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失われた右腕と希望の先に  作者: 瑪瑙 鼎
第1章 召喚
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7:それぞれの思惑

「…ではないかと、私は推察しております。そのため、今は魔力消費が大きいのが問題ですが、じきに改善するので、静観でよろしいかと」

「なるほど、火属性は問題なさそうだな。他はどうだ?」

「『一日の奇跡』はその特性上、多用できるものではございません。そのため、一度全ての属性を試した後、彼女に比較的親和性のある属性を2つに絞り、特定の魔法の経験を積ませるのがよろしいかと存じます」

「よかろう、その方向で進めてくれ」

「はっ」


 執務室でハインリヒより報告を受けたリヒャルトは、その内容に満足し、首肯する。ハインリヒの講義は的確で、今のところ美香の成長に懸念要素はない。これまで火属性に限定して講義を進めてきたが、そろそろ他属性の経験を積ませる頃合いだろう。


 美香は「火を極めし者」を持つだけあって、火が主力となるのは事実だが、実は他の属性も使える。「一日の奇跡」は、一日に一度だけ、属性の制限を受けず全ての魔法が使えるという、珍しい素質である。回数制限が厳しいが、戦術の幅が広がり、術者の自由度も高くなる。


 一通り報告が終わったところで、リヒャルトが話題を変える。


「ところでハインリヒ、お前の見る限り、あの二人の関係はどうだ?変化はあったか?」

「…あの二人、とは?」

「言うまでもない、シュウヤとミカの事だ。そろそろ何か進展があってもおかしくないだろう」

「…」

「あの二人は、言うなれば、この世界において唯一互いを理解しうる間。いわば肉親にも等しい。今はまだ環境の変化に付いていけてないが、いずれ互いの信頼が情愛に代わるのも、自然の流れであろう」

「…はい」

「私はな、ハインリヒ。あの二人を召喚した側の者として、あの二人にはこの世界で幸せになってもらいたいのだ。よほどの不幸がない限り、じきにあの二人は結ばれる。その時、私は二人を盛大に祝ってやりたいのだ」

「…はい」

「だから、二人に何かあった時は、すぐに知らせてくれ。私は、二人への協力を惜しまない」

「…畏まりました」

「頼んだぞ」


 リヒャルトは、幾分声を抑えて返答するハインリヒに一つ頷くと、手を振り、退室を促す。俯きながら退室するハインリヒを見届けると、執務椅子に深く腰を下ろし、目を閉じた。


 さて、種は蒔いた。後はどう実を結ぶか、だ。


 リヒャルトは表情を変えず、独り言ちる。


 リヒャルトは、美香に対し、今まで彼が関わってきた女性にない興味を抱いていた。彼女は素朴で、純心で、果敢だった。そのいずれもがリヒャルトには新鮮で、魅力的だった。彼はこれまで多くの子女を射止め数々の浮名を流したが、いずれも貴族に連なり、市井の者はいない。いわば、温室に彩る大輪の花々に囲まれていたのだが、その彼にとって美香は、まるで原野の一面に広がるシロツメクサを思わせた。自然で力強く、かつ可憐な生き様に惹かれた。


 しかし、先ほどリヒャルト自身が述べた通り、美香には柊也がいる。よほどの事がなければ、あの二人がいずれ結ばれるのは、当然の結末といえた。


 だからその事実を、ハインリヒに突きつけた。淡い期待に身を寄せ、現実から目を逸らしてきた彼に突きつけ、逃げ場を塞いだ。


 彼は苦悩するだろう。そして必ず打開策を講ずるはずだ。決して叶う事のない、儚い夢を掴むために。


 おそらく近いうち、二人のうち一方によほどの不幸が訪れるであろう。その時、遺されたもう一方と悲しみを分かち、支えるのは誰か。それは、ハインリヒではない。二人の幸せを願っていた者だ。自分がハインリヒに伝えたように。




 ***


「久しぶりだな、シュウヤ殿。あの時の晩餐会以来だな。お元気そうで何よりだ。この国での生活は慣れたかね?」

「ご無沙汰しております、閣下。ええ、この国の方々には、本当に良くしていただいており、お陰様で何不自由ございません。本日はお時間をいただき、誠にありがとうございます」

「何、気にするな。あの娘が私に頼み事をするのは、そう多くない。こういう時に応えてやらんと、家庭の安寧が保てんからな」


 フリッツ・オイゲン・フォン・ディークマイアーは、短く整えられた顎髭をさすり、笑みを浮かべた。レティシアはあの会話の後、素早くフリッツの約束を取り付け、その日の夜には結果を柊也に届けた。それから2日後、柊也は再びディークマイアー邸を訪れ、フリッツとの面談に臨んでいる。


