3話 迷子の子
次に満喫する(予定の)アトラクションを、僕と帆ノ美は辺りをキョロキョロと見回しながら探す。
しかし何度も言うようだが、遊園地の知識がほぼ皆無の僕には、ぱっと見ただけではそれがどんなアトラクションなのかが全然わからない。
とりあえず思ったのは、どれもメルヘンだな~という、小学生でも感じそうなこと。あとは、同じようなアトラクションも何種類かあることだ。
よくこんな浅い知識で、帆ノ美を遊園地デートに誘ったなぁ……僕。
隣を歩く帆ノ美も、まだどのアトラクションに乗るか決めかねている様子だ。
早速会話のない時間が続く。
普通のクラスメイトととの間で、こういう空気が流れることには慣れているが、帆ノ美との間で沈黙が流れるのは、かなり心にくるものだ。
僕はアトラクションを決めるよりも、帆ノ美との会話のネタを探すために、辺りをキョロキョロと見回す。
すると──僕は目元を押さえる、一人の女の子を視界に捉えた。……あれは
僕はその女の子に駆け寄る。
僕が突然駆けたものなので、帆ノ美は驚きながらついてきた。
駆け寄った僕は膝を曲げ、女の子に視線を合わせる。
女の子の顔がよく見えた。
……どこかで会ったことのあるような気がする顔立ちだが──気のせいか。
「君、もしかして迷子かな?」
僕は、できるだけ穏やかな声を心がけて話しかけた。
いきなり知らない男に声をかけられ、戸惑っているのだろう。女の子はすぐには答えない。
しかし──やはり泣いていたようだ。
僕の隣に立つ帆ノ美も、この状況と僕の考えを理解したみたいだ。
帆ノ美もまた、優しく可愛い笑顔を女の子に向ける。これぞまさしく、パーフェクトスマイルというやつだな。
帆ノ美のパーフェクトスマイルのお陰か、女の子はその小さな口を開いた。
「うん……」
Yes……つまり迷子でOKみたいだな。なぜか英語に変換する。
「今日は誰と遊園地に来たの?」
笑顔のイメージそのまま、優しい声音で帆ノ美が聞く。
「……お母さん」
「お母さんだけ?」
「……うん。お父さん、知らない。お母さん……だけ」
……母子家庭か。
境遇が同じ僕は、勝手にこの女の子に親近感を覚えた。
母子家庭は、高確率でお金に余裕の無い家庭が多い。そんな限られたお金と時間で今日、遊園地へやってきたのだろう。
……できるなら、今日の思い出を迷子という嫌な思い出ではなく、たくさん遊んで楽しかったという良い思い出で帰ってほしいな。
「お名前、聞かせてもらえる?」
「……鈴宮……幸」
まだ警戒心は解けてないのか、ぼそぼそとした声だ。
だがすぐに警戒心を解かないのは、逆に良いことだと思う。お母さんの教育は、きちんと行き届いているようだ。
「幸ちゃんかぁ。素敵で可愛い名前だね。私の名前は小桜 帆ノ美よ」
「僕は龍興 優真っていうんだ。よろしくね」
「うん……」
「年は?」
「……5歳」
「お母さんとは、どこではぐれちゃったの?」
「──人いっぱいで……歩いてたら、手が、離れた……場所……わかんない」
要約すると恐らく、母親と手を繋いで歩いていたが、人混みの中で手が離れてしまって、そのまま見失ったといったところだろう。
「そっかぁ……じゃあその時、周りにあった建物の特徴とかは覚えてるかな?」
「う~ん……ウサギ、回ってた」
「ウサギが回ってた?」
なぜか僕の頭には、虎が木の周りをぐるぐる回ってバターになったという、昔聞いた謎の話が思い浮かんだ。
ウサギじゃなくなってしまったな……
でも、ウサギが回ってるって、動物園じゃあるまいし。
何かのアトラクションか? だが僕にはわからない。
僕は助け船を求めるように、帆ノ美を見る。しかし帆ノ美も、頭を抱えているようだ。
「ウサギ……空飛んでた」
