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失われた右腕と希望の先に  作者: 瑪瑙 鼎
最終章 愛しています。
295/299

293:書けて楽しかった。

「本当に、本当に、また会えますよね!?」

「ああ、そのうち、何処かでな」

「嘘つけ!先輩、絶対真面目に考えてないでしょ!?」


 涙目で詰め寄ってくる剣幕に気後れし、思わず目を逸らして答えてしまった柊也を見て、美香の(まなじり)が上がる。柊也は降参したかのように左手を上げ、顔を逸らしたまま視線だけを向け、弁明した。


「お互い、居場所は分かっているんだ。全てが落ち着いたら、どちらかで会おうや」

「絶対ですよ!?絶対ですからね!?」

「それにしてもシュウヤ殿、お帰りになられるにしても、随分と性急ではございませんか?シモンさんのお体がもう少し安定してからの方が、よろしいのでは?」


 侵入者に向かって飛び掛かろうとする猫のように鼻息を荒げる美香を宥めながら、レティシアが懸念を表明する。柊也は美香と対する時とは一転し、礼儀正しく答えた。


「お気遣いいただきありがとうございます、レティシア様。その件については、我々も三人で話し合いましたが、やはりこの場でお別れするのが一番という結論になりました。ヴェルツブルグは方向が逆ですし、私の存在がこれ以上中原で知られても、良い事は何一つありません」

「本当に隠者となるおつもりですのね…」

「はい」


 柊也がロザリアの管理者である事を知る者は、美香やレティシア等、聖王国の極少数に限られ、ジャクリーヌやジェロームには知られていない。中原の均衡を保つためには、自分が身を引く事が一番であると、柊也は考えていた。セレーネがシモンの許に駆け寄り、手を取って笑顔を向けた。


「シモンさん、道中の運転は全てお姉ちゃんに任せて!シモンさんは、トウヤさんと一緒にゆっくり休んでいてね」

「え?先輩は運転しないんですか?」


 セレーネの言葉を聞いて、美香が目を瞬かせる。そう言えば、ハーデンブルグから脱出した時も運転していなかったな。今更ながら思い至った美香を見てシモンが苦笑し、柊也に親指を向けながら答えた。


「この人、まるでセンスがないんだ。運転させたら、我々の命がない」

「お二人に何もかもやらせてただなんて…先輩、ダメ男だったんですね?」

「…」


 美香に一刀両断され、柊也が渋い表情で黙り込む。その隣で困った笑みを浮かべるシモンの顔は、昨日まではなかった幸福感に満ち溢れていた。柊也は美香のジト目を振り切り、ヴェルツブルグに残るヴィルヘルムを除いた「四父」の面々に後顧を託す。


「フリッツ様、コルネリウス様、テオドール様。古城の事を、よろしくお願いします」

「任せてくれたまえ、シュウヤ殿。ミカはすでに、我々の娘だ。この先何があろうとも父親として彼女を支え、守り抜く事を約束しよう」

「お父さん…」

「ありがとうございます、フリッツ様。これで、私も安心して肩の荷を下ろせます」


 柊也がフリッツ達に向けて規律正しく一礼し、美香が振り返って目を潤ませる。やがて顔を上げた柊也はシモンを不器用に労わりながらボクサーに乗り込み、閉まりゆく後部ハッチの隙間から手を振る。


「じゃあな、古城。頑張れよ」

「はい!先輩もお元気で!」


 大きく手を振る美香の前でボクサーが動き出し、土煙を上げながら瞬く間に小さくなっていく。


 やがてボクサーは黒い点となって地平の彼方に消え去り、中原の新たな「日常」が始まった。




 ***


「…また貴方か。貴方の相手を務めるのは疲れるから、別の者に使者をお願いしたいところなのだが」

「今後より一層密接な関係となるべき国の使者に対する発言とは思えませんな、閣下」


 玉座の間で特使を出迎えたコルネリウスは、目の前で一礼する矮躯な男の姿を見て、渋い表情を浮かべる。セドリック・ジャンはコルネリウスの辛辣な感想に傷ついた様子もなく、顔を上げ意地の悪い笑みを浮かべた。


「私も、時と場合は弁えているつもりです。今この時期に事を荒げても何の益もございませぬから、両国間の関係強化に誠心誠意努めさせていただきます」

「…」


 白々しいセドリックの口上を聞いたコルネリウスの眉間に皴が寄るが、相手に何の非もない以上、咎めるわけにもいかない。背後にいる「六柱」の動きにさえ警戒を怠らなければ、この男は我慢するだけでいい。そう諦めたコルネリウスの耳に、近侍の声が聞こえてきた。


「陛下、ご来臨」


 コルネリウスが姿勢を正して首を垂れ、セドリックもそれに倣う。広間の中央にただ一人佇むセドリックの耳に、固い石段を上る複数の靴の音が聞こえて来た。


「セドリック様、お顔をお上げ下さい」

「はっ」


 澄み渡った川面を思わせる清らかな声に名を呼ばれ、セドリックが顔を上げる。彼の視界に真新しい慎ましやかな玉座と、その玉座の前に佇み、気品溢れる中年の女性を従えたうら若き乙女の姿が浮かび上がる。うら若き乙女は艶やかな黒髪をなびかせ、眩い笑顔をセドリックへと向けていた。


