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失われた右腕と希望の先に  作者: 瑪瑙 鼎
第4章 北伐
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47:北伐、モノ

「ラトン族長 ウルバノの息子、ミゲルだ。よろしくお願いする」

「セルピェン族長 リコの弟、チコだ。よろしく頼む」

「ティグリ族長 グラシアノの娘、セレーネです。よ、よろしくお願いします」


 モノ族の族長宅で、ガスパルを取り囲む三人が次々に口を開き、自己紹介をする。ガスパルは一人ひとりの言葉に頷き、最後に歓迎の声を上げた。


「モノ族の族長、ガスパルだ。皆、遠路はるばるよく来てくれた。ミゲル殿、以前会った時より随分と逞しくなられたな。ウルバノ殿が自慢するのも納得だ。チコ殿は、以前にも増して器が大きくなられた。セルピェンでの勇名は、遠く離れたモノまで届いておるぞ。セレーネ殿、お会いしたのは幼少の時以来だが、見違えるほど美しくなられたな。お父上もさぞお喜びだろう」


 そう口上を述べると、ガスパルは改めて三人を見渡す。ミゲルは、エルフらしい細い体格ながら引き締まった体をした青年だった。髪の毛は燃えさかる炎の様に逆立って後頭部へと流れ、覇気ある目と相まって、エルフとは思えないほどの果敢な相貌をしている。得物は剣を使い、相貌に相応しく果敢に相手に切り込んでいく戦士である。


 チコは物静かな雰囲気の男で、セルピェン族長と年が近く、すでに中年の域を超えている。しかし、エルフの種族的な特徴により、未だ外見は青年のままだった。チコはエルフの中で最も名の知られた男の一人で、冷静沈着、勇猛果敢、清廉潔白と三拍子揃っており、資質は族長になってもおかしくないほどと言われている。チコの兄であるリコも優秀であり、セルピェン族は事実上二人の族長の下、近年にない隆盛を誇っていた。


 セレーネはティグリ族長グラシアノの一人娘であり、年齢はまだ200歳を少し超えただけと、エルフの中ではまだ若い。しかし彼女の弓の腕はすでにティグリ随一となっており、エルフ全体でも5本の指に入る。若い女性のためパワーはないが、正確無比な射撃で相手の目を射抜き、片っ端から戦闘不能に陥らせる巧者であった。父グラシアノは、当初セレーネ以外の子供に恵まれない事を嘆いていたが、その才能を見て考えを改め、女性ながら次代の族長として期待するようになっていた。エルフの中でも有数の美貌を持ち、これで性格がもう少し落ち着けば誰もが族長として認めるだろうと言われていた。


 ガスパルは、三人を一通り見渡した後、言葉を続ける。


「まずは此処モノに逗留し、しばらく英気を養ってくれ。もう数日すれば、五氏族からの支援物資が揃う。物資が整い次第、セント=ヌーヴェルの都市ラモアに向かってくれ。セント=ヌーヴェルの軍は、ロザリアの第2月1日にラモアから出立するそうだ。で、遠征軍の総大将だが、チコ殿にお任せして構わないか?」

「ああ、俺もチコ殿に賛成だ。チコ殿の采配であれば、俺も安心してガリエルに斬り込んでいけるからな」

「わ、私もチコ殿にお願いしたいです」

「だそうだ。チコ殿、よろしいか?」

「了解した。全力を尽くそう」

「ありがとう。今度こそ、サーリア様の御霊をお連れしてくれ」


 チコが鷹揚に頷き、ガスパルは礼を言ってチコに遠征軍を託した。


 チコは、ミゲルとセレーネに顔を向けると、二人に尋ねる。


「そう言えば、二人とも外の世界はまだ経験がないのではないか?」

「ああ、まだだ」

「はい。私もありません」


 二人の返事にチコは頷き、説明を続ける。


「そうか。外の世界は、我々エルフが住む草原と大きく異なる。今のうちに、いくつか説明しておこう」




 ***


 この世界のエルフは、草原の民だった。


 木の生い茂る森に貼り付くように丸太小屋を建て、そこを生活の拠点としているが、行動規範はむしろ騎馬民族に近かった。八氏族に分かれているのは、エルフの生存圏である大草原の中に島の様に点在する森が、8箇所に分かれているからである。