 フリッツは45歳。無骨で彫りの深い顔立ちと顎髭のせいで粗暴な印象を受けるが、温厚で理性的な人物である。王国の北の重要拠点を預かるだけあって、文武の双方に明るい。18歳で幼馴染と結婚して以降妻一筋であり、愛妻家としても有名だ。例年、この時期はガリエルの活動が最も大人しい事もあり、最近は領地を長子に託し、妻とともに首都ヴェルツブルグに滞在するのが習慣となっている。


「それで、この私にどういったご用件かな?」

「はい、実はこのたび、閣下にお願いの儀があり、お目通りをいただきました」

「ほう」

「ご周知の通り、私達二人はこの世界に召喚され、一切身寄りがございません。いわば、お互いが唯一の肉親と言えます」

「今でこそ王家のご厚意の下、安定した生活を送っておりますが、いずれこの恩義に報いるためにも、身を立てる必要があります」

「ふむ」

「ただ私は不幸にして右腕を失い、何ら素質を得る事ができませんでした。それでも私は、美香のためにも自分の及ぶ限り努めるつもりですが、それにも限界があります。また、この動乱の世の中、すでにハンデを持つ私が、いつまでも無事でいるとも限りません」

「なるほど」

「そこで、閣下にお願いがあります。もし不幸にして私が斃れた時には、美香の後見をお願いしたい。閣下は思慮深く、情にも厚い。召喚により父親を失った彼女の眼には、閣下は誰よりも頼もしく映るでしょう」

「彼女の後見に立ったところで、私にメリットがあるとは思えないが?」

「閣下が利に聡い方であれば、今日この場に私はおりません。私は今日、商談をしに参ったのではございません。自分の死を悟り、娘の将来を憂いた父親が、娘の親友の父親に対し、後を託しに参ったのです」


 柊也は一気に言い募り、フリッツを真っ向から見据えた。


 フリッツは、柊也の申し出にすぐには応えず、内心で思案する。


 フリッツも、貴族社会という華美で凄惨な生存競争を生き抜くため、情報収集を怠っていない。その中で、柊也を取り巻く情勢が、次第に危険水域に近づいている事を知っていた。


 柊也の申し出を吟味する。


 仮にこれが、柊也自身の安全を願うものであれば、フリッツはお茶を濁し、切り捨てるつもりでいた。火中の栗を拾っても何の益もなく、むしろ王城との軋轢を生み、ディークマイアー家を危険にさらす事に他ならないからだ。


 しかし、柊也亡き後の美香の後見となると、事情が異なる。美香は現在、王家と非常に良好な関係を結んでおり、何ら問題がない。


 また、美香の持つ「火を極めし者」は、対ガリエル戦において非常に有効な切り札であり、フリッツも期待している。その美香が柊也の死により悲しみに暮れ、変調を来たすようであれば、ガリエルとの最前線に立つ身としては死活問題になる。領地を守るためにも、美香には立ち直ってもらわなければならない。


 それに美香とレティシアの友誼は、フリッツも知っている。元々面倒見の良いレティシアではあるが、美香をまるで妹の様に気遣う献身的な姿は微笑ましさを通り越し、シスコンめいた懸念をフリッツに抱かせるほどだ。レティシアがたびたび催すお茶会を通じて、フリッツ夫妻も何度か顔を合わせており、妻には「娘がもう一人欲しかったわ」と言われている。後見となれば、家族は歓迎の声を挙げるだろう。


 唯一の懸念は、美香に対するフリッツの影響力を他家に疑われる事だが、それも消去法で許容されると見ている。フリッツは愛妻家として有名で、領地に残る長子は先月婚約を発表したばかり。最も親しいレティシアは同性だ。婚姻の危険性がない。フリッツの公明正大ぶりが知れ渡っている事もあり、他家が美香に影響力を持てない現状、第三者に美香を奪われるよりは「マシ」と思うだろう。


「わかった。君に万一の事があった場合は、彼女を引き取ろう。もちろん、そうならないのが最も望ましい事であるのは、当然ではあるが。安心してくれ」

「ありがとうございます、閣下」


 柊也はフリッツに礼を言い、頭を下げる。


 これで後顧の憂いは消えた。後はどうやって無事に袂を分かつかだ。


 柊也は今朝、美香を迎えに来たハインリヒの濁った目を見て、戦慄した。マズい。これはじきに臨界を越える。


 今はまだ策を講じるほどの悪意に満ちてはないが、あれは追い詰められた目だ。早晩そこに行きつく。それまでに行動しなければならない。


 ディークマイアー邸を辞した柊也は、馬車に乗り王城への道を急ぐ。その顔は、王城に着くまで晴れる事はなかった。

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