「お初に御目にかかります、セドリック様。古城美香と申します。両国の信頼の架け橋を担い、遠路はるばるお越しいただきましたセドリック様とお会いする事ができ、大変嬉しく思います」




「…セドリック様、如何なされましたか?」


 あんぐりと口を開け、目を見開いたまま微動だにしないセドリックを見て、うら若き乙女が小首を傾げる。セドリックはなおも動きを止めていたが、やがて乙女の姿に釘付けとなったまま、ポツリと呟いた。


「…天使だ…」

「…は?」




 以後、聖王国とカラディナ共和国は、カラディナ特使セドリック・ジャンの()()()()()()()()()により、前王朝とは比較にならないほどの蜜月関係を築き上げていく事になる。




 ***


「…短い付き合いだったが、世話になった。貴殿との友誼は、生涯忘れない」


 セント=ヌーヴェル王国の首都、サンタ・デ・ロマハ。


 その王宮の一室に顔を出したミゲルは、部屋の主であるフレデリク・エマニュエルから開口一番そう伝えられ、不機嫌そうに顔を顰めた。


「…何の冗談だ、フレデリク?」


 ミゲルの厳しい視線を受け、フレデリクは逃げるように目を逸らすと、自嘲気味に薄い笑みを浮かべ答える。


「…本国から召還命令が届いた。私は、サン=ブレイユに戻らねばならない。恐らく西誅の不始末を追及され、何らかの処罰が下されるだろう」


 カラディナが派遣した西誅軍は、大草原での敗北とエーデルシュタインにおける内乱を経て多くの死者を出し、首脳部はフレデリクを除き全員が死亡している。西誅以降の責任を取らせられる人物は、フレデリクをおいて他になかった。ミゲルは眉間に皴を寄せ、唇を歪めながら尋ねた。


「あんたは、それで納得できるのか?」

「納得するも何も、私には3,000の部下が居る。彼らを無事に故郷に帰すためにも、指導者である私が責任を取らなければならないんだ」

「…」


 ミゲルの険しい顔にフレデリクは達観した笑みを浮かべると、後を託すかのように右手を差し出す。ミゲルは差し出された掌を少しの間睨みつけていたが、舌打ちして頭を掻きむしった。




「…ったく。あの人は、一体何処まで先を読んでいるんだ?」




 そうボヤいたミゲルから、フレデリクの手に2通の手紙が手渡される。フレデリクが怪訝な表情を浮かべ手紙を広げると、見慣れたカラディナ文字と、自動翻訳されたエルフの文字が彼の目に飛び込んできた。




 ―――


 フレデリク・エマニュエル殿


 貴殿を査察総監に任じ、査察官による中原各国の調査を監督し、エルフへの定期報告の任務を命ずる。また大草原からの要請について、これを追認する。なお、勤務地はサンタ・デ・ロマハとする。


 中原暦6627年 ガリエルの第3月

 カラディナ共和議会議長 ジェローム・バスチェ


 ―――


 フレデリク・エマニュエル殿


 貴殿に我がエルフの代理人として、駐サンタ・デ・ロマハ エルフ大使への就任を要請する。我々は、貴殿がエルフと中原の友情の架け橋を担うに相応しい、誠実で公平な人物であると認識している。我々の要請を受け入れ、我々の立場に立って中原各国との交渉役を務めていただく事を、切に願う所存である。


 中原暦6628年 ガリエルの第5月

 ティグリ族 族長 グラシアノ


 ―――




「…これは…?」


 2通の手紙を両手に持ち、呆然とした表情を浮かべるフレデリクに、ミゲルが口を酸っぱそうに窄めながら答える。


「ウチの大将からの推薦だ。俺達エルフは、中原の情勢に疎い。あんたがいずれ更迭される事を見越してあらかじめ手を回すとともに、エルフに理解のある人物を代理人として立てたかったんだと。あの人もそうだが、中原の連中が何を考えているか、俺達にはわからんからな」

「ミゲル殿…」


 フレデリクの視線の先で、ミゲルはバツが悪そうに頭を掻いていたが、やがてじろりと目を向けると、右手を差し出す。


「あんたが言っていた本国への召還も、その任命式と、本国で行われる国際会議へのエルフ大使としての出席のためだ。俺は、あんたの事を信頼している。是非俺達の代理人として、会議への出席をお願いする」

「…了解した、ミゲル殿」


 フレデリクの目に力強い光が輝き、彼はミゲルの手を取って固い握手を交わす。


「このフレデリク・エマニュエルは貴殿らの代理人への就任要請を受諾し、貴殿らの期待に応え職務を全うする事を、此処に誓おう」

「ああ、よろしく頼むよ、フレデリク」




 こうして、中原暦6628年ロザリアの第2月、新任のエルフ大使となったフレデリク・エマニュエルは、セント=ヌーヴェル国王、及びロザリア教会セント=ヌーヴェル統括の枢機卿と共にサンタ・デ・ロマハを出発する。


 同じ頃、カラディナ共和国南部に帯状に連なる各小国家からも代表団が次々と出発し、聖王国・カラディナ共和国国境へと集結しようとしていた。

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