幸ちゃんがぽつりと呟く。
「えっウサギが飛んでた?」
そんなことは多分常識的にあり得ないため、やはり何かのアトラクションか。……アトラクションの知識がない僕には、どうやら解けない謎のようだ。
「──あっもしかして!」
考え込んでいた帆ノ美が声を上げる。
「何か心当たりがあるのか、帆ノ美?」
「うん! 名前はわかんないけど、大抵どの遊園地にもあるアトラクションだよ。確かこの遊園地にはウサギのと飛行機のがあったはず。きっとそのウサギのやつだよ!」
「おおっ! 名探偵帆ノ美だな」
概要はわからないが、帆ノ美がそう言うなら恐らくそれだろう。
「あはは、何それ~♪ お母さんがまだそこにいるかはわからないけど、行ってみる価値はあるかも。迷子センターがあるのも、確かその近くだったから」
「そうと決まれば、善は急げだな」
「うん♪ 幸ちゃん、手繋ごっか。今度こそはぐれないように」
「……うん」
幸ちゃんが、帆ノ美の右手を握る。──そしてその小さな手は、僕の左手も握った。
予想外のことで僕は驚く。
幸ちゃんが、自分から僕の手を握ったからだ。
格好的には、幸ちゃんを僕と帆ノ美で挟む状態になった。まるで一つの家族のように──
「これなら絶対に大丈夫だね♪」
帆ノ美は幸ちゃんが僕の手を握ったことには、特に驚いていないようだった。予想でもしていたのだろうか?
──そういえば、こんな風にして歩いたこと、なかったな……
幼い頃は、こうやって仲むつまじく母親と父親と歩く他の家族を、羨ましく思ったっけ。
もしかしたら幸ちゃんも、一度でいいからこんな、他の子たちと同じ経験をしたかったのかもな……
僕らは揃って向かい始める。
向かってくる間にも、帆ノ美は幸ちゃんへ気さくに話しかけていた。一方の僕は、やはり話しかける話題がなく、一人心の中であわあわする。
そして隣から、二人の会話が聞こえてくる──
「へぇ~幸ちゃんは今日初めて遊園地に来たんだぁ」
「……うん。お母さん、忙しいから」
「そっか~ならすぐにお母さんと再開しないとね! 遊園地って、普段の嫌なこととか、現実を忘れられる、とっても楽しい場所だもん」
「……お姉ちゃん、嫌なことがあったから来たの?」
「えっ? う~ん…………違うよ。隣のお兄ちゃん、優真が誘ってくれたの。ねっ!」
「──えっ! あ……おう!」
突然話題を振られてびっくりした。
まぁ、なんとか返事できただけましか。パニクってつまずくとか、よくあることだしな(←よくあるのかよ)そうならなくて良かった。
「幸ちゃんはお母さんのこと好きなの?」
思いがけない質問だったのか、幸ちゃんの目が一瞬驚きで見開かれるのが見えた。だがすぐに
「うん、大好き。お母さん、私のためにいつもずっと頑張ってる。私はそれ知ってる。……でも──」
「でも?」
「……お母さんは、私のこと、嫌いかもしれない……」
「えっ?!」
「えっ……?!」
幸ちゃんの突然な言葉に、僕らは揃って驚きの声を漏らす。
幸ちゃんは俯き加減に、悲しそうな瞳をしながら続けた。
「お母さん、最近私の目、見てくれない……。話しかけても、いっぱい話してくれない……いつもは、たくさんお話してくれるのに、最近はすぐに別のことしちゃう……」
──気にし過ぎだよ、そう言ってあげたい。でも……言えない。
それは確かに、母親が幸ちゃんのことを避けているように感じられるから。
同じ母子家庭の僕にはわかる。だから、無責任な僕の発言で、幸ちゃんに無意味な希望を与えるわけにはいかない。
帆ノ美も、なんと声をかけていいのか分からないのか、黙ってしまった。
小さな幸ちゃんの体からは、身丈以上の悲しみが溢れだしているように、感じられた。
それは何か、自分を責めているように────