そう、伝えた──
◇◇◇
告白を終えた僕らは、また帰路を辿る。
しかしさっきまでとは違う、“恋人”となった二人で。
「そういえば優真は、いつ私のことを好きになってくれたの?」
突然の疑問だったが、僕はしどろもどろしないで答える。
「中学生になったくらいの頃かな。年頃になって、女子を意識し始めたくらいから」
「うーん? それはそれで嬉しいんだけど、私が求めたシチュエーションとはちょ~と違うねぇ」
「なっ、なんか悪かったな……」
「あはは、別にいいんだけどね。それなら、中学校の修学旅行の時、同じ班に誘ってくれてもよかったのに~」
「ええ、それはちょっと勇気が──」
そのまで言いかけて、僕は“大きな疑問”を抱えた。
──修学旅行って……なんだ?
僕は無意識に立ち止まり、記憶を探りだそうとする。しかし──
「なんで……」
“覚えてない”“記憶に無い”なんで? なんでなんでナンデ──??
「ん、どうしたの?」
立ち止まった僕を心配してくれた帆ノ美が、足を止めてこちらを見る。
そして、その向こうに──
「! ──帆ノ美!!」
僕は手を伸ばしながら叫ぶ。
暴走する車の激しいヘッドライトが、小さな帆ノ美の全身を照らしていた────
次回で最終回です!
最終回は2話になります。