5話 お化け屋敷
迷子の子、幸浦ちゃんを無事に母親と会わせた後、メリーゴーランドに続き、コーヒーカップ、バイキング、ゴーカート、空中ブランコ。遊園地の定番だというアトラクションを、僕たちは次々と網羅していった。
しかし僕には心配していることがある。それは……ジェットコースターとお化け屋敷だ。
ヘタレ男子である僕は、ジェットコースターが大の苦手である。
あれは忘れもしない、小学校時代の出来事。遠足で訪れた遊園地で、同じ班の人たちに促されるままジェットコースターに乗り、本当に酷い目にあった。それ以来、ジェットコースターが乗れなくなったわけだ。
あっでも……冷静になって思い出してみる。そういえば、帆ノ美もジェットコースターが苦手だと言っていた気がする。そうだ、そうだった。なぜ皆、ジェットコースターなんていう恐ろしい乗り物に乗りたがるのだろうと、その遊園地遠足の後二人で、真剣に議論したではないか。
あの時は、しょうもないことに情熱を注いでいたものだなと、少し笑いが込み上げてくる。
なら、ジェットコースターに乗るという心配はする必要がないな。叫びまくって、引かれるという事態は免れそうだ。
すると、残る心配はお化け屋敷である。
もう一度言おう。ヘタレ男子である僕は、お化け屋敷が大の苦手である。
オバケ自体はさほど怖くないのだが、急に出てこられて驚かせてくるのが苦手だ。反射的に、大声で叫ぶことになるだろう。
駄目だ。帆ノ美の前で、そんなマヌケなことは絶対にしたくない。男は、怖がる女の子をエスコートしなければならないのだ!
まあ、帆ノ美がお化け屋敷に行きたいと言うようなイメージはないし、恐らく……大丈夫だろう。うん、そう信じよう!
そう思ったのも束の間
「ねえねえ、次はお化け屋敷に入らない?」
「……」
ああ……僕の期待は、砂のごとく秒で崩れ去ったようだ……
えっなんで? なんで?
「ほ、帆ノ美、オバケとか好きだっけ?」
「う~ん、好きかと聞かれるといいえだけど、やっぱり遊園地の定番だし、折角だから!」
折角だから、それだけの理由で、僕の威厳(?)はなくなってしまうらしい。
だが……
ちらりと帆ノ美の顔を見る。
「……駄目かな?」
くう……そんなキラキラした瞳で言われたら、断るなんて絶対にできないじゃないか!
「……大丈夫大丈夫、いいよ、行こっか」
「本当?! やったー!」
ああ……勢いでOKしてしまった……
まあしかし、帆ノ美は嬉しそうだし……いっか!
そう開き直った僕は、お化け屋敷へ向かった。もうどうにでもなれだ。
◇◇◇
「ぎゃーーーーー!!」
「きゃーーー!」
この遊園地のお化け屋敷、想像以上にクオリティーが高かった。完全に侮ってた。
ゾンビなんてこれ、もう完璧に本物のゾンビじゃないか?! いやもうこれ人間だと分かってても分からない! ゾンビがゾンビであああーー!?(錯乱状態)
そんで入った瞬間から盛大に叫んでるわけだが、叫ぶ理由はもう一つある。
それは──
「きゃーー!」
隣にいる帆ノ美が、僕の腕にしがみついてくるのだ。
脳が正常な状態ならば、この状況を素直に喜んでいただろう。しかし、四方八方からクオリティーの高いオバケが驚かしてくるこの場で、好きな人がボディータッチしてくるのだ。
脳も心臓も大パニックである。
そんな時にまた、今度は目の前の隙間からクオリティの高すぎる血塗れミイラが飛び出してくる。
「ぎやあああーーーー!?」
「きゃあああーーー!」
はっきり言って、僕の脳にこのお化け屋敷での出来事は、まったく残らなかったのだった。
◇◇◇
魔のお化け屋敷を抜け、僕ら二人は並んでベンチに腰かけていた。
「はぁ…………」
「はぁ…………」
二人揃ってため息をつく。
本当に、色んな意味で疲れた。叫びまくって、喉がカラカラである。
「あはは……めちゃくちゃ怖かったね」
苦笑いに帆ノ美がこちらを向く。
そんな帆ノ美に、僕も苦笑いを返した。
「はは……ああ、マジで想像以上だった。これはしばらく、オバケ恐怖症になりそうだ」
「オバケ恐怖症かぁ」
確かに、と帆ノ美がクスクス笑う。
つられて僕も笑ってしまう。なんだか、先ほどまでの緊張が抜けていくようだ。
よく、笑うことは健康に良いと言うが、本当にそうかもしれないな。
「……よし! 気を取り直して、新たなアトラクションへ向かおう!」
俯けていた顔を上げ、すくりと帆ノ美が立ち上がった。
「おお……その切り替えの速さが羨ましい」
「えっへん! ほらほら、時間は有限だよ? 早く早く♪」
帆ノ美に促されるまま、僕も立ち上がる。
まあ確かに、帆ノ美の言うとおりだな。僕も気持ちを切り替えることにしよう。
「……よし、行くか!」
「うんうん! その意気その意気♪」
そして僕らはまた、別のアトラクションの元へ向かっていったのだった。
◇◇◇
そして無情にも時は流れ──午後6時
「あああ………………」
僕はトイレの個室で一人、自分の愚かさに怒っていた。
「僕はなんて意気地なしなんだ……」
壁に両手をつく。無意識に、頭をガンガンぶつけそうになった。
今帆ノ美には、トイレ前のベンチで待っていてもらってる。
夜が近づくにつれ、告白の時刻も近づいてくる。それで僕は今更になって怖じ気づき、トイレの個室に閉じ籠っているわけだ。
くそう……今日の朝、決意したではないか。男たるもの、腹を決め愛する人に告白すると。
しかしやはり怖い──! 怖い怖い怖い……
はぁ……自分で自分が嫌いになる。
今日帆ノ美は、ずっと気さくに僕へ話しかけてくれた。そして僕は、更に帆ノ美のことが好きになってしまったわけだ。
僕が帆ノ美のことを好きになったのは、中学へ進学した頃。
思春期へ突入し、僕もその頃から女子を意識し始めた。そしてその意識の一番中心にいたのが、帆ノ美だった。その時の僕にとって、帆ノ美は何をしていても可愛く映った。もちろん今もそうだ。
小学校までは、特に気にもしていなかった仕草の一つ一つが、僕の鼓動を速めさせた。
それが恋だということに気がついたのは、それから半年後だ。
しかしそのせいで、僕は帆ノ美に話しかけることすらできなくなってしまった。
嫌われたらどうしよう。こんな僕と関わったら、迷惑ではないのか。ずっとそればかりを考えていたものだ。
そんなうちに、帆ノ美はますます可愛くなっていった。そして僕の恋心もますます増幅していった。
だから僕は、帆ノ美に告白すると決めたのだ。もうこれ以上、留めておくことはできない。大好きだと伝えたい。愛してると言いたい。……けれど、あと一歩が踏み出せない。
心の準備には、まだまだ時間がかかるかもしれない……な……