4話 親子の愛
──と、そんなうちに目的の場所へたどり着いた。
僕には、なぜこの場所がそうなのかよく分からなかったが、帆ノ美が立ち止まったのでここなのだろう。
「帆ノ美、ここなのか?」
僕は尋ねる。丸投げでごめんよ~!
「……うん、ほら、幸ちゃんが言っていたのはあれじゃないかな?」
帆ノ美の指差す方向へ、僕は目をやる。そこにあったのは──
「──うん! あれ、あれだよ!」
幸ちゃんが首をうんうんと頷いて肯定する。
そこにあったのは、5台のウサギの乗り物が、中央にある機械でクレーンにより固定され、上下をしながらクルクルと回転をしているアトラクションだった。
回るウサギ、空飛ぶウサギ──どちらの特徴にも当てはまっている。
確かに、昔小学校の校外学習で行った遊園地にも、これと似たようなアトラクションがあった気がする。あの時は蜂だったか。
「じゃあこの近くに、幸ちゃんのお母さんがいるかもしれないな」
僕は辺りをキョロキョロと見渡す。
幸ちゃんの話では、お母さんは長い下ろし髪、黒色のコートに紺のロングスカート、黒のブーツ、そして大きな黒いハンドバッグを提げているといった格好だそうが。
……なんか、全体的に暗い色だよな。
……もしかしたら──
一つの不吉な予想が、僕の頭に光のごとく駆け抜ける。……いや、そんなわけないよな。あまりにも突拍子すぎる。
……でも──周りのこの景色が、僕のこの推測の信憑性を上げてしまっていた。
もしこれが本当で、母親の方も本気だったとしたら──母親は絶対にここにはいないいや、この遊園地にいないことになる。
僕はちらりと、首を回しお母さんを見つけ出そうとしている幸ちゃんを見た。
──そうだ、まだそうと決まったわけではない。それに、母親の方も思い直してくれているかもしれない。
僕が勝手に諦めかけてどうする。
僕も必死に辺りから、幸ちゃんのお母さんを探す。そして──
「あっ! あれ!」
出口の方角を見ていた帆ノ美が、10m程先を指差しながら叫んだ。
僕と幸ちゃんも、反射的にそちらを見る。幸ちゃんは身長がちっちゃいため、見えてないようだが、僕の視界には──幸ちゃんから聞いた特徴と完璧に合致する女性をとらえた。
そしてその女性は、こちらへ駆け足に向かって来ている。
「幸!」
女性が叫ぶ。
「──! お母さん!」
自分の名前を呼ぶ声で気がついた幸ちゃんもまた、声を発した女性、もといお母さんの方向へと駆け出す。
そして二人は抱き合った。とても幸せそうな表情で──
「良かった~……」
僕らも駆けつけた。隣では帆ノ美が、ほっと胸を撫で下ろしている。
「あの、あなたが幸ちゃんのお母さんですか?」
僕は一応確認するように尋ねた。
「────はい」
母親が、幸ちゃんに埋めていた顔を上げ、こちらを見る。目頭は、真っ赤に腫れ上がっていた。
「幸を……娘を、ありがとうございました」
ありがとうございますとエンドレスで言い続ける母親。
僕らがそれを制止すると、今度は幸ちゃんの方へ顔を向け
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
と謝り続けた。
……どうやら僕の推測は当たってしまっていたようだな。けれど思い直して、ここへ来てくれたのは本当に良かった。
幸ちゃんは母親が謝り続けるのを、不思議そうに首を傾げながら見つめている。
そんな母親に、僕は声をかけた。
「──もう絶対に、幸ちゃんを一人にしないでくださいね」
その言葉で、母親の目は大きく見開かれる。
けれどすぐに意味を理解し
「……はい。本当にごめんなさい──」
そう、小さく呟いた。
そして、しばらくしてから、気持ちの乱れを正した母親と、幸ちゃんが立ち上がる。
「本当に本当に、ありがとうございました」
「いえ、無事にお二人が再会できて、私たちも嬉しいです」
僕の気持ちを代弁するように、代表して帆ノ美が言う。
親子二人は背を向けて歩き始めた。
その途中、唐突に振り返った幸ちゃんが──
「助けてくれて、本当にありがとうございました」
──それは、今までの幸ちゃんの口調とはまったく違う、はっきりとした少女の声だった。
そして僕には一瞬、幸ちゃんが大きくなったように見えた。丁度、小学校低学年くらいの少女に──
しかし、次に瞬きをして目を開いた時には、元の幸ちゃんの背中があるだけだった。
──今の……なんだったんだ……?