 エルフ達の生活は、森が齎す恵みと、草原における狩で得られる肉や革が基盤となっている。エルフ達は朝起きると、馬に乗り、草原へと繰り出す。そして、騎射によって得物を捕らえ、自分達の腹を満たすのであった。そのため馬上術に優れ、また弓の技量の良さも種族的特徴と言えた。長命な種族としても知られており、長生きする者だと1,000年近く生きる者もいる。また長い耳を持ち、男女とも聴覚と視覚、そして容姿に優れていた。


 なお、エルフは全員、素質を持っていない。これは種族的な問題ではなく、信仰上の理由だった。エルフは敬虔なサーリアの信者であり、サーリアの復活を種族的な悲願としている。そのため、同胞とは言えロザリアから祝福を得る事を、潔しとしていなかった。この辺りは、同じサーリアに属する獣人族とは異なる。獣人族は信仰に関する規範が緩やかで、人族の住む街に居を構えた獣人の中には、ロザリアの祝福を得て素質を持つ者も存在した。


 また、素質を持たないのはもう一つ、地域的な理由もある。エルフの生存圏である大草原はサーリアの加護下にあるが、エルフの言い伝えではサーリアは現在眠っている。そのため、素質や魔法の効果が著しく低く、大草原で素質や魔法を使用してもほとんど効果が発揮しない。これはこの地域に生息する魔物も同じで素質が使えず、ほとんど獣と同じと言えた。そのため、エルフは素質が無くとも弓や騎馬の技術だけで魔物と渡り合え、大草原を守る事ができたのであった。


 ただ、この特徴は、北伐の時には明らかに不利となる。チコは過去の北伐の経験者として、若輩の二人にその事を説明する。


「よいか、二人とも。我々エルフは、大草原においては誰一人右に出る者がいない巧者だ。しかし、これから我々が向かう北伐の地は、大草原とは違う。人族や、我々と敵対する魔物は、素質や魔法と呼ばれる危険な力を持っている。大草原と同じ心構えでいると、一族を危険に晒す事になる。年嵩の者に話を聞き、ゆめゆめ油断しないでくれ」

「わかった。その事は親父からも聞いている」

「私も、父から伺いました」

「そうか。それと、我々は草原では主力となるが、北伐の地では草木が生い茂り、馬も力を発揮しきれない。素質や魔法もあり、数の上でも人族が主力だ。歯がゆいと思うかも知れんが、北伐の地では、我々は彼らを支える立場となる。目と耳と馬を使い、敵をいち早く察知し、人族に伝達する。それが主たる任務になるであろう事、心に留めておいてくれ」

「そうなのか…。その辺は正直不満だが、しゃあないか…」

「わ、わかりました。一族の者にもしっかりと伝えます」


 チコの丁寧な説明に二人は頷き、方針に同意する。話が一通り終わったところでガスパルが手を叩き、話題を変えた。


「さぁ、小難しい話はそこまでにして、一杯やろうじゃないか。我らモノの恵みを、心行くまで堪能してくれ」




 ***


 ガリエルの第6月の中頃にモノの居住地を出立したエルフの遠征軍は、約40日をかけてセント=ヌーヴェルを横断し、ロザリアの第1月の下旬に東部の街ラモアに入った。


 教会の特使がセント=ヌーヴェルに対しエルフの東進を先触れで伝えていた事もあり、セント=ヌーヴェルの住人達も、ほとんど目にする事のないエルフの姿に釘付けとなっていたが、特に混乱もなく一行の通過を見守っていた。


「うわぁ…、人族の住む家はすごいなぁ…」


 エルフ一行の中で唯一お上りさんと化しているセレーネが、石造りの街壁を、馬上から口を開けて見上げたまま動かない。道中、彼女は口を開けたまま振り子の様に首を左右に振り、初めて見る風景に興味津々だった。


