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失われた右腕と希望の先に  作者: 瑪瑙 鼎
第4章 北伐
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54:挟撃

 ロザリアの第4月2日。エーデルシュタイン北伐軍は、三国集結予定の地に到着した。


「殿下、あの遠くに見えるのが、歴代の集合場所に指定されている湿原です。我々はこれから、この湿原を回り込む形で北部に向かい、そこでカラディナ、セント=ヌーヴェルの各北伐軍との合流を待ちます。待機期間は2週間。それまでに合流できなかった場合は、各北伐軍に合流できない問題が発生したと判断し、北伐を中止して帰還する事になりますが、ここ100年ほどはそういった問題は起きておりません」

「なるほど。了解した」


 高台に登り、鬱蒼と茂る森から顔を出す様に周りを見渡したリヒャルトは、コルネリウスの指差す遠くの湿原を眺める。湿原の周りには多様な生物が生息している様で、上空には大きな鳥が舞い、森の中から小鳥の群れが舞い上がるたびに急降下して襲い掛かっていた。その他にも渡り鳥の様な群鳥が周囲を飛び交い、湿原の上空はまるで羽虫が群がっている様に見えた。


 リヒャルトとコルネリウスは高台を下り、行軍を再開する。北伐軍は指令に応じて、まるで芋虫が這い始めるかのように、先鋒から緩慢に移動を開始した。


 ハーデンブルグを出立して17日。北伐は順調に進んでいた。現在のところ損害は軽微で、死傷者は300人程で収まっている。魔物による絶え間ない襲撃が茨の中を進む時の棘の様に北伐軍を痛めつけるが、致命傷には至らず、計画に支障はない。最大の懸念であるハヌマーンによる大規模な襲撃は、1週間前に1,000人規模で発生したが、彼我の戦力差もあり早々に撃退した。ちなみに死者重傷者のほとんどは、そのハヌマーンの襲撃によるものである。ハヌマーンは不利と知っても引き下がらず、会敵すると無謀ともいえる突撃を敢行してくるので、必然的にこちらの被害も増大してしまっていた。


 あと半日。リヒャルトはそう考えた。このまま、あと半日順調に進めば、集合予定地に到着する。そうすれば、そこにストーンウォールで簡素な砦を築き、三国が集合するまで小康状態を築ける。北伐の苦労はまだまだこれからだが、だからこそ休める時には兵を休ませたい。リヒャルトは兵を思い、今日一日が無事に終わる事を期待した。


 しかし、その期待は裏切られる事になる。




「斥候からの報告です。ハヌマーンの集団を確認。その数1万以上。どうやら、あの地にハヌマーンどもの集落ができている様です」

「よりにもよって、あそこにか」


 報告を聞いたコルネリウスが、大きく舌打ちする。湿原の北部、三国の集結地として代々指定されている場所に、ここ15年の間にハヌマーンの集落ができていた。報告が続く。


「なおハヌマーンどもは、すでにこちらの存在に気づいている模様。慌ただしく動き回っています」

「面白くはないが、仕方ないか。こちらは大所帯だしな」


 コルネリウスはそう言うと腕を組み、リヒャルトを見やる。


「殿下、如何します?」


 問われたリヒャルトは少しの間考え、結論を出す。


「仕方ない。蹴散らそう」

「畏まりました」


 理想を言えば、三国が集結してから挟撃したいところではある。しかし、友軍がいつ到着するかわからず、一方すでに相手には気づかれている。四方の何処も予断を許さない敵地で、目の前の大軍を放置していられるほど、北伐軍の余裕はなかった。それにハヌマーンは大軍とはいえ、北伐軍の三分の一である。損害は無視できないだろうが、負ける戦いではなかった。リヒャルトの意を酌み、コルネリウスが全軍に指令を出す。


「全軍に通達。ハンター達は左右に展開し、右翼、左翼を形成。第1、第2兵団は前進し、ハヌマーンに当たれ。ハンター達は兵団の交戦が開始した後、両翼から攻撃し、包囲殲滅せよ。第3兵団は本陣及び輜重の後衛に当たれ。各貴族の騎馬団は予備として待機せよ」

「閣下、私も前衛に向かいます」

「わかった。ハインリヒ殿、よろしく頼む」


 コルネリウスの指令を持った伝令が各所に向かって走り出し、ハインリヒも前衛へと向かう中、リヒャルトが騎士を呼び、伝言を託す。


「ミカ殿に伝令。これよりハヌマーンとの交戦に入る。ミカ殿は不測の事態に備えて、本陣にて待機。今のところは問題なし、安心してくれと伝えてくれ」

「畏まりました」




 コルネリウスの采配の下、北伐軍はゆっくりと左右に広がりながら、ハヌマーンへと近づく。革鎧やチェインメイル等、個人個人で装備が異なり、様々な外見をしたハンター達が左右に散らばって行き、その奥から統一された装備の兵士、騎士達が現れる。ハンターに比べると突出した能力を持つ者が少ない兵士達だったが、集団戦に長けており、この様な大規模な戦いになると指揮官の下で統一された動きを取り、目覚ましい効果をあげる。個人技に特化したハンター達は個々の技量に頼りがちで、この様な場合には乱戦に陥りやすく、数の力を十分に活かし切れなくなるのだ。