「う~ん、良かった♪」
一方隣に立つ帆ノ美は、何も気にしていない様子だった。
「ほ、帆ノ美、今一瞬、幸ちゃんが振り返った時、幸ちゃんが小学生にならなかったか?」
淡い期待を込めて尋ねる。しかし
「えっ、何言ってるの? 幸ちゃんは振返ってなんていないよ? それに小学生にもなってないし……優真、疲れちゃった?」
「えっ……」
振り返っていない?
確かに、幸ちゃんが小学生になったように見えたのは、僕の錯覚だと思う。
でも、これだけは確信を持って言える。幸ちゃんは振り返っていた。けれど、帆ノ美は違うと言う。
……どういう、ことだ──?
「──ま……──うま……優真!」
「──!?」
僕の名前を呼ぶ帆ノ美の声で、僕は我に返った。
「……本当に大丈夫?」
「っあ、ああ。大丈夫」
「……無理はしないでね? あっそういえば、優真が母親さんに言ったこと、“あれ”どういう意味だったの?」
帆ノ美が小首を傾げる。
“あれ”とは、恐らく“幸ちゃんを一人にしないでください”という台詞のことだろう。
「それは……あの母親は、幸ちゃんを捨てようとしたからだ」
「…………えっ?」
あっけにとられた表情で、帆ノ美が呟く。
「まず最初に引っかかったのは、幸ちゃんから聞いたここ最近の母親のおかしな言動だ。シングルマザーがあの手の言動を起こす理由は大抵、心に余裕がなくなってきたというサインになる。金銭の心配、過度な働きすぎ、家事に追われるストレス……原因は山ほどだ。そして次に母親の格好。ほとんどが黒色で統一されていた。不自然な程にな。黒色を多用する場合、人目につきたくないというのが多くの理由になる。つまり母親は、人目につきたくなかった……」
僕は淡々と告げる。意味があるかもわからない、幸ちゃんの母親の本心を──
「あとはここの“人通り”だ。幸ちゃんは、人混みの中で母親と手が離れたと言ってた。けどここの人通りは、握った手が離れてしまう程多くない。離れたとしても、すぐに繋ぎ直すことができるくらいだ。つまり母親は、意図的に幸ちゃんの手を離し、そのまま去っていったことになる」
「……そっか。だからあの母親さんが、幸ちゃんを捨てようとしていたって……」
賢い帆ノ美は、全てを理解してくれたようだ。
僕は、幸ちゃんと同じ境遇にあったから、もしかしたらと思えた。……当たってほしくはなかったけどな。
でも──
「けれど最終的に母親は、思い直してくれた。遊園地を選んだのは、閉園時間になれば確実に保護してもらえるのと……最後に、楽しい思い出を作ってあげたかったからなんだろうな」
これが僕の見解だ。
もしかすれば今回の件は、良い機会だったのかもしれない。母親が、娘への愛を再確認することができたのだから。
……家族の縁や絆とは、そう簡単に切れるものじゃないのだから────
《作者のちょこっと裏設定》
優真の父親の死亡原因は、道路に飛び出した子供を庇っての交通事故。
最終話で、もしかしたら少しストーリーと繋がるかもしれませんよ。
余談ですが、ツイッターを始めました。よければ見にきてください♪
ユーザー名の検索で『ぱれつと』と入力すれば見つかると思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。次話もお楽しみに。