「お嬢…、もう少し落ち着いて下さい。ここでは族長に代わり、あなたがティグリの棟梁なんですからね。少しはチコ殿や、ミゲル殿の落ち着き様を見習って下さい」

「わかってますって…」


 族長グラシアノからお目付け役を仰せつかった年嵩の男が、溜息をつきながらセレーネを諫める。それを聞いてもセレーネは暖簾に腕押し、周りの風景に目を奪われたまま、脊髄反射で口から定型文を吐き出す。この道中、何度も繰り返された光景だった。


 そのセレーネを留守役という体の良い名称で置いてきぼりにしたチコとミゲルは、目の前に広がる人の海に、しばし見とれていた。


「すげぇな…。これが皆人族かよ」

「人口で言えば、エルフ八氏族全てかき集めても、この国の足ものにも及ばないらしいからな。これが数の力だ」

「うへぇ、人族ってそんなに多いのか」

「だから、サーリア様をお救いするためには、人族の力が不可欠なんだ」


 チコとミゲルはそう言葉を交わしながら人族の集団に近寄り、身構える騎士に声をかける。


「すまない。私はエルフの氏族セルピェンのチコと言う者だ。北伐に応じ、エルフの軍3,000を率いて参じてきた。貴軍と行動をともにするに当たり、司令官に繋いでもらえるだろうか」

「あ、エルフの…。失礼いたしました。話を繋ぎますので、多少お時間をいただけますでしょうか」

「了解した。ここで待たせてもらおう」


 騎士はそう答えると近くの兵を呼び寄せ、本陣へ伝令を走らせる。何せ2万近くの軍の中枢への連絡だ。しばらくは時間がかかりそうだった。




 結局、チコとミゲルがセント=ヌーヴェルの司令官と顔を会わせたのは、2時間近く後だった。2万もの軍の出立前の喧騒の中での、突然の訪問である。やむを得ないところではあった。


「遅くなって申し訳ない。セント=ヌーヴェル北伐軍司令官の、ルイス・サムエル・デ・メンドーサだ。遠路はるばる、よく来てくれた」

「セルピェンのチコだ。こちらは、ラトンのミゲル。今回、我々エルフは、セルピェン、ラトン、それとティグリの三氏族から3,000を率いて北伐に参加する事になった。よろしく頼む」

「こちらこそ。エルフの大草原での勇猛は、セント=ヌーヴェルまで聞き及んでいる。北伐の地は草木が生い茂り、魔物達が身を隠し襲い掛かってくる場合も多い、我々に被害を及ぼさないためには、君達の耳目が頼りだ。頼んだぞ」


 そう言うと、ルイスを含めた3人は天幕を出て、天幕前に設営された壇上に上がる。体一つ高いところから軍を見渡し、エルフ達の配置を協議する。


 協議の結果、エルフは討伐軍の外郭に貼り付くように展開し、外部の異変を察知する斥候役と決まった。異変を察知した場合は、直ちに本軍に駆け戻って状況を伝えるとともに、人族の背後から弓で支援する。氏族ごとに担当域が決まり、セルピェンは前衛、ラトンが右翼、ティグリが左翼と決まった。


 話がまとまり壇上から下りようとしたところで、ミゲルは聞き慣れない、連続した爆発音を耳にする。辺りを見渡すと、日が落ちて周囲に陰りが見える中、左翼側でものすごい速度で走り去る人影が見えた。疑問に思ったミゲルは、ルイスに問いかける。


「ルイス殿、あれは一体何だ?」

「ああ、ハンターの一人が素質を発動させているようだ。人族や魔物の多くがああいう素質や魔法を取得し、武器として使っている。素質の種類は様々で、あれは機動特化の素質だろうな。素質は、知らない者にとっては危険極まりないものだ。後ほど魔物が持つ素質について、説明の場を設けよう」


 そう言って話を締めくくると三人は壇上を降り、自分の持ち場へと戻る。出立まで後3日に迫っていた。

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