 北伐軍を目の前にして、対するハヌマーン達も戦いのために集団を形成し、雄叫びをあげる。


「#@\&&%□□ □×&&+$!」

「\\+%! \\+%!」


 彼らの言語だろうか、意思が感じられる掛け声が各所から上がっていた。


 ハヌマーン達は鉄槍や棍棒といった武器を手に、北伐軍に近づいていく。彼らは原始的な文明を営み、鋳鉄とはいえ、鉄製の武器も作る事ができた。また、素質の延長ではあるが、一部に魔法と同様の飛び道具を扱う者もいた。


「斉射!」


 指揮官の指示に従い、弓隊が一斉に矢を放つ。森が多く視界が遮られやすい北伐の地であるため、弓隊の数は多くはないが、幸いな事にこの土地は開けている。無数の矢は弧を描くように舞い、ハヌマーンの集団に吸い込まれる。少なくない数が傷ついたようだが、頑丈なハヌマーンは矢が1本刺さった程度では倒れず、構わず前進してくる。


「%%〇 #$!」

「%%〇 #$!」


 やがてハヌマーン達が雄叫びをあげながら、一斉に北伐軍へと走り出す。それを見た指揮官が声を張り上げた。


「前衛、構え!」


 指揮官の声に従い、兵士達が武器を構え、そのまま刻一刻と近寄るハヌマーンの集団を見やる。彼我の距離が200mを切った。


「汝に命ずる。炎を纏いし球となり、巴を成せ。我に従って三条の弧を描き、彼の者を打ち据えよ」

「汝に命ずる。礫を束ねて岩となり、巴を成せ。我に従って三条の弧を描き、彼の者を打ち据えよ」


 100mを切った辺りで、ハインリヒを筆頭とした複数の魔術師が馬上から魔法を唱え、ハヌマーンの鼻面をしたたかに引っぱたく。先頭に混乱が起き、ハヌマーンの突入が鈍った。


「突撃せよ!」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 そしてそれを見た指揮官が腕を振り下ろし、指揮官の声に従って剣や槍を手に兵士達が駆け出す。ついに両軍が衝突し、激しい戦いが開始された。


 ハヌマーンは人族に対し、文明や技術、素質で劣るが、その分体格や膂力に勝る。平均身長は2mに近く、大柄な者となると2.5mにも届く。全身が長い体毛で覆われ、地球で言えば類人猿やゴリラの様な魔物である。それが2m以上の高さから、棍棒を振り下ろすのである。


 それに対する人族は、素質、技術、組織力、武器の性能を活かして対抗する。力は勝るが単調な攻撃となりやすいハヌマーンの攻撃を上手くあしらい、隙を見て急所を攻めていく。


 兵士達がハヌマーン達の重い突撃を上手くあしらい、勢いを殺して受け止めると、両脇に回ったハンター達が距離をとって、素質を活かした遠距離攻撃を仕掛ける。こうして、ハヌマーン達に出血を強いて気を逸らし、兵士達を有利に導いていく。


 コルネリウスの采配は功を奏し、このまま北伐軍の勝利に向かうと予想された。




 異変が生じたのは、本陣の左後背を守る第3兵団である。彼らは木々の生い茂る中、ハヌマーンの奇襲に備え、厳重に警戒をしていた。


 そして、その予想の通り、敵の突入を受ける。ただし、相手はハヌマーンではなかった。


「うわああああああああああああああああ!」

「くそっ!ブレスが来る!」

「畜生!こっちは『エア・ブラスト』だ!」


 兵団のあちこちで悲鳴や怒号が上がる。ハヌマーンより遥かに早く、遥かに大きな魔物が集団の奥底に飛び込み、3つの頭で周囲に混乱を撒き散らしていた。


 複数のケルベロスは混乱する兵団を駆け抜け、辺り一面に様々な素質を振り撒いていく。その対処と応戦に手一杯の第3兵団は、その後ろから近づいてくる地響きに気付くのが遅れた。


「何っ!ケルベロスだと!?」

「はい。ケルベロス7頭が、本陣左翼後方から突入。後背は混乱しております」


 奇襲の相手の名を聞き、コルネリウスは歯ぎしりをする。ケルベロスと言えばA級の魔物であり、少なくともB級以上のハンターが複数名必要だ。後背に配置したハンター達は索敵が主目的であり、能力はさほど高くない。血気盛んな上級のハンター達は、完全にはコルネリウスの制御が効かないため、勢いに任せてほとんどハヌマーン戦に投入しており、ハンターだけで言えば後背はがら空きに等しかった。


 そして、凶報は続く。ケルベロスは、単なる前座だった。


「後背にロックドラゴンが出現!その数、3です!」


 報告の声に、地響きが重なった。

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